《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》38、男爵令嬢と天才ピアニスト

そして、演奏會當日。

「ほら、見て」

扇で口元を隠して、フレイア様が言った。

視線の先は、著飾ったご婦人たちだ。大勢集まってきたのが特別席から見える。

「開演にはまだ時間がありますのに」

私が言うと、真っ白な上著を品よく著こなしたレイナン殿下も笑う。

「この國で一番大きいグラトゥラチオーン・ホールも、彼には手狹だろうね」

「本當ね」

そう答えるフレイア様も、白を基調に刺繍をれたドレスだった。

「そんなにすごい方なんですね」

対する私は薄い黃のドレスだ。イリルから貰ったアメジストのアクセサリーが映えるから、とフレイア様が選んでくれた。

「興味ないのはクリスティナくらいよ。顔合わせはできなかったけど、肖像畫は見たんでしょう?」

私は、整っているけれどどこか冷たい印象の肖像畫を思い出して言う。

「顔と演奏は関係ないんじゃないですか?」

「厳しいわね」

フレイア様の言葉に、レイナン殿下も頷いた。

「演奏が終わってから、クリスティナがどんな想を言うか楽しみだな。イリルに報告しなくては」

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「まあ、イリル様に報告されて困ることなんて何もありません」

「どうかな」

からかわれているのがわかりながら、イリルの名前を出されるとついムキになってしまう。

お二人はそんな私を楽しそうに眺めた。

「私、何か不合がないか、最後の點検をしてきますわ」

これ以上からかわれないように、私は會場の外に出ることにした。

「演奏が始まるまでに戻りますわ」

「大丈夫?」

フレイア様が心配そうに眉をひそめた。私は笑顔で頷いた。

「ルシーンと、カールも一緒ですから」

國王陛下からどういう話があったのかはわからないが、父は謹慎を言い渡され當分は屋敷から出られない。

とりあえずの処分なのでこれからどうなるかはまだわからない、と心配するイリルは、宮廷騎士のカールを新たに私の護衛にした。

ゴツいで髭の濃いカールはとても無口で、必要なこと以外は喋らない。だが、不思議と威圧はなかった。

「ルシーン、カール、外をし見回りたいの」

聲をかけると二人ともすぐに付いてきてくれた。私の隣をルシーンが、し後ろをカールが歩く。

「外のどこを見回るのですか?」

ルシーンの質問に、そうね、と答えた。

り口の人の流れを見ておきたいわ」

グラトゥラチオーン・ホールは宮廷のすぐ近くに建てられているが、敷地ではない。

今回のように人気のある演奏會は初めてなので、導線がうまくいったかし気になった。

外に出て、顔馴染みの騎士たちと挨拶をわす。

「ご苦労様。問題ないかしら?」

騎士は頷いた。

「特には。ああ、主役のローレンツ様がまだいらっしゃらないようです。時間には余裕がありますが」

「グロウリー伯爵のところに滯在しているはずよね?」

「そう聞いております」

だったら、伯爵がきっちりと送り屆けてくれるだろう。私は騎士たちをねぎらってから、また歩き出した。

「宮廷の會場を使えばこんな苦労はしなかったのにね」

ついついルシーンにそう言うと、ルシーンは不思議そうに答えた。

「肝心のピアニスト様がこの規模のホールでないと、とおっしゃったんでしょう?」

「そうらしいわ。広さもあるけど、ご指定のピアノがここじゃなきゃ運びれられなかったらしいの」

そのピアノは、フレイア様のご実家の伝手で持ち込むことができた。

「おかげで演奏會は功しそうだからいいけれど」

慈善事業の名目なので、功してもフレイア様に利益がってくることはない。だが、フレイア様の孤児の保護政策の後押しにはなる。

「それにしても人気ね」

私とルシーンはし立ち止まって、馬車が次から次へと到著するのを眺めた。

「確かまだ二十歳くらいの方でしたよね。こんなに人を集められるなんてすごいです」

私は頷く。

「十歳そこそこで數々の演奏會を開催して、十二歳で社界デビューし、そこから各國で活躍している天才ですもの」

ルシーンはし笑った。

「それにしてはクリスティナ様はあまり興味なさそうですね?」

私は何も言わず目だけで微笑んだ。

その通りだったからだ。

演奏の腕はともかく、「前回」の記憶によると、ローレンツはその外見と才能で、あちこちの貴族令嬢やご夫人と醜聞を巻き散らかした。彼の人気はこれからさらに熱狂的に高まるのだ。わざわざそれに巻き込まれることはない。

——特に、私は関係者なのだから。一線を引いて冷靜に対応しなきゃ。

どちらにせよ、今日が終わればもう関係はない。

あとは本人が到著して演奏すればいいだけだ。

「門の側を一周してから、フレイア様のところに戻りましょう」

ルシーンとカールにそう言うと、二人とも頷いた。

ホールの周囲は、簡単な遊歩道になっている。

まだ日は沈んでいないので、私はのんびりと植を楽しみながら歩いた。

「クリスティナ様」

しかしホールの真裏で、ルシーンがはっとしたように立ち止まった。カールがすっと私たちの前に出る。誰かいるのだ。

木の影になっていたが、男が庭石の上に座っていた。

なりは上等だが、髪はぼさぼさで、どこかぼんやりと背中を丸めていた。

——あら、もう一人?

よく見れば男に対峙するように、若いが立っていた。

貴族らしきそのは腰に手をあて、怒ったように言っていた。

「ローレンツ! いつまでわがまま言うの! 早く著替えなさい」

弱々しい聲が返る。

「あんな豪華なところ落ち著かないんだ。今夜、君のところに泊めてくれるというならすぐにでも準備するよ、グレーテ」

「何回同じこと言わせるの? たかが男爵家にあなたを泊める余裕はないわ」

——ローレンツ?

私はルシーンと顔を見合わせた。

ルシーンも驚いたように頷いている。

通り過ぎようかと思ったけれど、そうもいかないようだった。

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