《【書籍化+コミカライズ】悪ですが、する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)※完結済み》11 『妻』の異変とその元兇

***

オズヴァルトは、気を失ったシャーロットを咄嗟に抱き止めて、渋面を作った。

「シャーロット。聞こえるか?」

「ううーん……。いけません、そんな、自分で自分が羨ましい……」

(……一何を言っているんだ……?)

は決して悪くないようだ。むしろ、その頬は薄赤く上気しており、至って健康的に見える。

(まあ、突然意識を失っても無理はない。あれだけあった神力が、今はほとんど枯渇しているんだ)

この世界に生まれた生きなら、誰だってそのに魔力を宿している。

と同じ、生命を維持するのに必要なものだ。『神力』というものも、治癒能力が使える人間のそれを特別にそう呼ぶだけで、本質は魔力と変わらない。

封印前のシャーロットには、莫大な神力が流れていた。それを、彼と同等に近い魔力を持つオズヴァルトが、持ちうる限りの手段を講じて封じたのだ。

封印の際に対峙したシャーロットは、聖堂の床に膝をつき、忌々しいものを見るまなざしでこちらを睨んでいた。

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薄水の雙眸に、炎のような敵意が燃えていたのを思い出す。オズヴァルトは、拘束魔法の黒い鎖を彼に絡みつかせ、対話の機會すら與えなかった。

それが命令だったからだ。

『聖を捕らえろ、傷付けても構わない、殺しはするな。確保次第、その神力を封じ、二度と殘酷な真似が出來ないようにしろ』

王家からの指示に従って、オズヴァルトは彼の口をも塞いだ。

シャーロットの聲を聞いたのは、たったのこれだけだ。

『――オズヴァルト・ラルフ・ラングハイム』

はオズヴァルトの名前を呼んだ。

憎くて仕方がない、そんな存在を罵るかのような聲音だ。オズヴァルトの方だって、同等の憎悪を彼に向けた。

(……かつての戦場で、重傷を負ったあいつらに治癒のひとつも出來なかったのは、シャーロットが他の治癒魔師の神力を封じたからだと聞いている)

國に仕える治癒魔師は、その結果、誰も治癒魔法が使えなくなった。

その理由を王族が問い質すと、彼は面白そうに笑いながら、『他のが治癒魔法を使えるなんて、生意気でしょう?』と言い切ったらしい。

『他人を癒せるのは私だけ。それで十分だわ』

そんな風に微笑んでおきながら、シャーロットは、その戦場で誰ひとり治癒することはなかった。

その場の全員が頭を下げようと、シャーロットは首を縦に振らなかったと聞いている。

『ドレスが汚れてしまうもの』と、退屈そうに言ったそうだ。

シャーロットは、怪我人たちの顔を見るどころか、翌朝には亡骸となってしまった彼らに祈りを捧げることもなかった。

あのときに死んだのは皆、オズヴァルトの友人たちだ。

それでも王家は、シャーロットの神力を封じられる魔力を持ち、いつでも殺すことの出來る唯一の存在として、オズヴァルトを彼の夫にと命じた。

(……だが)

オズヴァルトは、先ほどの彼を思い出す。

『シャーロット、と。……あなたが私を呼んで下さる度、これが私の名前なのだという実が、の奧に染み渡ってくるかのよう』

(つまり、いまのシャーロットからは)

そして、深く溜め息をついた。

(――……封印前の記憶が、すべて消えているのか……)

そのことに思い至り、すべての行に納得がいく。

(恐らくは今朝、目覚めたときからだ。いま、この腕の中にいるシャーロットには、『聖』として悪行を重ねて來たときの記憶がない)

オズヴァルトの名前を尋ねて來たのも、一目惚れだと言ってみせたのも、周囲を欺いてわせるための狂言ではないのだ。

(シャーロット自が、なんらかの思をもって、自分の記憶を封じたということか)

オズヴァルトは思わず舌打ちをする。

(こいつも何故、俺に事を説明しようとしないんだ? いまのこいつに、以前の人格の責任はないだろうに。記憶もなく、周囲の協力も得られないとなれば、今日一日だけでそれなりに苦労したはずだが……)

腕の中のシャーロットは、すうすうと寢息を立てていた。頬の火照りは冷めていて、いまは子供のように素直な寢顔だ。

(俺は、仲間を見殺しにした聖シャーロットを許すことは出來ない)

オズヴァルトは、目を伏せる。

(だが。……記憶を失っているいまの彼に、以前の悪行の責はない……)

記憶を失う前も、いまの彼も、同一人だと言われればそうなのかもしれない。

けれどもオズヴァルトは、記憶がないシャーロットに対し、あの『悪』であった時分の償いをするべきだとは思えなかった。

憎んでいる相手がそこにいるのに、その中は、憎しみを向けるに値しない。その奇妙な覚が、オズヴァルトに迷いを抱かせる。

「何が狙いだ? 『シャーロット』」

こちらを一心に睨みつけていた、以前の彼を思い出す。

ここで眠っているシャーロットは、彼とは似ても似つかなかった。同一人であるはずなのに、不思議なものだ。

「……ふん」

オズヴァルトは眉を寄せたあと、シャーロットを橫抱きにしたまま立ち上がった。

そのは軽く、ふわりと持ち上がってしまう。薄紫をしたナイトドレスの裾が、綻ぶ花のように広がった。

そのまま彼を寢臺まで運び、やさしく降ろしてやる。枕に頭を乗せ、上掛けを掛けて、寒くないように肩まで引き上げた。

「君のいに乗ってやる。……いまはまだ、騙されたふりをしておくとしよう」

寢臺のふちに腰かけ、シャーロットの橫に手をついて、その顔を見下ろす。

「だが忘れるな。君の向次第では、すぐに――」

「んん……」

そのとき、シャーロットが窮屈そうにじろいだ。

起こしてしまったかもしれないと、オズヴァルトは靜かに口を噤む。シャーロットは、しばらく小難しい顔をしていたが、やがて安心したように微笑むのだ。

「オズヴァルトさま……」

とろけるような聲で名を呼ばれて、オズヴァルトはいささか困ってしまう。

(……見ているこちらまで、気の抜ける顔で笑うんじゃない)

窘める代わりに、シャーロットの鼻を指で摘まんでやる。

「ふぎゅ」

シャーロットは再びじろいでから、むにゃむにゃとこんな寢言を言った。

「んう、オズヴァルトさま、ちょっとだけ……。ほんのちょっと、齧ってみるだけです、から……」

「……なんの夢を見ているんだ、君は……」

絶対に知りたくないと思いつつも、オズヴァルトは彼の寢室を後にするのだった。

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