《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》36、優な歌
三日目は、雨だった。
「この時期に降るなんて珍しいわね」
窓を開けると、糸のように細い雨がどこまでも落ちていくのが見えた。
「空も明るくなってきていますし、もうすぐ止むでしょう」
朝食の用意をしながらルシーンが答えた。
昨日から朝食も夕食も部屋で摂るようにしていたのだ。手間はかけさせてしまうが、どうしても父と同じ空間にいる気になれなかった。
「どうぞ、クリスティナ様」
「ありがとう」
量の果とスープにパン。そんなに量は必要ないので、すぐに食べ終わる。
「本當なら今日は帰る日だったのよね」
「そうですね」
「外出も手紙も止して、それで私を縛っているつもりかしら」
食後のお茶を飲みながら呟くと、ルシーンが困ったように頷いた。
「旦那様にとって、クリスティナ様はいつまでも小さいお嬢様のままなのかもしれませんね」
「都合のいいようにしか見ないものね」
私からの手紙を待っているはずのイリルの顔が浮かんだ。
カップを置いて、私はゆっくり立ち上がる。
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「仕方ないから、今日も本を読みましょう」
私の言葉にルシーンは丁寧に頭を下げる。
「かしこまりました」
部屋の隅にはいつでも出ていけるように、最低限の荷がまとめてある。
ルシーンの言う通り、雨は午後には止んだ。
だけど、私が外に出られることはなく、四日目も五日目も、同じように過ごした。
‡
來るはずの手紙が來ないことで、イリル・ダーマット・カスラーンが公爵家を訪問したのは六日目だった。
「申し訳ありません、殿下。せっかく來ていただいたのに、クリスティナは伏せっておりまして」
丁寧にオーウィンが答える。宮廷とは違い、私的な場所で會うオーウィンは退廃的な魅力を相手に與えた。突然訪れたせいで整えきれていない前髪のせいだろうか。
——はっきり言って不快だな。
イリルは眉を寄せて質問した。
「伏せっている? どういうことですか? オフラハーティ公爵」
「ですから、クリスティナは病気なのです」
「病気? 先週まではとても元気そうでしたが」
オーウィンは悲しげな表を作って言った。
「病気とはそういうものでしょう。突然、前れなくかかるのです。王太子妃殿下にも、しばらく宮廷に戻れないとお知らせしようと思っています」
出されたお茶にも手をつけず、イリルは考え込む表をした。
オーウィンはさらに言葉を足す。
「ご心配ありがとうございます……何、すぐに治るでしょう。念のためしばらくこちらで靜養させようと思っているだけで」
「宮廷から醫者を寄越そう」
きっぱりと言ったイリルに対し、オーウィンは歯切れ悪く答えた。
「いえ、その、殿下、それには及びません」
「なぜだ?」
「公爵家にも代々仕える醫者がおりますので、それで事足りております。その、娘も慣れた醫者の方がいいでしょうし」
「しかし」
納得しきれない様子のイリルに、オーウィンは力を込めて言う。
「お心だけで十分です」
イリルは諦めたように言った。
「それではしでいい。クリスティナの顔を見られないだろうか?」
「娘のことをそんなに思ってくださって……ありがとうございます」
オーウィンはした素振りで言った。
「しかし、殿下。乙心というものをわかってやってください。病み疲れているところを見せたくないものです。これはクリスティナからの要でして」
「……そうか」
イリルはすっかり冷めたお茶の表面を見つめた。天井の、公爵家自慢の豪華なシャンデリアがそこに映っている。歴史のある家なのだ。知っている。
イリルはため息をついた。
「すぐ治るとは、どれくらいだろうか」
「それは……クリスティナの気持ち次第ですね」
「気持ち?」
イリルの眉が片方だけ上がった。オーウィンはし早口に答えた。
「いえ、気力次第の間違いです。気力さえ出れば、昔のクリスティナに戻るでしょう」
オーウィンは何を想像したのか、そこで満足そうに笑った。
「安心してください殿下。すぐに以前のように素直で、可らしい、自慢の娘をお目にかけます」
「わかった」
これ以上話をする気分になれなかった。父親とは言え、オーウィンの口からクリスティナを語られることに嫌気が差した。
「ところで公爵」
話題を変える。
