「別に、引き寄せているわけじゃない。……ただ、たまたま遭遇するだけで」

「えへ、えへへへ……そうですよね……！」

「それに、俺の役目は國の治安維持だ。こうして個々の聲を聞くことで、それが務めに役立つことも……」

「仰る通りです！　えへへ……」

「……」

ついつい頬が緩んでしまうシャーロットに、オズヴァルトはどこか拗ねたような口調で言った。

「……何故、この流れでそんなに幸せそうに笑っている」

「わあーっ！！　ごめんなさい、ごめんなさい！！」

だが、の中から溢れ出る気持ちが、どうにも抑え込めそうもない。

「申し訳ありません！　ですがあまりにも、オズヴァルトさまが素敵すぎるので……！」

「は？　何がだ」

ときめきを噛み締めつつ、シャーロットは彼に告げる。

「困っている人を引き寄せているのではない、というご意見には同意です。……だってオズヴァルトさまは、見つけ出して下さっているだけなのですよね」

オズヴァルトは、本気で訳が分からない、という顔をしていた。

だが、シャーロットはこう思う。

「困っている人はきっと、いつも、あちこちにいらっしゃるのです」

「！」

道に迷った人、迷子の子供、怪我をしそうな人。

この往來を歩くだけでも、枚挙にいとまがないほどだ。

「けれどもそれに気が付く人は、恐らくものすごくないのでしょう。大抵は素通りしたり、見なかったことにしてしまうはずで……ですがオズヴァルトさまは、それらひとつひとつを見付け出した上、すべてに手を差しべられました」

「――……」

跳ねる心臓を鎮めるため、シャーロットはぎゅうっと左を押さえる。

「とてもお似合いの、素敵な外套。……転んだ男の子をお助けになって、濡れてしまいましたね」

「……これは……」

灰をした外套の裾付近が、濡れて濃くなっている。

先ほどのオズヴァルトは、泣いている子供を抱き起こす際に、躊躇わず雪道へ膝をついたのだ。

「びしっとしたオズヴァルトさまも、勿論素敵ですが！　誰かを助けるために、迷わず行なさった結果であるそのお姿も、掛け替えの無いほどにしいです……！」

「…………」

だからこそ、シャーロットは嬉しくなってしまった。

こんなにしい人がいて、その人を好きになることが出來た。それだけの事実を確かめる度に、がいっぱいに満たされるような心地だ。

「私が慕う旦那さまは、なんと尊敬できるお方なのでしょうか。……そう思うと、心から嬉しくて嬉しくて、お口がふにゃふにゃになってしまいました」

「……君は……」

オズヴァルトはぐっと眉を寄せたあと、額を押さえて溜め息をついた。

「世界で最も、俺のことを過大評価できる人間だな」

「いいえ！　むしろ足りないくらいだと思いますが！！」

「それに。寒い中嫌な顔ひとつせず、俺のやることを手伝ってくれた」

「しでもオズヴァルトさまのお役に立つこと以上に、大切なことがありますか？」

それに、これはまだまだ十分ではない。シャーロットが今回手伝ったことは、オズヴァルトひとりでも事足りていた容ばかりだ。

「お待ちくださいね。いずれはもっともっと、頑張ってみせますので！」

ぎゅっと両手を握り締めて誓うと、その瞬間、思わぬ景を目にすることになる。

「……っ、ふ」

「！！」

オズヴァルトが、その表を和らげた上、ほんのしだけ笑ってみせたのだ。

「〜〜〜〜っ！？」

「……まったく。君の言うことは、いつも俺の想像を超えている」

その言葉に、返事が出來なかった。

（いっ、いま……！　見間違えでなければ、オズヴァルトさまが私にふわっとした、すごく穏やかな微笑みを……！？）

たったいま目撃した景を、何度も脳裏に思い描く。

オズヴァルトは、その微笑みを一瞬で消した後、シャーロットの足元を見てこう言った。

「……君の方こそ、俺の手伝いでドレスが濡れている」

「う、ううう……っ」

「魔法で乾かすよりも、暖房に當たった方がいいな。これ以上が冷える前に、早くドレス屋へ…………っ待て、だから何故泣く！？」

「わ……っ、わっ、うわあああん……！！　オズヴァルトさまがあっ！　オズヴァルトさまの格好良さが、私の魂をしゅわあっと溶かしてしまいそうにい……っ！！」

「濡れだ、人聞きの悪いことを言うな！！　――ほら、さっさと行くぞ！」

シャーロットはぐすぐす鼻を鳴らしつつ、それこそ迷子のな子みたいな様態で、なんとかドレス屋に向かったのだった。

＊＊＊

それからシャーロットはドレス屋で、夜會ににつける裝を選んだ。

意外だったのは、シャーロットがどんなドレスを著るべきか、オズヴァルトが一緒に考えてくれたことである。

どういうものがシャーロットに似合うのかを、真剣に答えてくれた。そんなオズヴァルトに、シャーロットは満創痍だ。

ドレスの代金については、自室の荷から見つけていた金貨で払うつもりだった。だが、試著から元々のドレスへ著替え終わったころには、當然のように會計が終わってしまっている。

全力でそれを辭退しようとしたものの、オズヴァルトはなんでもない表で、『俺が無理やり連れて行くんだ。俺が払うに決まっている』と言い切ったのだった。

（こうなったら、そのうち隙を見て、オズヴァルトさまのポケットにドレス代の金貨をねじ込みませんと……！）

そう誓いつつ、ふたりで店を出た直後のことだ。

「……シャーロット」

「！」

オズヴァルトが、どことなく違った雰囲気を纏う。

彼の瞳は、真っ直ぐに往來の向こうを見據えていた。

その先には男が立っていて、オズヴァルトにゆっくりと手を振っている。

しい顔立ちで背が高く、穏やかな笑顔を浮かべた、赤い瞳に銀髪の男だ。

「すまないが。し、離れた場所で待っていろ」

「……オズヴァルトさま」

先ほど、々な人たちを助けていたときも、オズヴァルトは「離れて待っていろ」と言っていた。シャーロットはその度、彼についていくことを選んだが、いまは狀況が異なるのだと分かる。

オズヴァルトの表は冷靜だが、確かな迫が滲んでいるのだ。

だから、はきはきと返事をした。

「分かりました。お邪魔にならないところで、いつまでもお待ちしていますね！」

「なるべく早く戻る。守護石…………ではなく。迷子札はちゃんと著けているな」

「しゅご？　はい、著けています！」

ぺかーっと輝くそれを見せると、オズヴァルトは頷く。

「終わったら迎えに行く。くれぐれも、目立たないようにしていろ」

「もちろんです、注目を浴びる行は控えて大人しくしています！　いってらっしゃいませ、しのオズヴァルトさま！」

「……」

オズヴァルトは、いまひとつ信用ならないという顔をしたあと、銀髪の男の方へと歩き始めた。

（……離れた場所にいろ、というご指示ですから。ここで待たず、移した方がよいのですよね？）

シャーロットはそう考え、銀髪の男に視線をやる。

するとその男は、にこりと和な笑みを浮かべ、シャーロットに手を振ってみせた。

（あのお顔。どこかでお見掛けしたことがあるような気がいたしますが……）

そう思いつつ、一禮を返して歩き始める。

（見たことがある、だなんて。……私には、そんな風にじる記憶も無いはずなのに、とても不思議……）