《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》53、本當に悪趣味

「陛下の調が悪い?」

やっと視察から戻ったイリルは、真っ先に父であるオトゥール一世へ報告に行こうとして、兄であり王太子であるレイナンに止められた。

「ああ。だから報告はまた後日だ。紙にまとめてくれ」

「どこがお悪いんだ?」

騒ぎがして聞くと、レイナンは明るい聲で答えた。

「大したことはない。微熱とし咳が出るだけだ。ただ、醫者が念の為に數日は寢ていた方がいいと言っている。お前の顔を見るとき出そうとするからな。報告書はちゃんと渡しておく」

しかしレイナンは、帰ってきたイリルを待ち構えていたのだ。言葉通りの容ではないのではないか。イリルは聲を落とした。

「……本當に大丈夫なのか?」

レイナンは快活に笑った。

「こういうときでないと休まない人だからな。母上もそばにいる。大丈夫だ」

數々の國境の村を回って祭祀の手伝いをしてきたイリルには、このタイミングの王の調不良が偶然だと思えなかった。最初は王にと思ったが、そんなことを言っている場合ではないのかもしれない。イリルはレイナンに一部始終を打ち明けようとした。

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「レイナン、聞いてもらいたいことがあるのだが——」

だが、レイナンは笑った顔のまま、イリルの肩をグッと摑んだ。思いのほか込められた力に顔を上げると、笑顔のまま告げられた。

「相変わらずせっかちな男だ。まずはゆっくり休め。そうだ、庭園など散歩したらどうだ? 緑がしい季節だ」

庭園。緑がしい。

「……わかった」

イリルは頷いた。そして、やれやれと疲れを滲ませて言った。

「さすがにくたくただ。先に風呂にっていいか」

「ああ。もう用意はさせてある」

レイナンは満足したように頷いた。

數刻後。

浴し著替え終えたイリルが向かったのは、庭園ではなく、宮殿の図書室のひとつだった。こじんまりとした広さのそこは、ほとんど人が寄り付かない。

「待たせたな」

「いや?」

手にしていた本を、パタリ、と閉じたのはレイナンだ。橫に並んだイリルは苦笑する。

「まさかあんな懐かしい暗號を使うとは思っていなかったよ」

簡単な置き換えだった。庭園は図書室、緑はその規模。

小さい頃からどこで誰に聞き耳を立てられているかわからない王子たちがいたずら半分で思いついた暗號だった。一番大きいものは金を、その次は赤をと、と規模を一致させ、場所は別の場所を示す。

