《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》37、損得以外の理由でく人

「待ってたわ、クリスティナ!」

「フレイア様、ただいま戻りました」

そのままイリルに宮廷に送ってもらい、無事にフレイア様と再會を果たした。

「ありがとうイリル」

「どういたしまして」

いろんな予定が立て込んでいるはずのイリルは、そんなことをしもじさせない余裕のある態度で微笑む。

「今日はゆっくり休んで。またじっくり話し合おう」

「ええ」

離れ難い気持ちを押し隠して、私はイリルの背中を見送った。

フレイア様が冷やかすように言う。

「仲良しね?」

「そ、そんなこと!」

しかし、すぐに真面目な顔になり、私をソファの隣に座らせて言った。

「クリスティナ、疲れてるところ悪いんだけど聞かせてくれる?」

フレイア様の金の瞳が私を捉えた。

「ただ遅くなっただけじゃないのね?」

「……はい」

私はすべてを打ち明ける覚悟で頷いた。ルシーン以外の侍を下がらせ、ゆっくりと口を開く。

「お恥ずかしい話なのですがーー」

時が巻き戻ったことまでは、さすがに打ち明けられなかったが、予定より長く実家に逗留した理由は包み隠さず話した。

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父のこと、妹のこと、屋敷に閉じ込められていたこと、イリルによって出できたことを。

「何それ」

ルシーンが淹れたお茶を飲みながら、フレイア様は自分のことのように憤ってくれた。

カップを置いて一気に捲し立てる。

「なかなか戻ってこないから、てっきり久しぶりの実家が居心地がいいのかなって思っていたのに! まさかそんなことになっていただなんて! 王子妃をそんなふうに扱ってどういうつもりなのかしら。私からも陛下に申し上げて抗議してもらうわ」

「ありがとうございます……ただ」

私は顔を曇らせた。

「どうしたの?」

「イリル様も父に抗議してくださるとおっしゃってました。とてもありがたいことなのですが、それで大人しくする父かと懸念しております」

「そうではないと言うのね?」

私もカップを置いて頷く。

「父が単に、損得でく人間ならそれで大人しくなるでしょう。ただ、損得以外の理由でく人間もおります。父はそちらかもしれません」

「損得以外って、どんな理由?」

「面子といいましょうか。自分の沽券を守るために、父はこちらの予想もつかない愚かなことをしそうな気がするのです……本當にお恥ずかしい話ですが」

「クリスティナ……」

フレイア様は座ったまま私をぎゅっと抱きしめた。

「あなたって人は、まだたったの十五歳なのに、そんなことまで考えているのね」

そう言うフレイア様はまるで姉のような優しさを私にじさせた。

「年齢なんて……それをおっしゃるならフレイア様だって私とそんなに変わりません」

「私のことはいいのよ。ここでのびのびと暮らしているもの。でもクリスティナは」

抱擁を解いたフレイア様は、私をじっと見つめておっしゃった。

「その年齢で実のお父様をそんなふうに俯瞰して見られるなんて、かなりいろんなことがあったと思うの」

私は驚いてフレイア様を見つめ返した。「前回」も今も、誰にもそんなことを言ってもらったことはなかったからだ。

「わかるのですか?」

フレイア様は微笑む。

「自分から距離の近いものを離れて見られるようになるには、それなりに痛みが必要よね」

「それではフレイア様も……?」

フレイア様はそうね、と頷く。

「私の場合は、生まれた國だったわ。當たり前だと思っていた自分の國、あの國の言葉、食べ、空気、季節。それらと距離ができて、離れて見るようになって、やっと自分の郭がわかったの」

「自分の郭……」

「あ、勘違いしないで。ここの生活が嫌なわけじゃないわよ? レイナンともうまくやっているし、王妃様も陛下もとてもいい方たちだし」

私は小さく頷いた。私の目からもフレイア様は宮廷で確固とした立ち位置を築いていたからだ。

「だけど、そうね、エルディーノの母はとても厳しい人だったわ。母のことはこちらへきてようやくし理解できるようになったのかもしれない」

フレイア様のお母様はエルディーノ王國の王太后としてその名前を近隣に轟かせている方だった。私が言葉を探していると、フレイア様はもう一度小さく笑った。

緒よ? 同士の……もうすぐ義理の姉妹になるクリスティナだから言ったの」

「……ありがとうございます」

私は心を込めてお禮を言った。そこでようやく本音が出た。

「フレイア様、私、自立したいんです」

「自立?」

「前回」の私はイリルと結婚さえすればあの家を出られると思っていた。だから我慢していた。でももうそこまで待てない。

「父に関係なく、できれば王子妃という分にも関係なく、私自の足で立ちたいんです」

そんなことは無理よと言われると思ったが、こぼれ落ちた本音は思いの外、私を大きく揺さぶった。

「そうすればもうあの家に戻らなくても大丈夫ですもの」

誤魔化すように笑うと、フレイア様は真面目な顔で私を見て言った。

「そうね、考えてみましょう」

私は目を見開いた。

「笑わないんですか?」

「笑わないわ。それが今のクリスティナにとって大切なことなんでしょう?」

フレイア様は考え込むように腕を組んだ。

「私や王妃様も分やしがらみに縛られているようでいて、自分のしたいことを見つけて行に移しているのよ。ほら慈善院とか」

あ、と私はつぶやいた。

確かに、現王妃様の代になってから慈善院は増やされ、フレイア様はそれを手伝いながら、さらに孤児を保護する政策を進めていた。

「クリスティナにもそう言うものが必要だわ。今までのあなたからは考えられないことだけど、したいことを見つけたらうまくやると思う。でもそんな政治に関わることじゃなくてもいいと思うの。まずは小さなことから始めましょう」

そこでフレイア様は自分の手首を目の高さまで上げた。

私が差し上げたブレスレットが揺れていた。

「これが可かったから、これを売る?」

私は微笑みながらも、首を振った。

「ありがとうございます。ですが、すでにそれは領地の特産品になっておりますし、貴族のは寶石を持っていますから、それほど需要はないのではないでしょうか」

フレイア様はうーんと唸った。

「庶民に売るなら高くは売れないしね」

「売値は安くてもいいのですが、必要のないものを庶民は購しないでしょう」

「それもそうね」

実は、ブレスレットを売れないかは一度考えたことがあったのだ。なので、すらすらと言えた。

「でも、ありがとうございます、フレイア様」

「お禮ばかりね?」

「本當に嬉しいんです。私、何か考えてみます。ですから今はまずは演奏會を功させることに集中します」

フレイア様は、そうね、それもあったわねと呟いた。

「だけど、今回はあの大陸中に名前を馳せているあの有名ピアニストを招致できたから、集客は問題ないわ」

「そうでしたね。どなたでしたっけ」

「ローレンツ・フェーディンガー。顔立ちも整っているということでの支持者が多いそうよ」

そうですか、と私は短く相槌を返した。

「その方が指定するピアノを搬するとのことでしたね」

「顔にはまったく興味なさそうね」

フレイア様が笑った。

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