「クリスティナは元々、妹君のお見舞いで戻ったと聞いている。そちらとの関連はあるのだろうか?」
「あ、いや、それとは全く違う病気だと醫者は申しております。おかげさまでミュリエルはもう快癒するでしょう」
「それは不幸中の幸いだった。見舞いの品があるのだが、いいかな?」
「ミュリエルにですか? それはもちろん!」
イリルは、従者として付いてきたブライアンに目で合図した。ブライアンは馬車から布をかけた荷を、二つ運んできた。
「これは」
さっと、布を落とすと、籠にったウタツグミが現れた。
二つの籠に、二羽のウタツグミ。
「二つとも、ミュリエルにですか?」
「こうして仲間同士で飼うと、お互い競い合って特にいい聲で鳴くと聞いて持ってきたのだが、せっかくだからクリスティナと妹君、一羽ずつ渡してもらえないだろうか」
オーウィンに斷る理由はなかった。
「ありがとうございます。どんな優な歌を囀ずってくれるのでしょう。娘たちも喜びます」
「公爵」
「はい?」
「政略結婚とはいえ、私はクリスティナのことをとても大事に思っている。そのことは忘れないでもらいたい」
「ええもちろん……親としてこんなにありがたいことはありません」
オーウィンはニヤリと笑った。
とても下卑た笑いだった。
結局その日はクリスティナに會えることはなかった。
イリルは帰り際、何かを確かめるように、クリスティナの部屋の辺りを見つめていた。
オーウィンはそんなイリルを眺めて満足した。
イリルがクリスティナへの気持ちを募らせれば募らせるほど、クリスティナはオーウィンの言うことを聞かなければならない。
イリルに會いたければ、大人しく言うことを聞けと恫喝できるからだ。
そう思ったのだ。
——もちろん、そんなことはイリルにとって折り込み済みの計畫だった。
‡
「イリル!」
「クリスティナ!」
渡されたウタツグミは、歌なんか歌わなかった。
それはただの合図だった。
あれを離すと、仕込まれていた獨特の鳴き聲をあげて、イリルに私の準備が整ったことを知らせてくれるのだ。
「まさかウタツグミを持ってきてくれるなんて思わなかったわ!」
「一番いい聲だったんだ」
一週間離れているだけだったのに、もっと長い時間會えなかった気がした。
「よかった、無事に會えて」
「イリルのおかげよ……本當にありがとう」
私はイリルに抱き付いた。
イリルもそんな私をけ止め、抱きしめ返してくれた。
はしたないけど、どうでもいい。
ルシーンとブライアンも気まずそうに見逃してくれている。
だけど、そんなにのんびりしている時間はない。
「急ごう、馬車を用意している」
「荷はこちらですね」
「ありがとう、ブライアン」
公爵家からし離れた森の中を、馬車はらかに出発する。
私たちはようやく一息つけた。
「まさか公爵家とここがつながっているとはね」
「知っている人はないと思うわ」
イリルの呟きに私は笑う。「前回」ミュリエルから教えられた『の通路』の出口がここだった。
通路が今回も使えることは事前に何回も確かめてあった。
それでもイリルがいなければ、もっと困難な出だっただろう。
謝の眼差しで見つめると、イリルは呟いた。
「普通に戻って來られたらそれが一番よかったんだろうけど」
私は小さく首を振った。
「『普通』を求めちゃ駄目だってわかったから、これでいいのよ」
イリルは黙って私を見つめ返した。
私はふと、屋敷に殘されたもう一羽のウタツグミのことを思った。
ミュリエルはあのウタツグミをどうするのだろう。
あのまま屋敷で飼い続けるのだろうか。
だけど、すぐに気持ちを切り替えた。
それはミュリエルが決めることなのだ。
「義姉上も心配していたよ」
「演奏會に間に合ってよかったわ」
馬車はすぐに景を変えて行った。
6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)
