《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》56、ドレスの
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いよいよアカデミーの卒業式の日となった。
「クリスティナ様、イリル殿下がお迎えにいらっしゃいました」
午前中に卒業式を終えたイリルが、夕刻からのパーティのために私を迎えに來てくれた。卒業式は學校関係者だけで行う代わりに、パーティではも參加して祝うのだ。
「おかしくない? 本當におかしくない?」
私は扉を開ける前に、もう一度ルシーンに聞いた。
「誰よりもおしいです」
ルシーンはその度に同じことを答えてくれる。その微笑みに勵まされ、扉を開けてもらった。
「やあ、クリスティ……」
扉の前で待っていたイリルは、私と目を合わせた途端言葉を詰まらせた。
「イリル?」
「あ、いや、久しぶりだね、クリスティナ」
「本當、久しぶりね。元気そうでよかった」
たわいない會話をわすイリルは、どこか落ち著きがないように見えた。
——やっぱり何かおかしかったかしら。
不安になった私は新しいドレスの裾を見下ろす。薄い緑を基調に、ところどころ深い緑でアクセントをつけたドレスは、元や袖口にもレースがふんだんに使われ、同系の刺繍が全を引き締めている。
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——ルシーンもフレイア様も、派手すぎないのに控え目ではない絶妙な上品さがよく似合う、と言ってくれていたけれど、イリルの好みではなかったのかしら……。
ちなみに髪は、後の位置まで計算してニナがまとめ上げた。元と耳にはイリルが贈ってくれたエメラルドのアクセサリー。そこまでチェックして私は気づいた。
——このドレスはいつもよりもほんのし、元の空きが広いのよね。
フレイア様もマレードも絶対こちらの方がいいと言うのでそのままにしたけれどこれがいけないのかもしれない。どうしようかと考え込んだ私の隣に、ルシーンが立った。
「よろしいでしょうか? イリル様」
「ああ、ルシーン。なんだい?」
「イリル様が何かおっしゃってくださらないと、クリスティナ様は今からでも著替えようかと思っていらっしゃいますよ」
「え? どうして?」
目を見開いたイリルに私は説明する。
「その、何もおっしゃらないのでお気に召さないのかと。今からならまだギリギリ間に合いますので、しだけお待ちいただけたら——」
「著替えなくていい!」
慌てたようにイリルが遮った。ルシーンが目でその先を促している。イリルは肩を落として続けた。
「すまない……その、すぐに賞賛できなかったのは、久しぶりな上にあまりにもそのドレスが似合っていたから、綺麗すぎて……なんと表現していいのかわからなかったんだ……見惚れて言葉も出なかった」
イリル様の耳の縁はほんのし赤くなっていた。私は思わず確かめる。
「では、このドレスで大丈夫ですか?」
「もちろんだよ! というかそんなにしく緑を著こなしてくれるとは思ってなかったので、ちょっとしている。全私のじゃないか」
全、イリル様の。
——確かにっ!
あらためて本人からそう言われると、恥が湧き起こって、今度は私が何も言えなくなってしまった。
「クリスティナ様、イリル様のお召しはいかがでしょうか?」
ルシーンが助け舟を出す。はっとして私は口を開く。
「もちろん、今日のイリル様もとても素敵です! 上著もよくお似合いですわ」
イリルは、第二王子らしく白を基調にした上品な上著をにつけていた。控え目な金の縁取りが高貴さを表してとても似合っている。そしてカフスに私が贈った紫水晶(アメジスト)。
カフスに視線を落としてイリルは言った。
「今日の格好は、カフスを中心にあつらえてもらったんだよ」
「カフスのために全を?」
「當たり前じゃないか。私もクリスティナのを纏っているつもりだよ」
「……!」
真っ赤になりそうな頬を私は必死で押さえた。
「二人ともとてもお似合いです」
ルシーンが微笑んだ。
‡
パーティはアカデミーの敷地にあるホールで開催された。
「アカデミーに來るのは初めて?」
馬車から下りると、イリルが聞いた。
「はい。お兄様の學式は出席していないので、今日が初めてですわ」
「學式に出席していない? どうして?」
私は苦笑する。
「お兄様が誰も來なくていいとおっしゃったのよ」
「そういえば昔のシェイマスはそんなだったな。最初は僕らにも心を閉ざしていた」
でしょう、と頷いた私はホールの前で立ち止まり、ため息をついた。
「……すごいですね」
チラチラと見えていた校舎も重厚な建築だったが、夕闇に浮かぶホールはそのどれよりも豪華だった。先日ローレンツ様を招いたグラトゥラチオーン・ホールの次くらいの大きさだ。
——さすがは貴族や王族の子息が集まる學校だわ。
嘆する私にイリルが説明する。
「このホールで観劇や、演奏會も行われるから、どうしても大きくなるんだろう。バルコニー席以外の椅子は可式だから、全部取っ払ったら舞踏會も開ける」
さらりと言われたがバルコニー席まであるのだ。
「今日はバルコニー席は立ちり止で、陛下とルイザ様はフロアの特別席にいらっしゃる予定だ」
「はあ」
呆気に取られて頷くと、イリルは謙遜するように付け足した。
「ホールはまあまあ豪華だけど、他のところは質素だよ。寮なんてひどいもんさ」
絶対違うと思ったが、なにも言わなかった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
ホールの扉の前で、私たちは腕を組み直した。係が聲を上げる。
「イリル・ダーマット・カスラーン様とクリスティナ・リアナック・オフラハーティ様、ご場です」
開けられた扉の向こうは予想通り、煌びやかだった。著飾った方たちがイリルに挨拶する。
「ごきげんよう、イリル殿下」
「やあ」
「お久しぶりですね」
「まあね」
だが、イリルは足を止めずに、飲みを配っているところまで私と腕を組んで歩く。通り過ぎるたびに、ご婦人たちの噂話が耳にる。
「イリル殿下のお連れ様、なんて素敵なドレスなの」
「どちらで作ったのかしら」
「ご卒業されたことだし、そろそろご結婚かしら」
「結婚といえば——」
男子校なのでここにいるは皆、卒業生の婚約者か家族だ。そのせいか噂話にも仲間意識をじる。一緒に混じって話したいと思って、し微笑んだ。そんな気持ちは初めてだったのだ。「前回」の私は淑らしくあろうと肩に力がっていて、こんな場所では一際気を張っていたから。
——楽しい。
まだ何も始まっていないのにそう思う。
「レイナンとフレイアはもうすぐ來るよ。陛下とルイザ様も來るだろう」
「早くお會いしたいわ」
陛下もルイザ様も、レイナン殿下とフレイア様も王族としての出席だ。それでも一緒に祝えるのが嬉しかった。
「まずは何か飲もう。クリスティナ、何がいい?」
飲みを渡してくれるカウンターで、イリルが聞いた。
「そうね、ラズベリーの炭酸飲料(マリノフカ)はあるかしら?」
「わかった」
イリルが手渡してくれるそれを取ろうとしたとき。
「あ、失禮」
「こちらこそ」
誰かと肩が當たった。
——ん?
聞き覚えのある聲に振り返った。見覚えのある銀髪、私によく似た紫の瞳。
「お兄様?」
「なんだクリスティナか」
久しぶりにイリルに會えるので忘れかけていたが、お兄様も卒業生だった。
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