《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》73、ものすごい自信ですわね

「クリスティナ様!! お待ちください!」

走り出したクリスティナの後を、ルシーンをはじめ、何人もの護衛の者や使用人が追いかけた。クリスティナに怪我をさせるわけにはいかないからだ。マリーも、それを見て再びミュリエルのところに向かおうとした。

「待て、マリー」

だが、トーマスは厳しい聲でそれを止めた。

「どうしてミュリエル様をお一人で行かせた?」

「申し訳ありません! でも!! どんなに説得してもミュリエル様は聞かなくて」

「聞かなくても、引きずってでも、連れてくるべきだったろう」

「しようとしました!」

マリーは本心からんだ。

「でも、不思議なことにミュリエル様はあっという間に白い煙に包まれて見えなくなってしまったんです」

「煙が出るからこそ行かせてはならなかった」

「そうじゃなくて!」

マリーはもどかしい思いで続ける。

「すぐそこにいるはずなのに、んでも手をばしても気配がなくなったんです。なんだか消えたみたいで怖くなって、とにかく人に知らせようと……」

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マリーはぽろぽろと泣きながら頭を下げた。

「本當に申し訳ありません……」

しかしトーマスは怒鳴らなかった。代わりに変なことを聞く。

「マリー、クリスティナ様からいただいたブレスレットをつけているか?」

ブレスレットを大量に作った際、クリスティナは屋敷の使用人たちにもそれをまとめて送っていた。仕事の邪魔になる場合は腕に通さなくてもよいが、必ず持ち歩くように、との手紙を添えて。

だから、唐突な質問だったがマリーはすぐに頷いた。

「もちろんです。ここに」

「そうなると……つけていないのは、旦那様とミュリエル様だけだ」

「それが何か?」

「いや……なんでもない。とにかく今はかずにここにいなさい」

「わかりました……」

マリーはうなだれたが、トーマスは別のことを考えていた。ブレスレットに加護の力があって、マリーはそれに守られるように屋敷の外に出た。今はつけていないミュリエルは煙に巻き込まれるように消えた。そして原因となる火事を起こした旦那様は、トーマスの知る限り一度もブレスレットをつけていない。

なぜだ?

ーーつけたくても、つけられないとしたら? だとしたら旦那様はもしかして。まさか。そんな。

自分の推測が外れることをトーマスは切に願った。

クリスティナを追いかけた一行は、全員ブレスレットに守られていた。

そのため、屋敷にっても同じところをぐるぐる回るばかりで、気づけば外に出された。

ルシーンもカールも、ブレスレットを著けている以上例外ではない。

「おい、ここ、さっきも通ったぞ」

「本當だ、外だ」

彼らはどんなに気が急いても屋敷にはれなかった。

ただ一人、クリスティナを除いて。

ようやくミュリエルの部屋に辿り著いた私は、聲を張り上げてミュリエルを呼んだ。

「ミュリエル! ミュリエル? どこ!? 返事して!」

パチパチという木のぜる音が遠くからする。だんだん炎が近づいてきそうで怖い。なのになぜ私はミュリエルを助けようとしているのだろう。急がなきゃ。急がなきゃ。煙はもうすぐそこだ。

