《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》夜明けの空

そのまま寢巻きに著替えて就寢となり、私はを寢臺に橫たえた。

――疲れたぁー……。

寢返りを打ったら落ちそうなくらい狹い、仮の寢臺だ。

固めであまり睡できそうな作りではないけれど、この部屋の質を考えるといつ呼び出しがあるか分からないのだから、これが正しい在り方なのだと思う。

眠気はすぐにやって來て、目を閉じた。

そのまま夢も見ないくらい深い眠りにつく。

ふと、苦しそうなうめき聲が聞こえて目が覚めた。

まだ窓の外は暗く、夜明けは來ていないようだ。

特に呼び出されてはいないけれど、殿下は調が悪いのかしら、と思って起き出し、ショールを羽織って主の部屋への扉を開ける。

すると晝間薄れたはずの瘴気が再び濃く渦巻いて、殿下の居る辺りを取り巻いているのが見えた。

(ひいぃっ!! 復活してるー!!)

私は咄嗟にハタキを手に取り、瘴気に向かって埃を落とすようにパタパタと払い除けた。

煙が散るように瘴気が散っていき、消えた訳ではないけれど、濃度が薄まってしはマシになったと思う。

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空気をれ換えるために窓をしだけ開ける。すると冷たくて鋭い風が吹き込んできた。

……寒い。

開けっ放しには出來ないので、ちょっと待ってから閉めよう。

そう思い、二の腕をさすりながら殿下の顔を確認する。

もう魘されてはいないけれど、まだ表は苦しそうだ。どこか痛むのだろうか。

しためらう気持ちはあるものの、もし熱が出ているのなら看病の用意をしないといけないと思い、そっと額に手をばす。

前髪を掻き上げてぴたっと手のひらを額に付けてみた。

溫は普通だ。いや……むしろ、低い気がする……。

それはそれでちょっと心配。

首筋に手の甲を當てると、ちゃんと脈をじる事が出來てホッとした。

その時突然殿下の目がパチッと開いて、お互いに肩を跳ねさせ二人ともビックリしてしまった。

「なんだ……ステラか……。びっくりした……」

「すみません。魘されているようでしたので、様子を見に參りました」

「あー……言われてみれば凄く怖い夢を見ていたような気がする」

そうね、あれだけ瘴気に纏わり付かれていたら悪夢くらい見るわよね……。

もしかして毎晩そうだったのかしら。だとしたら日中に眠くなるのも仕方ない気がするわ……。

「どんな夢だったんですか?」

「忘れた。でも途中からめちゃくちゃ強いゴリラが現れて、変な踴りをしながら怖いのをやっつけてくれたところだけ覚えてる」

「ゴリラ……」

あの……それって……。

ううん、それ私かも知れません、なんて言えない。

でもね殿下。変な踴りじゃなくてハタキ掛けですのよ……。

「あのさ……。怖いから、もうし一緒にいて?」

「え? ゴリラがですか?」

「ゴリラは怖くないよ。眠るのが怖いんだ」

「そうですか……」

黙って寢臺の橫に椅子を置き、そこにストンと腰を下ろす。

ゴリラが橫で守って差し上げますからね……。ご安心下さい……。

「え? そこ……?」

「そうですけど、何か?」

「ううん……。じゃあ、手、握っててほしい」

「それはちょっと」

何が“じゃあ”なのよ。

十九歳児は人の溫もりに飢えているようだ……。

他人との距離しおかしいから、生活を整えて力を付けたら、ちゃんと表に出て人との流を持ってほしいわ。

「……寒い」

「あ、窓を開けていたんです。すみません。忘れていました」

窓際に寄り、閉めようとして窓に手をかけた。その時、夜のが薄まり始めた空模様が目にる。

――しかった。

夜明けを見ることなんて今まで無かった。

一瞬、この瘴気にまみれた塔が清浄な空気に満ちた気がして、ああ、シスターメアリーが言っていた夜明けの空気とはこれの事なのだな、と思う。

「綺麗だね」

「殿下……」

いつの間にか背後に立っていた殿下も、私と同じように窓の外を眺めていた。

「すみません、寒いですよね。すぐに閉めます」

「いや、いいよ。もうし、この風に當たっていたい」

窓にかけた私の手に殿下の手が重なる。

そのまましばらく時間が経つのを忘れて見ってしまい、日が完全に登りきった頃ようやく手が離れた。

「……眠い」

神殿に向かう馬車の中で、殿下は大きなあくびをして呟いた。

早起きだった上に外に出るのが久し振りすぎて、塔の階段を下りるだけで力の九割が持って行かれたのだそうだ。

「あの階段、下りる時だけ斜面になればいいのに……」

「私もそう思っておりました」

「だよな。って下りられたら絶対に楽しいよな」

妙なところで意気投合してしまったけれど、よく考えたらこの人は第一王子だった。

隔離された生活をしていても王族として尊重されていない訳ではないようで、メイド長に外出の旨を伝えたら「珍しいわね」と言いつつすぐに紋章つきの立派な馬車を用意してくれたのだ。

塔の中はともかく、外ではちゃんとお付きのメイドとして控えなければいけない。

外出のためにちゃんとした裝いにを包んだ殿下は、黙ってさえいれば貌の王子様そのものに見える。

昨日、髪を切っておいて良かったのかも知れないわね……。

「……あの、殿下。つかぬことをお伺いしますが。今まで外に出る時は髪のをどうしていたのですか?」

「全部後ろにまとめて縛ってた。一回それを始めると、どれだけびても大して変わらないように思ってしまうんだよね」

「ああ……。それは分かります」

と、たわいもない話をしていたら神殿についた。一瞬だった。

ていうかここ、王宮の敷地じゃない……。確かに広い敷地だけど、まさか門すら出ないとは思わなかったわ。

「この距離なら歩きでも良かったのではありませんか?」

「疲れるからヤダ」

このお方は……。

元からダメな人なのか実はちゃんとした人なのか、判斷がつかない。

馭者のおじさまとは仲が良いようで、降りてから馬の調などについて軽口混じりの會話をわしてから神殿へと足を向けた。

「セ、セシル殿下ではございませんか! 本日はどのようなご用件で!?」

「ここに長く勤めている者の話を聞きたい。十年前の儀式についてだ。話せる者を連れて來てほしい」

「は! かしこまりました……!」

殿下を見た途端に顔を悪くした神は足をガクガク震わせながら逃げるように走っていった。

反応が馭者のおじさんとは全く違う。

きっと、スキルについて詳しいぶんだけ、殿下が怖いのだなと思った。

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