《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》出會い

こ、怖かった……!

急斜面を猛スピードでり降り、地上についた私は扉への顔面激突をすんでのところで止めることに功して、そのまましばらくの間扉にもたれかかってゼエゼエと肩で息をしていた。

――早すぎてしゅごおおおって音がしていたわよ……。

知らなかったわ、人間の耳ってあんなふうに風の音を拾うのね……。

気を取り直してすっくと立ち上がり、服についた砂埃をパンパンと叩き落として扉を開ける。

そりゃあこの階段がり臺みたいになればいいのにとは言っていたけど……実行したなら私にも伝えておいてくれないと困るわ。

知らずに普通に下りようとして大変危ない目に合った。これからは気を付けよう。

嘆息して、裏手にある井戸へと足を向ける。

桶に水を汲みながらふと、あんなキリッとした顔をして出て行った王子様バージョンの殿下がり臺にちまっと座って降りていく姿を想像して笑ってしまった。

……まぁ、そのほうがラクはラクよね。

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下りるだけで力の九割を持っていかれるなら、あの形にしたのは合理的と言える。それでも上がる時は自分の力で上らないといけないけれど――。

その時、はっとして手が止まった。

上がる時……?

えっ、ちょっと待って。

上がる時は、階段を使うのよね。

……私、戻れなくない?

水を張った桶を手にしたまま、塔を見上げて呆然とした。

――ここを自力で上るのは無理だわ。

殿下が戻るまで部屋に戻ることを早々に諦めた私は、気持ちを切り替えて塔の周辺の掃除をすることにした。

王宮の外れにそびえ立つこの塔の周辺は人の出りがほとんどなくて、目立たない場所にあるせいかあまり手れがされていない。

加えて、殿下に集まってくる瘴気に蝕まれてか、植が枯れているのが目立つ。

かわいそうだけど、枯れてしまったら早めに取り除かないとね……。

庭仕事用の置から道を拝借して、まずは草刈りから。

鎌でびきった草を刈り取り、剪定鋏で枯れた草木を切り取る。

それらを一ヶ所に集めて、ある程度たまったらズタ袋にれる、その繰り返し。

何度か往復しているうちに塔の周辺がかなりスッキリしてきて、これだけでも風が爽やかになったような気がした。

――ううん、気のせいじゃない。

明らかに空気が変わっている。瘴気を含んだ風が吹き込むと同時に浄化されていってる。

まだ掃除の途中だからか、完璧な浄化には至れていないけれど。

これはやり甲斐があるわね……!

次は石畳の上の落ち葉や細かい塵をホウキで掃き、集める。塵は一ヶ所に集めると思っていた以上に多くて、達があった。

掃除は環境とのコミュニケーションだ。手を掛けるときちんと応えてくれる。元婚約者よりよっぽど反応してくれるので、とても楽しい。

ふと、慕っていた元婚約者の顔が脳裏に浮かんだ。だけど何のも湧かなかった。

婚約の破棄を一方的に告げて逃げるように出てきてしまったけれど、あの人はちゃんと妹と婚約できたのだろうか。

家を継ぐことになるのがフィオナの結婚相手だとしたら、的な意味以外でもやはり彼はフィオナと結婚したほうが良いのだと思う。

置き手紙だけで家出をしたのはあまり譽められたやり方ではないと理解はしているけれど、後悔はない。

きちんと話して穏便に解決なんて、不可能だったのだから。

々なことを考えながら掃除を続ける。

不思議だ。

掃除をしながら考え事をすると、頭の中が自然とくよくよしない方向に向かってくれる。

部屋でじっとしていたら、きっとこうはならないわね……。

塵を取り除いた石畳に水を撒き、デッキブラシでごしごしとこする。汚れが浮かび上がったところにまた水を撒いて洗い流すと、石本來のしい灰が顔を出した。

満足して、綺麗になった塔周辺を眺める。

日のを反してそこらじゅうがキラキラして見える。とても気分がいい。

――その時、枯れたところを取り除いて濃淡さまざまな緑になった草木のから、何か不穏な気配をじた。

茂みの奧でがさがさといている。

……ネズミかしら。

おそるおそる覗き込んでみると、の中でギラリと赤くる二つの目と目が合った。視線からじるあからさまな敵意に思わず構える。

――あれは、魔獣だ。

初めて見るわ。

小さい個なのでそこまで恐怖はじないけれど、普通の小ではないと本能が告げてくる。

突然瘴気が薄くなったこの場所で、魔獣はどうやらおびえているようだ。こちらに対する警戒心を剝き出しにしてフーフーと呼吸を荒く威嚇してくる。

――魔獣は瘴気から生じるもの、と聞いているけれど。

その瘴気の正はさまざまな苦しみのなのだ。そう思うと、人に害をなす魔獣も気の毒な存在に思えてきてしまう。

……まだ小さいのに。見付かったらバラバラにされてしまうのよね。

可哀想だわ。

見なかったことにしようかしら、と思うけれど、もしあの魔獣がこの先長して人に襲いかかったら大変よね、とも思う。

どうするべきかしら……。

考えあぐねていると魔獣はキィッと一鳴きして、黒い靄をまとう翼らしきものをばたつかせ飛び掛かってきた。

咄嗟に顔を手で防ぎ魔獣の突撃を防ぐ。

手のひらに何かのようなものが突き刺さるのをじて、痛みに顔をしかめた。ネズミではなく鳥に近い姿の魔獣だった。

だけど力はほとんどない。

小さなごと鷲摑みにし、反対側の手で羽の付けを押さえ付ける。しばらくはバタバタ暴れて逃れようとしていたけれど、次第に大人しくなっていった。

を収納した魔獣の姿はコロンとして丸くて、なんだか黒いボールみたい。羽がみたいにフワフワしてて、ちょっと可い。

……どうしましょう! 捕まえてしまったわ!

おそらく、この狀態で浄化をすれば魔獣は消滅するのだと思う。何せ瘴気の塊だ。だけど今の私には魔獣を突きかしているが何なのかよく分かる。

憎しみ、苦しみ、恐怖。それと、救いを求める気持ち。

こんなに苦しいのは嫌だという気持ちが底にある。これって、浄化で済ませていいものなんだろうか。

ただの黒いモヤだった時にはそこまで考えずに浄化できたものの、生きに近い姿を取った相手に問答無用の攻撃をするのは抵抗がある。

まして苦しんでいると知ってしまえば――。

「あれ、ステラ。下りて來たの?」

殿下の聲がしてぱっと振り返ると、そこには殿下だけでなくなりの立派なおじさまも並んで立っていた。

どことなく殿下に似た面影があるような――って、もしかして!?

「あ、ステラは父と會うのは初めてだよね。紹介します。この人が我が父です」

やっぱり陛下!?

慌てて腰と頭を下げると、陛下は落ち著き払った聲で話し掛けてきた。

「苦しゅうない。面を上げよ」

……すごい!

語に出てくる王様と同じ話し方!

していると殿下はつかつかと歩み寄ってきて、そして魔獣を持つ私の手を摑み上げた。

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