「ミュリエル!? いる!? 早く逃げるわよ!」

この間まで乗馬服だったせいか、ドレスが重くじる。私は慎重に部屋の中を歩いた。

「ミュリエル!」

もしかして煙を吸って倒れているのだろうか。

と、そのとき。

バサバサという羽音と、ウタツグミの鳴き聲がした。

「ミュリエル?! いるの? ミュリエーー!」

鳴き聲を頼りに向かうと、本棚の手前で泣いているミュリエルを見つけた。けないはずだ。ミュリエルは黒い異形のものに、腕を摑まれていた。

「……お姉様……助けて!」

床に倒れた籠の中で、ウタツグミが暴れている。

「お姉様……」

「ミュリエル!」

異形のものは、徐々に人のような形になっていった。全、真っ黒で、人の形をした何か。頭には山羊のような角がある。目は赤い。

けれど顔は、父だった。

「……お父様を乗っ取ったの?」

私の言葉に、そいつは父の聲で答えた。

「近いけど、違うな。ほら」

見る見るうちに角が消え、黒い影も消える。そうなると、そこにいるのはいつもの父だ。いつもの父がミュリエルの腕を摑んでいる。

「ミュリエルを離して」

私は守り石をポケットの中で握りしめて言った。父は悲しそうな顔になる。

「どうしたんだ、クリスティナ。そんな怖い顔をして」

ミュリエルが泣きながら繰り返す。

「お姉様、助けて……こいつさっきから離してくれないの」

「親に向かってこいつとはなんだ。ミュリエル」

その言い方はいつもの父で、私は足元がぐらりと揺れる錯覚に陥る。なんとか踏ん張って息を吐く。

「やっぱり死んでなかったのね」

王笏を持ってくればよかった。

「いや、正確には一度死んだよ」

父の顔でそいつは笑う。

「私は運がよかったんだよ。ケイトリンもポリーも耐えられなかったが、オーウィンは私の呼びかけに応じてくれた」

「呼びかけ?」

私はミュリエルに落ち著くように目配せした。

そいつはミュリエルの腕をしっかり摑んで、また笑う。

「私を必要としているか、とオーウィンに聞いたんだ。そしたら飛びつくように必要だと答えた」

もうし。

もうし近付いたら守り石をあいつに當てられる。だけど煙もだんだんと下りてくる。時間がない。

「どうせ、何か耳當たりのいい言葉を言ったんでしょう」

はははっ、とそいつは笑った。父が機嫌のいいときの笑い聲と同じだ。

「大したことじゃない。ほしいものをなんでもあげると言っただけだ」

「ほしいもの? なんでも?」

じりっ。

「ああ。地位でも名譽でも」

「引き換えに、お父様は何を失うの?」

だよ。普通は契約者と傀儡は別なんだが非常事態だったんでね」

私は呆然とした。

「つまりお父様は『魔』と……契約したの?」

「勘がいいね、さすが私の娘だ」

「……けないわ」

心の底からそう言った。ミュリエルは自分の腕を摑むお父様を怯えた目で見ている。そいつはなぜか得意気に言った。

「安心しろ。傀儡が出來たらオーウィンからは離れるつもりだったよ。別々の方がきやすいからね」

私ははっとした。

「ダニエラ様はそのために? 第二のギャラハー伯爵夫人を作るつもりだったの?」

「オーウィンが、彼をご指名だったもので。まあ彼の心がオーウィンになかったので失敗したけどね」

「この火事はなんのために起こしたの?」

「善なす者を殺せば力がつくからだ」

私は父から目をそらさず、心の底から言った。

「馬鹿じゃないの?」

「なんだと?」

父の眉が上がる。不機嫌になったサインだ。

「ふふふ、本當に馬鹿みたい」

私は乾いた笑いを浮かべた。

「最近のダニエラ様、帝國でも通用するって噂だもの。お父様と結婚してもいいことなんてなにもないわ。斷られるはずよ」

笑いは怒りに変わっていた。私は父を睨み付ける。

「ダニエラ様に斷られたから、次はミュリエル? その次は私? はっ! お斷りよ! 冗談じゃないわ」

「お前、さっきから親に向かってなんてことを!」

「ふふ、いつも同じことばかり言ってる……それっ!」

私はポケットの中の守り石を取り出して投げた。

「うっ!」

石は見事に、父の眉間に當たった。父はミュリエルから手を離して、額を押さえる。私はミュリエルに手をばしてんだ。

「ミュリエル! こっちへ!! 逃げるわよ!」

「はい! お姉様!」

ミュリエルは大きく一歩踏み出して、私の手を摑む。

しかし、予想に反して父はすぐ起き上がった。守り石は輝きもせず転がっている。らなかった? なぜ? しかし考えている暇はない。石をそのままにするのは気が引けたが、私とミュリエルは手を取り合って走り出した。それしかない。

「待て!!」

待つわけない。

「あっ」

ウタツグミの籠にミュリエルの足がぶつかり、蓋が開いた。

チチチチ、とウタツグミは鳴いてどこかに飛んで行った。

ミュリエルは殘念そうな顔をしたが、速度は緩めなかった。私たちは部屋を出て階段に向かう。だがそこにも火が來ていた。私は辺りを見回す。

「あの窓から飛び降りましょう! ミュリエル」

しかし、いつの間に追い付いたのか、窓の前には父が両手を広げて立っていた。

「おいで、ミュリエル」

穏やかに笑って言った。

「ミュリエル、お前はクリスティナに騙されているんだよ。こちらへおいで。ほしいものをなんでもあげよう」

ミュリエルはゆっくりと答えた。

「ほしいもの? なんでも?」

「ああ、なんでもだ。私といれば、お前のしいもの、なんでもあげよう。ドレスか? 寶石か?」

「いらない!」

ミュリエルはきっぱりとんだ。

「な?!」

父は驚いた顔をした。ミュリエルは続ける。

「ほしいものなんて何にもない! なんでも手にれてもつまらないだけだった! それに私、お父様のこと大嫌いだもん! 一緒になんて行きたくない!」

「だ、大嫌い?」

明らかにそれは『魔』ではなく、父の揺だった。だがすぐに立ち直ってこう言った。

「そんなわけはないさ、ミュリエル。クリスティナ。お前たちは私の娘なんだから私を嫌うことなんてない」

我慢出來ずに私はんだ。

「ふざけんじゃないわ! ものすごい自信ですわね、くそじじい!」

ミュリエルはそのとき、自分の目と耳を疑った。

オーウィンの言葉に驚いたのではない。

あの淑の鑑みたいなクリスティナがそうんだことが、信じられなかったのだ。

「え?」

「は?」

オーウィンも同じだったようで、目を點にして黙っている。クリスティナは続けた。

「私にもミュリエルにもお兄様にも一番ほしいものをくれなかったくせに、よくそんなことが言えたものね」

それでもクリスティナはしかった。毅然としてオーウィンに告げた。

「でももういらないわ。あなたからもらうものはなんにもない。私たちは自分で自分のほしいものを手にれるから! ミュリエル! 私がこいつを抑えている間に飛んで!」

「何を……! 」

オーウィンのから黒い霧のようなものがぶわっと出た。クリスティナを包み込もうとする。しかし、どこからか現れた紫がクリスティナを守るように黒い霧を吸い込む。

「守り石……? 飛んできたのか? なぜ今?」

オーウィンが不思議そうに呟いた。クリスティナがすかさずぶ。

「ミュリエル、今のうちよ!」

しかし、ミュリエルはすぐにはけなかった。火はどんどん迫る。さすがのクリスティナも火は消せない。自分が逃げた後クリスティナはどうなるんだろう——ミュリエルが躊躇っていると。

バキッ。

バキッバキッバキッ。

突然頭上から大きな音がした。全員が上を向いた。そして。

「間に合った……」

割れた天井から、王笏を抱えたイリルが現れた。

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