《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》57、ここは卒業を祝う場所
お兄様の方でも私に対して特に慨はなさそうだった。私はわざと素っ気なく言った。
「本日はお兄様もご卒業おめでとうございます」
「あからさまについでに祝われた」
ふふふ、と笑った私は、お兄様の隣に人がいることに気付かなかった。
「あの、ご無沙汰しております、クリスティナ様」
聲をかけられて気が付く。
いつもと違ってらかく下ろしたブルネットの髪に、茶い瞳。し照れたようにはにかむその方は、よく知っている人だった。
「グレーテ様?!」
「はい」
なんと兄のパートナーはグレーテ様だった。
「私なんかが出席していいのかと思ったのですが……」
遠慮がちなグレーテ様を勵ますようにお兄様が言った。
「僕が無理にった。どうしてもグレーテに來てしくてね」
「はあ」
私でさえまだ敬稱をつけているのに呼び捨てですかそうですか。と、明らかに狀況を楽しんでいるイリルが口を挾んだ。
「シェイマス、そちらは?」
お兄様はを張って紹介する。
「こちら、シュタウビッツ男爵令嬢のグレーテ……グレーテ嬢だ」
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「初めまして、グレーテ・シュタウビッツと申します」
グレーテ様がスカートの裾を摘んで挨拶し、イリルもそれに応える。
「イリル・ダーマット・カスラーンだ。よろしく」
そしてからかうようにお兄様に言った。
「領地の仕事が忙しいのかと思っていたが、そうではなかったんだな?」
「噓じゃない。あれはあれで死ぬほど忙しかった」
グレーテ様が心配するように言った。
「まあ、シェイマス様、そんなにお忙しかったのですか?」
「いや、そんなことはない! 余裕だった!」
イリルがお兄様の肩にポンと手を載せた。
「今度じっくり聞かせてくれ」
「いくらでも」
笑って聞いていた私だが、ふとグレーテ様のネックレスと耳飾りが目にった。
紫水晶(アメジスト)だ。顔を上げると私と同じ瞳ののお兄様と目が合う。
「お兄様がこれをお贈りに?」
「ああ」
思わずお兄様のカフスを見ると琥珀だった。グレーテ様の瞳と同じ。
「まさか、このドレスもお兄様が?」
「悪いか?」
グレーテ様は薄い銀のドレスをに著けていた。とてもよく似合っていたが、こんな素敵なドレスやアクセサリーをお兄様が贈ったことが信じられない。
今にも余計なことを言い出しそうな私を心配したのだろう。お兄様が私にだけ聞こえるように言った。
「……ルシーンが手紙で協力してくれた」
「まあ」
それならわかる、と納得した。
‡
その後、しばらくしてから國王陛下とルイザ様、そしてレイナン殿下とフレイア様が會場にいらっしゃった。陛下のお顔のが優れないように見えたが、聲はいつも通り張りがあった。
「皆、卒業おめでとう」
卒業を祝う陛下の短いお言葉の後、レイナン殿下とフレイア様がファーストダンスを踴った。次に私とイリルが踴る。注目されながらのダンスにし照れたが、イリルの手を取って踴れるのは嬉しかった。
「こうやって踴るのも久しぶりだな」
「本當に」
どこか逞しくなった手の溫もりに、私はを高鳴らせた。そんな私の面を察しているのかいないのか、しばらく黙った後でイリルは言った。
「クリスティナ、後で話があるんだ。曲の変わり目でホールを出よう」
私は頷いた。
「私も、イリルにお渡ししたいものがあるんです」
「僕に?」
「はい」
そこで曲が終わった。
目配せした私たちは、そっとホールを出ようとした。
ところが。
誰か遅刻したのか、ホールの扉が大きく開いた。
「まあ、誰かしら」
「陛下より後に來るなんて非常識な」
人々の聲をかき消すように、係の者が名前を告げる。
「オーウィン・ティアニー・オフラハーティ様とミュリエル・オフラハーティ様、いらっしゃいました」
——え?
私が、まさか、と思うと同時に、父とミュリエルが悪びれなく會場に足を踏みれた。イリルが私に素早く聞いた。
「何か聞いているかい?」
「いいえ」
遠目でお兄様の様子を窺うと、私と同じように戸った顔をしていた。お兄様も知らないことなのだ。
戸う私に見せつけるように、ミュリエルはお父様と腕を組んで歩いていく。
「あのドレス……」
ミュリエルのドレスも緑だった。嫌な予がする。
「父上、いらっしゃるとは知りませんでした」
お兄様がそう聲をかけたけれど、父はそれを無視して、ミュリエル共々陛下の元に行った。目の前まで來ると、ミュリエルと二人でお辭儀をした。
「陛下が本日ここにいらっしゃると聞き、このオーウィン馳せ參じました」
「まるで私のために來たみたいな言い方だな。ご子息の卒業を祝うためだろう?」
「いえ、陛下にお會いするために來たんですよ」
ざわめきは大きくなった。父は一何を言うつもりなんだろう。イリルを見ると、怖いくらい険しい顔になっていた。何? 何が起こっているの?
父は芝居がかった仕草で、陛下と會場全に向かって言った。
「今この場にいる、未來への希あふれる若者とそのご家族にお伝えしたいことがあるのです」
「オーウィン、その話は後で聞こう。ここは卒業を祝う場所だ」
陛下がはっきりと窘めた。なのに父はそれを無視した。ミュリエルに視線を落としてから、幸せそうに続けた。
「みなさん、聞いてください。私の娘、ミュリエル・オフラハーティこそ、今國中に災いを撒いている『魔』を防ぐ『聖なる者』なのです」
——『魔』?
人々の戸ったようなざわめきを切り裂くように、イリルが鋭くんだ。
「公爵、なにをおっしゃるのです!」
父はゆっくりと私とイリルのいる方向にをかした。だけで狡猾な笑みを浮かべる。
「イリル殿下、そちらにおりましたか」
「公爵、ご自分が何をおっしゃっているのかわかっているのですか?」
「もちろんですよ、そしてイリル殿下、あなたにも朗報です」
「私に?」
「イリル殿下。あなたとクリスティナの婚約を解消して、このミュリエルと新たに婚約を結びましょう」
まるで舞臺俳優のように、朗々と父は語った。心底それがいいと思っているかのように。
ガタン、と音を立ててフレイア様が立ち上がった。
「公爵様、今なんとおっしゃいましたの?」
「これはこれは妃殿下。聞こえないはずはないと思うのですが」
父はやはり嬉しそうに繰り返した。
「クリスティナではなく、『聖なる者』であるミュリエルとの婚約を新たに結びましょうと申し上げたのです。國にとってもその方が利があるでしょう? 陛下」
會場が一斉にざわめいた。
「公爵は一何を?」
「どうしたのかしら?」
「クリスティナ様の婚約を解消っておっしゃったわ」
信じられない思いの私だったが、それでも父になにか言い返そうとした。だが、先にミュリエルと目が合った。緑のドレスを著たミュリエルがあのときの、「前回」のミュリエルと重なって、聞こえないはずの聲が聞こえて足元が一瞬ぐらついた。
——お姉様のもの、もっともっと全部しい。
やり直せてるはずなのに。
そうじゃなかったと言うの?
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