「わたしと隣の和菓子さま」は、アルファポリスさま主催、第三回青春小説大賞の読者賞受賞作品「和菓子さま 剣士さま」を改題した作品です。 2022年6月15日(偶然にも6/16の「和菓子の日」の前日)に、KADOKAWA富士見L文庫さまより刊行されました。書籍版は、戀愛風味を足して大幅に加筆修正を行いました。 書籍発行記念で番外編を2本掲載します。 1本目「青い柿、青い心」(3話完結) 2本目「嵐を呼ぶ水無月」(全7話完結) ♢♢♢ 高三でようやく青春することができた慶子さんと和菓子屋の若旦那(?)との未知との遭遇な物語。 物語は三月から始まり、ひと月ごとの読み切りで進んで行きます。 和菓子に魅せられた女の子の目を通して、季節の和菓子(上生菓子)も出てきます。 また、剣道部での様子や、そこでの仲間とのあれこれも展開していきます。 番外編の主人公は、慶子とその周りの人たちです。 ※2021年4月 「前に進む、鈴木學君の三月」(鈴木學) ※2021年5月 「ハザクラ、ハザクラ、桜餅」(柏木伸二郎 慶子父) ※2021年5月 「餡子嫌いの若鮎」(田中那美 學の実母) ※2021年6月 「青い柿 青い心」(呉田充 學と因縁のある剣道部の先輩) ※2021年6月「嵐を呼ぶ水無月」(慶子の大學生編& 學のミニミニ京都レポート)
8 193クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」
第1回HJネット小説大賞1次通過、第2回モーニングスター大賞 1次社長賞受賞作品の続編‼️ 宇宙暦四五一八年九月。 自由星系國家連合のヤシマに対して行われたゾンファ共和國の軍事行動は、アルビオン王國により失敗に終わった。クリフォードは砲艦の畫期的な運用方法を提案し、更に自らも戦場で活躍する。 しかし、彼が指揮する砲艦レディバードは會戦の最終盤、敵駆逐艦との激しい戦闘で大きな損傷を受け沈んだ。彼と乗組員たちは喪失感を味わいながらも、大きな達成感を胸にキャメロット星系に帰還する。 レディバードでの奮闘に対し、再び殊勲十字勲章を受勲したクリフォードは中佐に昇進し、新たな指揮艦を與えられた。 それは軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)だった。しかし、DOE5はただの軽巡航艦ではなかった。彼女はアルビオン王室専用艦であり、次期國王、エドワード王太子が乗る特別な艦だったのだ。 エドワードは王國軍の慰問のため飛び回る。その行き先は國內に留まらず、自由星系國家連合の國々も含まれていた。 しかし、そこには第三の大國スヴァローグ帝國の手が伸びていた……。 王太子専用艦の艦長になったクリフォードの活躍をお楽しみください。 クリフォード・C・コリングウッド:中佐、DOE5艦長、25歳 ハーバート・リーコック:少佐、同航法長、34歳 クリスティーナ・オハラ:大尉、同情報士、27歳 アルバート・パターソン:宙兵隊大尉、同宙兵隊隊長、26歳 ヒューイ・モリス:兵長、同艦長室従卒、38歳 サミュエル・ラングフォード:大尉、後に少佐、26歳 エドワード:王太子、37歳 レオナルド・マクレーン:元宙兵隊大佐、侍従武官、45歳 セオドール・パレンバーグ:王太子秘書官、37歳 カルロス・リックマン:中佐、強襲揚陸艦ロセスベイ艦長、37歳 シャーリーン・コベット:少佐、駆逐艦シレイピス艦長、36歳 イライザ・ラブレース:少佐、駆逐艦シャーク艦長、34歳 ヘレン・カルペッパー:少佐、駆逐艦スウィフト艦長、34歳 スヴァローグ帝國: アレクサンドル二十二世:スヴァローグ帝國皇帝、45歳 セルゲイ・アルダーノフ:少將、帝國外交団代表、34歳 ニカ・ドゥルノヴォ:大佐、軽巡航艦シポーラ艦長、39歳 シャーリア法國: サイード・スライマーン:少佐、ラスール軍港管制擔當官、35歳 ハキーム・ウスマーン:導師、52歳 アフマド・イルハーム:大將、ハディス要塞司令官、53歳
8 178「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
ある日大學中退ニートが異世界に転生! 「最強」に育てられたせいで破格の強さを手に入れた主人公――スマルが、強者たちの思惑に振り回されながら世界の問題に首を突っ込んでいく話。
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8 167名無しの英雄
主人公アークと幼馴染のランはある日、町が盜賊によって滅ぼされてしまう。ランは盜賊に連れ去られるが、アークは無事に王國騎士団長に保護される。しかし… この作品は筆者の処女作です。生暖かい目で見てやって下さい(✿。◡ ◡。) *誤字、脫字がありましたら教えていただけると幸いです。 毎日0時に更新しています
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