目が覚めたら、強烈なまでにしい男がそこに居た。

ふかふかの寢臺でを起こしたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。その黒髪の男は、鮮やかな青の外套を纏い、険しい表でこちらを見據えているのだ。

（このしい男は、どなたかしら……）

どこかぼんやりとした心境で、その男のことを考えた。

重厚な扉を背に立つ彼は、その黒髪を、橫髪が耳に掛かるくらいの長さで切っている。

先は無造作に跳ねているが、前髪は右で分けられて、形の良い額がわになっていた。

目元は凜々しく、冷ややかな印象を帯びているが、瞳の赤はまるでめたる熱を表現しているかのようだ。

その眉間には深い皺が寄っていて、表はい。

それでいて、どこか苦々しい表も絵になるという、誰もが目を奪われそうな容姿だった。

「――目覚めてしまったか、シャーロット」

その低い聲に、室の空気が張り詰める。

豪奢な部屋も、赤を基調にした調度品も、しいんと凍りついてしまったかのようだ。

「あの、私」

「くな」

「！」

咎められ、反的にびくんと肩が跳ねる。その様子を訝るように、男はこちらを睨んだ。

そして、嫌悪を隠しもせずに言う。

「君の神力は、死なない程度にしか殘さずに封じてある。君が『稀代の聖』であろうとも、すぐには取り戻せないはずだ」

「聖？　稀代の？　私が？」

「だが、それで監視を緩めることはしない」

男は、刺すように鋭い視線をこちらに向けながら、こう告げてきた。

「――抵抗するようであれば、殺してでも君を封じる」

（まあ、騒）

自分の口元をそっと両手で押さえ、失禮なことを言わないように気をつける。

しい顔には似合わない言葉だ。そんな言葉を向けられる理由は、まったくに覚えがない。

（というよりも……）

ことんと首を傾げる。すると、ナイトドレスからむき出しになっている肩の上を、長い髪がさらりと零れていった。

淡い紫のナイトドレスも、細くてふわふわな金糸の髪も、これが自分のものなのだろうか。

（まったく、なんにも、思い出せません！）

これは困ったことになった。

（いわゆる、記憶喪失というものでしょうか……）

先ほど呼ばれた『シャーロット』というのが、自分の名前になるのだろうか。

男は溜め息をついて、『シャーロット』に背を向ける。

「くれぐれも大人しくしていることだな。君が何もしなければ、こちらも最低限の責任は果たしてやる」

「責任、と仰いますと？」

「無論。――君の、夫としての責任だ」

「夫」

その発言には、起きてから一番びっくりした。

「分かっているとは思うが、俺は、夫という名の監視役でしかない」

ぱちぱち瞬きを繰り返していると、『夫』を名乗るその男は忌々しげに顔を歪める。

「君の悪行も、これで終わりだと心に留めろ」

「待っ……」

「話は以上だ」

そう言い捨てて廊下に出た男が、金のドアノブから手を離した。

「あ……」

重厚な扉が閉まりゆく。ゆっくりと、背中が見えなくなる。

その瞬間に、シャーロットはほとんど反で飛び出していた。

「お待ちください、しい方ーーーーっっ！！」

「！？」

がしりと腕にしがみつくと、男が驚愕の表で目を見開いた。

「もっと々と教えてください！！　あなたのお名前は、ご趣味は、お好みのは！？　私とはいつ結婚して、際期間はどのくらいで、新婚旅行はどこに行きましたか！？」

「な……っ、にを、いきなり」

「聖ですとか神力ですとか、そういうのは一旦は置いておきましょう！！　ひとまず今、今は、私のをときめかせて仕方のないあなたのことを……！」

「離せ、この細腕のどこにこんな力がある！？」

「それは自分でも不思議なくらいです！」

自分のことはひとつも分からないが、心に生まれたのことは分かるのだ。

「お願いします、どうかとにかくお名前だけでも！！」

「っ、オズヴァルト……！」

「オズヴァルトさま！！」

いまこの瞬間に確信した。

渾の力で抱きついたまま、オズヴァルトと名乗った彼を見上げる。

「私、あなたに一目惚れいたしました！」

「俺は君のことを憎んでいる。我が妻シャーロット」

そしてオズヴァルトは、シャーロットへの嫌悪を隠さない目付きで言った。

「もう二度と、君の顔を見ることがないことを、心より願いたいものだな」

（……あららら……）

――こうして、記憶喪失の聖シャーロットは、『夫』にをした數秒後に失してしまったのだった。

＊＊＊