「よく家庭教師の目を盜んでここにきたな」

母殿から逃げるときもだ」

髪のこそ違えど面差しのよく似た兄弟はそれぞれ、しだけ懐かしそうに目を細めた。

「何があった?」

だが、追憶に浸る時間はない。イリルはすぐに聞いた。人のいる場所では言えないことがあるからここに呼び出したのだろう。もどかしい思いでイリルは質問を重ねる。

「陛下の容が悪いのか?」

だが、レイナンは首を振った。

「陛下の合はさっき言った通りだ。安心しろ」

「それならなぜ」

「ドーンフォルトのきが不穏だ」

イリルは息を飲んだ。レイナンは続ける。

「あそこはまだ王太子が決まっていない。噂では悪趣味な王がそうやって周りの反応を見て楽しんでいるとのことだ」

「本當に悪趣味だな」

「ああ、だが王の権力をちらつかせ、顔を窺わせるにはいいのかもしれない。弊害もあるが」

でする分にはどんな趣味だろうが構わないが、その皺寄せがカハル王國に來るのはごめんだ。イリルは眉を寄せた。

「何が起こっている?」

「出りの商人の話だが」

間諜として忍び込ませている者だろう。レイナンは別の本に手をばしながら話す。

「第二王子と第三王子の派閥が爭いを続けているらしい。また宰相が腹黒でな」

イリルも他の本を手にする。

「宰相はどちらについているんだ?」

「第三王子らしいが、きからしてうちに戦爭を起こそうとするかもしれない」

「何?」

穏やかでない言葉に、イリルがつい顔を上げる。レイナンもその瞳をけ止めた。

「正確に言うと、付けいる隙を狙っていると言うのかな。とにかく張を孕みながらもそれなりに不可侵をお互い守っていた今までとは違う」

イリルはリュドミーヤの話を思い出した。最初に會ったときリュドミーヤは言っていたのではなかったか。

……魔が広まると隣國も山を敬うのを忘れて攻めてくる。過去の戦爭はそのように始まった、と。

國境に近い町、ファリガ、アンロー、クロウに事故死が多いことももしかして。

「……やはり、境目から何かがってこようとしている?」

「なんだ?」

「いや」

イリルはレイナンにすべてを話すべきか迷った。王が口止めしたのでなければ、今すぐにでも話していただろう。歯切れ悪く口を開く。

「レイナン、陛下の容態は本當に大したことないのか?」

「ああ、それは本當だ。原因が分からないので大事をとっている。回復し次第、賢人會議を行う予定だ」

そこでレイナンはきっぱりと告げた。

「イリル、賢人會議に出席させるために、そろそろオフラハーティ公爵の謹慎を解くことになっている。シェイマスも頑張ってはいるがそこにはまだ呼べない」

それ自は予想していたことなのでイリルは渋々ながらも頷いた。公爵からも話を聞きたいと思っていたので、ある意味ちょうどいいかもしれない。公爵は當然クリスティナが聖なる者であることを知っているはずだからだ。

——しかしあの様子では、クリスティナをまた閉じ込めようとするかもしれない。

やはりまずは聖なる者の判別方法をわかっている王に、クリスティナを會わせ、聖なる者として宮廷で保護するように手配するのが先か。そこまで考えたイリルはレイナンに質問する。

「クリスティナはどうしてる?」

惚気と捉えたレイナンは、小さく笑った。

「元気だよ、自分の目で確かめればいいい。積もる話もあるだろう」

「そうするよ」

そしてレイナンは一段と小聲で言った。

「……どこにドーンフォルトの手の者が紛れているかわからない。行には注意しろ」

イリルは小さく頷いた。

早速その夜、イリルはクリスティナに手紙を書いた。會いたいと。

け取ったクリスティナも、イリルが戻ってきていることにを高鳴らせ、私もです、と返事を書いた。

「イリルがやっと帰ったんですって?」

「はい」

イリルが戻ってきたと聞いた次の日。作業部屋でビーズをより分けていたら、現れたフレイア様がからかうようにおっしゃった。

「思ったより長旅だったわねえ」

「今日はまだお疲れでしょうから、明日會うことになりました」

そんなことを話しているときだった。

「クリスティナ、ちょっといいかしら」

珍しくルイザ様が作業部屋にいらっしゃったので慌ててお辭儀をする。ルイザ様は固い口調でおっしゃる。

「今度はヘルカ伯爵家のリリアナさんなの」

「え?」

何がと聞く前にルイザ様は辛そうに続ける。

「馬車が暴走したんですって。ただ、リザさんやカロリーヌさんのときと違い、リリアナさんは……」

私は青ざめてその続きを言う。

「……ブレスレットを付けていません」

リリアナ様からの注文はなかったのだ。

「じゃあ」

フレイア様の心配そうな瞳に、ルイザ様が厳しい表で頷いた。

「かなりの怪我だそうです」

「……そんな」

「気になるのは、どれもあとしで十六歳になるの子ばかりということ」

ハッとした私にルイザ様がおっしゃった。

拠はないわ。ただの勘よ、でも私にはまた同じようなことが起こる気がしてならないの。クリスティナ」

「はい」

「以前言っていたブレスレットの完を急いでくれる? 十六歳になる令嬢たちに配りたいの」

「わかりました」

「無理させるわね」

「いいえ」

ふと思い付いて私は言う。

「あの、ルイザ様、もしよかったら貴族以外のの子達にも配っていただけないでしょうか」

「庶民にも、ということ?」

「はい。十六歳になるの子というだけなら貴族でなくても危ないかもしれません。できる範囲で構わないのですが」

「慈善院を通してなら、ある程度は配れるわ。でもすごい數になるわよ?」

「そうしたいのです」

「わかった。じゃあ、お願いね」

気合いをれながらも私は、イリルにはしばらく會えないと手紙を書かなくてはいけないと思った。會いたさは募っているが仕方ない。

フレイア様が勵ますようにおっしゃった。

「私も手伝うわ。職人の手配もできたし」

「ありがとうございます」

イリルと會うのがほんのし、後になるだけだ。

「早速始めましょう。數を作るから意匠は単純なものにしましょう。でも、込める気持ちは同じよ」

はい、とルシーンたちが応える。

なぜだかとても気が急いた。しでも多くのの子達にブレスレットを渡したかった。

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