《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》33、半歩後ろに下がった

結局、ミュリエルとゆっくり話をする前に、父と二人で食事をする羽目になった。

「うん、今日のメインはいい出來だ」

料理と赤ワインで楽しむ父の向かいで私は、無言でナイフとフォークをかしていた。

ミュリエルは、部屋でひとり、病人食だそうだが、正直羨ましかった。

——味の薄いポリッジでも、その方が食べた気になるんじゃないかしら。

「ミュリエルはまだ病気なんだよ、クリスティナ。無理をさせてはいけないね」

突然、そんなことを言い出す父と一緒に食べるより。

「病気には見えませんが」

反論すると、父は不機嫌そうに眉を上げた。

気にせず私は続けた。

「明日には帰りますね」

父は心底驚いた顔を見せた。

「なんだと?」

まるで、私がそんなことを言うなんて考えてもなかったみたいだ。元々、ミュリエルの顔だけ見たら帰る、と手紙で再三伝えてあるのだが。

「ミュリエルの容態も心配なさそうなので」

そう言うと、父は不機嫌そうに首を振った。

「なぜわからない? お前が來たから無理をして元気に見せかけているだけだ。あの子はお前といたいんだよ」

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まさか、と笑いたいのを堪えて私は言う。

「私がいることで無理をさせるくらいなら、いない方がいいですよね?」

「……屁理屈を」

父は苛々したように、グラスを傾ける。そしてまた新しいボトルを開けさせた。

「トーマス、私にはもうデザートをお願い」

「かしこまりました」

父に付き合っていたらいつまでも食事が終わらないので、私は私のペースで進めることにした。

「あら、懐かしい。小さい頃、よく作ってもらったわね」

運ばれてきた、アイスクリーム添えのミントゼリーに、ここに來て初めて聲が弾んだ。トーマスが満足そうに頷いた。

「クリスティナ様がお帰りになるとのことで、廚房が張り切っておりました」

「……ありがとう」

口に運ぶと、昔のまま、冷たくて甘い味がした。

初めて、家に戻ったんだと思えた。

「とにかくまだ來たところじゃないか。もうしばらくいなさい」

私の傷など気にもしない父は、無遠慮に同じ話を繰り返す。

私は父を見ずに答えた。

「來週、フレイア様が主催する演奏會があります。お手伝いをしなくてはなりませんから」

「それくらい、誰かに頼めばいいだろう」

「私じゃなくてはわからないこともあります」

「ふっ、ずいぶん偉くなったつもりだな?」

私は淡々とスプーンをかす。

「そんなことは申しておりません」

アイスもゼリーもあっという間になくなってしまった。となると、もうこの場所にいる必要はない。

「疲れておりますので、先に休ませてもらいますね」

そう斷りながら立ち上がると、

「ダメだ」

父が反対した。

「休んではいけないのですか?」

聞き返すと、むっとした顔で付け足した。

「宮廷に戻ってはダメだと言っているんだ」

「なんの話ですか?」

空になったグラスに、ワインを注がせながら父は言った。

「よくわかったよ、やはりこの家はお前がいないと始まらない」

「は?」

「まずはミュリエルの躾を頼む。家庭教師を何人も辭めさせて、トーマスが困っているんだ。助けてやってくれ」

呆れてすぐに言葉が出てこなかった。それをどうとらえたのか、父は流暢に続ける。

「王太子妃殿下には私から言っておこう。荷は後で送ってもらえばいい。なんならシェイマスに——」

「嫌です」

「手配してもらって、ん?」

「嫌だと言いました」

「……誰に向かって?」

「お父様です」

「あまり調子に乗るなよ?」

「無責任なことはしたくないだけです」

そのとき私は、父の次の行がほんのしだけ先に読めた。

父の腕がびると同時に、私は半歩後ろに下がった。

それだけでよかった。

ばしゃ!

どこか間抜けな音を立てて、ワインが床を濡らした。

父が私にかけようとしたのだ。

間一髪で私は無事だった。

——でも椅子は濡れたわ。染み抜きが大変そう。

冷靜に観察していると、怒鳴り聲が飛んできた。

「俺のワインをよけるなっ!」

「……何言ってるんですか」

本當に何言っているんだろう、と思ったが同時に、それが父だとも思った。

自分がかけようとしたワインをよけることすら許さない。

その傲慢さにため息をついた。

「……心底どうでもいいですね」

「何がだ」

「お話することが」

父はワインと同じくらい真っ赤になった。

「親を馬鹿にするのか!」

「ワインをかけられそうになってまで尊敬しろと?」

——ガシャン!

今度はグラスを投げつけた。

それは予想できなかったが、幸い怪我はなかった。

「お父様」

私は表ひとつ変えずに言った。

「もう、そんなことでは私は怖がりません。子供じゃないんです」

「うるさい!」

「約束を守りたいので、宮廷に戻ります」

「許さないぞ! この屋敷から一歩も出さない!」

まあ、そうだろうなと思った。

父が私をいいように利用するだろうことは想像していた。

——悲しいことに、嫌な予想はことごとく當たってしまう。

おそらく、父は私を閉じ込めるために、警備の者を増やしている。

門にも見張りを立て、馬車も使えないようにして。

玄関の出りも制限するかもしれない。

「お父様」

苦い思いで私は言う。

「私、お父様の道ではありません」

私が父の行を予想していることを、どうしてこの人は予想しないのだろう。

簡単だ。

父にとって私は「道」だからだ。

——道に意思はない。

だから、父は、私が自分の行を予想するとは思っていない。

それならそれでもういい。

「生意気なことを言うな!」

「失禮します」

それ以上話す気もなく、私は食堂を出た。

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