《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》婚約を、破棄しましょう

フィオナが退室していったティーサロンで、私とアルフレッド様はテーブルを挾んで向かい合って座った。

アルフレッド様は不機嫌を隠しもせず腳を組んで顔を橫に向けている。

「……あの、アルフレッド様」

「…………」

返事すらもしてくれなくなった。

前回のお茶會まではここまで冷たくなかったのに。

フィオナとの仲が呈した途端にこの態度。開き直りだと思う。

私は、こんな人と家庭を築かないといけないのだろうか。

十年間、婚約者としてやってきた。

しょっちゅう會っていた訳ではないし、燃え上がるようなもなかったかも知れないけど――家を守るために必要な勉強は真面目にしてきたし、貞淑であるようにと務めてきた。

そんな努力も、本當のの前では何の意味も持たないのね。

小さくため息をつくと、それに気付いたアルフレッド様がぴくりと眉をかして反応した。

「……君は嫌味なだな。誤解されるような行があったのは確かだが、あの程度の事でそこまでカリカリされるにもなってくれ。先が思いやられる」

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なぜ私が怒られているのだろう。

ため息をついただけでここまで責められるなんて。

をしてもらえなかったというのは、ここまで蔑ろにされなければいけないものなの?

でも

「……申し訳、ありませんでした」

私に出來るのは、謝ることだけだ。

言い返しても意味がないどころかもっと酷くなる。

「……大、何のスキルも持たない君を娶ると約束した時點で文句など言われる筋合いは無いし、もっと謝されても良いくらいだ。フィオナは癒しのスキルを持っているのに、どうして君は……」

ああ。

彼の本音を聞いてしまった。

スキルとは、全ての貴族子を対象に七歳の時に神殿で行われる儀式の際に啓示をけて目覚める特殊能力のことだ。

個人の特によって々種類があって、火を放ったり常人離れした剣技をに付けたり、もしくは蕓に秀でたり等さまざまあるのだけど、この儀式の本當の目的は“聖”を見付ける事にあると言われている。

この世界には瘴気と呼ばれる穢れた空気があり、それが世界中を駆け巡り大地や水を蝕み、時に魔獣をも産み出す。瘴気は人の営みから発生するもので、これを浄化できるのは“聖”だけ。幾多のスキルは聖のおまけのようなもの、なのだそうだ。

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フィオナは癒しのスキルをもって“準聖”となった。他にも準聖は何人かいて、薬師のスキルや結界を張るスキルなど、人を救い助けるスキルを持つが準聖として扱われている。

なぜか私は、その儀式に連れて行って貰えなかった。

お父様いわく“どうせ授かれたとしても大したスキルではないだろう”との事だ。――そんなのやってみなければ分からないじゃない。と思ったのだけど、何も言えなかった。言っても聞きれてくれるはずがない、と思った。

実際、何のスキルも授かることなく儀式を終わる人も稀には居るらしい。私は頷くしかなかった。

アルフレッド様――當たり障りなく接してくれているように思っていたけれど、本當はずっと不満だったのね。

私だって、スキルを持たない事を苦しく思っているのよ。

「申し訳、ございません……」

それ以降會話が出來ないまま數十分が過ぎ、お茶を二回ほどお代わりしたアルフレッド様は何も言わずに席を立った。

心ほっとしつつ、見送りのため私も席を立つ。

「いや、ここでいい」

「え……でも」

「いいから」

それだけ言って振り返りもせずにティーサロンを出ていく。取り殘された私はしばらくその場に呆然と立ち盡くして、ふと、窓の外に目をやった。

すると庭先で仲睦まじく並んで歩くアルフレッド様とフィオナを見付けてしまう。

見送りはフィオナがするらしい。

アルフレッド様はわざわざ玄関扉から遠いところに馬車を止めさせ、そこに向かってゆっくりと歩いている。

談笑しながら花壇を眺めたり噴水の前で立ち止まったりして、なんて幸せそうな人同士なのだろう、と思った。

フィオナがつまづいて転びそうになったところを、アルフレッド様が咄嗟に手をばして支える。

れ合って見詰め合い、微笑みを浮かべる二人。

気が付くと私の目からは涙が出ていた。

私の傍には、誰もいない。

仕方ない。

私は、誰にもされないんだから。

涙を拭って自室に戻った。

自室で鏡臺の前に座り、ボンヤリと思いに耽る。

なぜ私はしてもらえないのだろう。

お義母様はともかく、お父様だって私には無関心だ。なんといってもスキルの儀に連れて行って貰えなかったくらいなのだから。

私のお母様とお父様は政略結婚だったから、だろうか。

教育などはカヴァネスを雇ってもらえたけれど、それだけだ。ドレスなんて、私にはお母様が著ていたもののサイズを直したものしか與えられていない。お母様のことは好きだし質だってとても良いものだけれど、やはり既婚者の著るドレスは同年代の令嬢の中では浮いてしまう。

