《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》34、懐かしむ前に深い眠りに落ちた

父と話をしたその夜から警備は増えていた。

窓から見下ろせる範囲からでも、充分な人數が私の部屋を窺っているのがわかる。

「ご苦労様ね」

カーテンを閉めながら呟くと、見計ったようにルシーンから聲がかかる。

「クリスティナ様、湯浴みの準備ができました。まずはを休めましょう」

「ありがとう。今の私にとって一番魅力的な提案よ」

とりあえず今できることをしようと、ルシーンとマリーに手伝ってもらいながら湯浴みをした。

「石鹸の匂いが宮廷と違うわ」

今まで當たり前すぎて気付かなかったことに気付く。

「……家にいるのね」

ちゃぽんと、何かを振り切るように溫かいお湯に手足をばした。

「はぁ。一日目からいろいろあったわ。『俺のワインをよけるな』はあんまりだと思わない?」

マリーはきょとんとしていたが、あの場にいたルシーンは吹き出しそうになっていた。

笑いを殘したままルシーンは言う。

「ミュリエル様とは、明日お話になるのですか?」

「そうね、まだ何も話せていないし……」

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一生懸命髪を洗ってくれているマリーに思わず聲をかけた。

「ミュリエル付きだったんでしょう? マリーも大変だったわね」

「それはもうとっても」

「マリー!」

素直すぎるマリーの返事をルシーンが軽く咎めたが、私は首を振った。

「いいのよ。お疲れ様」

「いいえ! クリスティナ様にそうおっしゃっていただけるなんて嬉しいです!」

ふふふ、と笑いながら私は、

「そうだわ、マリー」

と付け足した。

「なんですか?」

「明日、トーマスに言ってメイドと使用人を広間に集めてもらえる? 私から話があるの」

「かしこまりました!」

そのあとは、いつものマリーのマッサージで疲れを癒してもらった。

ですぐに眠くなった。

気が張って眠れないかと思っていたのに。やっぱりマリーの腕は一流だ。

「おやすみなさい」

「おやすみなさいませ、クリスティナ様」

眠りに落ちる瞬間、久しぶりにお母様の顔が浮かんだ。

だけど、そのことを懐かしむ前に深い眠りに落ちてしまった。

次の日。

支度を整えてからまた窓の外を見ると、門の警護がさらに増えていた。

「いくらなんでも多くない?」

「旦那様は今日お出かけだそうですから、そのせいではないでしょうか」

「ああ、そうなのね」

自分のいない間も目をらせておくつもりなのだろう。

「でも、いつまでも人を割いていられないでしょう。どうするのかしら」

「クリスティナ様がすぐに諦めると思っているのでは?」

そうかもしれない。

なし崩しに言うことを聞くのを待つつもりなのだろう。

「まあいいわ」

家の中は自由にけたので、ひとまず集めてもらったメイドや使用人たちのところに行った。

「仕事の手を止めて悪いわね」

知った顔が集まっている。

だけど、こんなふうに一堂に會するのは初めてかもしれない。

皆どこか不安そうに黙っていた。

ルシーンとトーマスを私の隣に立たせて、私はゆっくりと話し出した。

「みんな知っての通り、私は今、王太子妃殿下にお仕えしています。とても大切な役割だけど、この家を留守にしているのも事実。その間、みんなが家を守ってくれていること、とても誇りに思っています」

何人かが困した表を浮かべた。

私にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。

私はさらに聲を張る。

「私が留守をしている間、何か不満があるようなら、いつでも言ってちょうだい。直接が難しいようなら、トーマスにでもルシーンにでも伝言なさい。は守るわ」

使用人たちの視線が一斉に、私の隣に立っているトーマスとルシーンにいた。二人は何もかも承知だというように會釈する。

「それと」

私はわざとそこで言葉を切った。ゆっくりと時間をかけて、一人一人と目を合わせる。

目を逸らす者、見つめ返す者、不思議そうにする者、赤面する者、様々だ。

だけど、

「公爵家に不満がある人はいつでも辭めてもらって結構」

私がそう言うと、皆一様に息を呑んだ気配がした。

「次の職場への紹介狀もちゃんと書いてあげるから、我慢しなくていいわよ」

言葉を発する者はいなかったが、さざ波のように皆からの揺は伝わった。

「もう一度言うわね。不満がある人はいつでも辭めてもらっていいから。ところで」

ほんのし高飛車に見える目つきで、私は全員に微笑みかける。

「私宛にオコンネル公爵家から招待狀が來ていたはずなんだけど、屆いていないのよ。誰か理由を知らないかしら」

「……」

誰も何も言わなかった。

気まずい沈黙が続く中、トーマスが一歩前に出て、一禮した。

「申し訳ありません、その件、すぐにお調べいたします」

「早くね」

「はい」

言いたいことを言った私は、皆をねぎらってからその場を解散させた。

「次はミュリエルね。どうせまだ寢ているんでしょう」

廊下を歩きながらそう言うと、マリーが、はい、と頷いた。

「いつも遅くまで橫になってらっしゃいます」

「起きたら知らせてくれる? それまで本でも読んでいるわ」

「かしこまりました」

ミュリエルの支度が整ったのは、午後になってからだった。

部屋に通された私は、挨拶がわりに微笑みかける。

「ごきげんよう、ミュリエル、遅い朝ね? こんなに読書が捗るとは思わなかったわ」

「頭が痛かったのよ」

ミュリエルはきちんと著替えを済ませていた。私は向かいのソファに腰かける。

「もう治ったのね」

相変わらずもいいし、張りのある頬だ。ぷいっと橫を向く。

「お姉様、どうせ治らなくてもしつこく來るでしょう。だから早めに済まそうと思って」

「ええ、その通りね」

私が否定しないので、ミュリエルは苦い薬を飲んだような顔をした。

「淑がそんな顔をしてはいけませんよ」

もう一度ぷいっと橫を向いてから、諦めたように私を見た。

「それでなんの用?」

「そうね、いろいろ話したいことはあるんだけど、まずはさっき取り戻したこれについて聞こうかしら」

私は先ほどトーマスから渡されたそれをテーブルの上に置いた。

「リザ様からの招待狀。あなたが隠すように指示していたのね? なぜ?」

ミュリエルは悔しそうにを噛んだ。

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