《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》75、丸一日

地面に降りると一斉にみんなが駆け寄ってきた。

「トーマス、お父様が……」

それだけ呟くと、トーマスはハッとした顔になった。

「こっちだ!」

イリルがお父様の倒れた場所に、トーマスをはじめ屋敷の者たちを先導する。私も行かなければと思いながらけなかった。から力が抜けるような覚がする。と、マリーの聲が響いた。

「ミュリエル様! よかったご無事で! ミュリエル様に何かあったらマリー、どうしようかと思いました」

ミュリエルは、そんなマリーをどうしていいのかわからない顔で見つめていた。手放しで心配されることに慣れていないのかもしれない。立ち盡くしていたミュリエルは、おずおずと口を開いた。

「マリー……」

「なんですか?」

「ウタツグミが逃げてしまったの……せっかく慣れて來たのに」

「そんなこと!」

マリーは涙も拭わずミュリエルの手を取った。ミュリエルは目を丸くする。

「ミュリエル様のご無事に比べたら! クリスティナ様! 本當にありがとうございます! クリスティナ様もミュリエル様もご無事でよかった!」

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いいのよ、と私は首を振ったがさっきよりも疲れを強くじ始めた。王笏を膝の上に置いて地面に腰を下ろす。

「クリスティナ様……」

いつの間にかそばに來ていたルシーンが隣に座って私を抱きしめた。

「本當にご無事で……何よりです」

私は子供の頃のようにルシーンの肩に額を乗せた。ルシーンは私の背中をあやすようにさすって囁く。

「本當によかった……」

ルシーンの呟きは私の本音でもあった。

よかった。本當によかった。今回は誰も死なせていないーーお父様以外は。

今こうやってルシーンの溫もりに包まれていると、さっきまで見ていた景の方が夢に思えた。お父様は死んでしまったのに。私の目の前で死んでしまったのに、私は今、自分の疲れの方を優先している。きたくない。ずっとここにいたい。何も考えたくない。

「覚えておいてください」

ぼんやりしていた私は、ルシーンの涙聲に顔を上げる。

「このルシーンにとってクリスティナ様が無事でいらっしゃることは何よりの喜びです」

真っ赤な目で私を見つめていたルシーンは、怒ったような口調で言った。

「ですから、もうこんな無茶はしないでください。萬一のことがあったらと思うと気が気ではありません」

「うん……」

私は素直に頷いた。と、イリルがこちらに戻ってくるのが見えた。

「クリスティナにこれを返さなくては、と思って」

いつの間に預かってくれていたのか。私に守り石を差し出した。ありがとうとそれをけ取るために立ち上がった私は——

「クリスティナ様!」

「クリスティナ!」

ついにその場に倒れ込んだ。

目を覚ますと、宮殿の私の部屋だった。

「クリスティナ!」

フレイア様がほっとしたように言う。

「よかった……気分はどう? 今、お醫者様を呼ぶわ。ニナ、お願い」

「お醫者様?」

ぼんやりした頭で問い返すと、フレイア様は潤んだ瞳で頷いた。

「あなた丸一日寢ていたのよ。そうね、何か飲まないと。汗をかいたなら著替える? イリルも呼ぶから」

丸一日?

私は驚いた。

「疲れが溜まっていたのでしょう。しばらく安靜にしていれば大丈夫です」

お醫者様がそう診斷してくださったのを、イリルやフレイア様はほっとした様子で聞いていた。お醫者様が去った後、私は半を起こして言った。

「私ったらご迷をおかけして……申し訳ありません」

「そんなのはいいのよ、クリスティナ。大変だったんだから」

「そうだ、クリスティナ。それよりまだ寢ていなくては」

口々に優しい言葉をかけてもらったが、焦る気持ちは高まるばかりだ。早口でイリルに問いかける。

「イリル、屋敷の火はちゃんと消えたのかしら。みんな行き場がなくて困っているわよね。ああ、丸一日も寢ていたなんて申し訳ないわ」

「だめだよ、クリスティナ」

イリルは私の額をとん、と突いた。軽い力なのに私はぽふ、と寢に橫になった。

「イリル?」

私は目だけかして聞いた。

「クリスティナ。君って人は」

緑の瞳が困ったように細められている。

「安靜にしなくてはいけないと言われたとこだろ?」

「でも屋敷が。使用人たちも」

「シェイマスがいる。火事のときはたまたま領地にいたことを悔やんでいたけど今は王都にいるから、後は彼に任せよう」

「お兄様が」

「ああ。使用人たちは領地に回したり、希するものは別のお屋敷を紹介するらしい。オキャラン家も協力するとのことだ」

それなら私の出る幕はないかもしれない。

安堵した私は一番気になることを、口のきだけで質問した。イリルにだけわかるように。

——お父様はどうなったの?

イリルは私の意図を正確に読み取った。

「フレイア、ほんのしでいいからクリスティナと二人にしてもらえるかな」

「わかったわ」

イリルの言葉にフレイア様はすぐに頷いた。

「でも長時間はダメよ、イリル」

そう言い殘して、フレイア様たちは皆外に出た。殘されたのは私とイリルだけになる。イリルは言いにくそうに口を開いた。

「クリスティナ、オフラハーティ卿は、あのまま還らぬ人となった」

「……そう」

予想はしていたので靜かに答えることが出來た。ところが、寢臺の橫の椅子に座っていたイリルは突然深々と頭を下げた。

「すまなかった」

「イリル?!」

いくら私以外誰もいないからといって、第二王子が軽々しくしていい作ではない。私は再び起きようとしたがまたイリルにそっと戻された。

「君の目の前で、君の父上にあんなことをしてしまって、本當に申し訳ない。謝って済むことではないが……いくら急事態だったとはいえ君の衝撃は大きかっただろう」

私たちを助けるために父をーー奴を、私たちの目の前で斬ったことを気にしてくれているのだ。

大丈夫、というように私は小さく微笑んだ。

「イリル、あれは父であって父ではなかったわ。そうでしょう?」

「だけど」

「イリルが斬りつけてくれなかったら私もミュリエルもどうなっていたかわからない。きっと、ううん、絶対無事じゃなかった。だから頭を下げるのは私の方よ。助けてくれて本當にありがとう、イリル」

私は本心から言った。イリルはそれでもまだ申し訳なさそうに付け加えた。

「私がオフラハーティ公爵を斬ったことは、陛下にも報告している。君にも話を聞きに來ると思うけど、回復してからでいいからね。無理しないで」

「まさかイリルが罪に問われるの?」

「いや、卿が錯して屋敷に火をつけたところを見ている者が多かった。今回の件は君とミュリエル嬢を守るための行だと理解されると思う」

ほっとした私はもうひとつ気になることを聞いた。

「お父様の葬儀は……」

イリルは小さく頷いた。

「それもシェイマスが手配している。以前からの回しが効いて、オフラハーティ卿は病のためにあんなことになったとされ、家督はシェイマスが継ぐことで落ち著くはずだよ」

さすがお兄様だ。となると後は。

「ミュリエルはどうしているの?」

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