それもあって社パーティー等にはほとんど出たことがない。お母様が健在だった頃にお茶會でご一緒して仲良くなったご令嬢達が今どうしているのか、私には分からない。

――寂しい。

鏡には、亡くなったお母様譲りの青みがかった銀髪と、深い青の瞳のが映っている。

青白くて、にこりともしない鬱な顔だ。

確かにこれはされなくても仕方ないのかも知れない。

無理やり笑ってみたけれど、ひきつったような笑顔が気持ち悪くてすぐにやめた。

「ステラ。このあと私の書斎に來なさい」

夕食の席で珍しくお父様に聲を掛けられた。難しい顔をしているので、何かお小言を言われるのかも知れない。

心當たりはないけれど、きっとフィオナ絡みなのだろうと思う。私に話し掛けて來るときは大抵その件だから。

「……かしこまりました」

小さな聲で返事をしてこまり、ちまちまとお腹の中に食べを詰め込む。するとフィオナが無邪気な聲を上げた。

「わぁ、お義姉様、羨ましいです。お父様の書斎にれて貰えるなんて。お父様、フィオナもお父様の書斎に遊びに行きたいですわ。以前見せてくれたボトルシップやミニチュアの馬車模型をもう一度見たいんです」

「おや、參ったな。フィオナに見せたらまた壊されてしまいそうだ。あれを直すのは大変なのだぞ」

ははは、と笑いながら穏やかな聲で返すお父様。を尖らせてむくれるフィオナを見て、うふふ、と微笑み見守るお義母様。

絵に描いたような幸せな家族だ。

私だけが、異

「もう、お父様ったら。いつもお義姉様ばっかり大人扱いして。フィオナのこと小さな子供だと思ってませんか?」

「子供だろう。それも、私達の大切な」

「……もう、お父様ったら」

朗らかな笑い聲が響く中、私は息を潛めて食事を終わらせた。そして、なるべく音を立てないようにそっと席を立った。

「……お父様。ステラです。ってもよろしいでしょうか」

頃合いを見てお父様の書斎の扉をノックする。

ああ、と返事が聞こえたので靜かに扉を開き、書斎にった。

中には機に向かって何かの書類に目を通しているお父様がいて。こちらには目もくれなかった。

呼び出したくせに一向に話を始めようとしないお父様の前で、立ったままじっと待ち続ける。しばらくして書類を機に置いてふぅとため息をついたお父様はをこちらに向け、ようやく喋り始めた。

「……晝間、アルフレッドとフィオナが二人で庭を歩いていたと聞いたが……どういう事だ?」

「……どういう事、とは……」

「その間お前は何をしていた、と聞いているのだ。まさか持てしもせずに部屋に籠っていたのではあるまいな」

「……そのような、つもりでは」

「やはりそうだったのか。そういうつもりであろうと無かろうと、フィオナがあの男と歩いていたのは事実だろう。お前がしっかり心を摑まないからこうなる。フィオナが傷にされたらどうしてくれるのだ」

「……申し訳ございません」

「お前はいつもそればかりだな。口先だけで謝って……反抗的な目付きをするところは母親そっくりだ。気位ばかり高いところも」

お母様の事まで言わないでしい。

お母様は厳しいけれど優しい人だった。お父様が知らないだけだ。

「……なんだ、その目付きは」

ぴりっとした空気が流れる。叩かれるのだろうか。を固くした時、コンコン、と扉がノックされた。

「お父様? フィオナです。遊びに來ちゃいました!」

お父様が返事をする前に開かれた扉から無邪気な顔を覗かせるフィオナ。剣呑な雰囲気は霧散し、お父様は優しげな笑顔を見せる。

「……こら、返事を待たずにって來ちゃ駄目だろう。仕方のない子だ」

「えへへ。ごめんなさい。今なら書斎にれてくれるかしらと思って……でも、お邪魔だったかしら。大人のお話をしていたのですよね?」

「いや、大した話はしていないさ。ボトルシップだったかな? そこにあるから、好きなだけ見て行きなさい」

「わぁ、ありがとうございます!」

嬉しそうに飾り棚のところへ駆け寄り、高い位置にあるボトルシップを見上げるフィオナ。

お父様はその様子をしげに眺めて、そして私を一瞥し

「……もう下がれ」

とだけ言った。

一禮して退室する。

心が、折れそうだった。

自室で就寢の支度をし、真っ暗にしてベッドの中で考える。

私達貴族にとって政略結婚は當たり前なのかも知れない。だけどその結果生まれてくるのは私のようなされない子供だ。あんなに冷たいお父様だって、フィオナを相手にする時はちゃんと優しい人なのだ。

きっと、私がお父様を不幸にしているんだ。面倒を見たくもない娘が存在する事にうんざりしている。

このままじゃ誰も幸せにならない。

……私は、消えなくてはならない。

膝を抱えて丸くなる。

涙はもう出てこなかった。

そう日にちが経たないうちに次のお茶會の日がやって來た。

私はひとつの決心をに鏡臺の前で繕いをする。

これから私がしようとしている事は恩知らずで、家の恥となるのかも知れない。

だけど先を見據えればこれが皆にとって一番良い結果に繋がると――そう信じている。

「アルフレッド様」

ティーサロンにり、背筋をばし、真っ直ぐに彼を見つめる。

室時は不機嫌そうな顔をしていたアルフレッド様は、私のただならぬ様子に気付いたのかわずかに表を変える。

良かった。

話は聞いてもらえそうだ。

「……ご相談が、あります」

返事はないけれど、目はこちらを向いているからちゃんと聞いているのだと思う。

「……婚約を、破棄しましょう」

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