《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》ラン・ラン

「ステラ、これ――魔獣じゃないか。ここで見付けたの?」

黒い玉をいつになく険しい表で見る殿下は、私の手のひらからが出ているのに気付いて目を見開く。

「君、怪我をしているじゃないか」

「……はい。おびえて気が立っていたようです。そこの茂みから飛び出そうとしてきて私とぶつかってしまいました。幸い手のひらでけ止められたので、大した怪我にはならずに済んでおります」

「大した……って。が出てるのに。それ貸しな、ステラ。どうせ小さくてカワイイと思ってるんだろうけど、すぐに巨大化するんだよ、魔獣って」

そう言って私の手から玉を取り上げていく。

浄化を使わずにいた事から、私にこの魔獣を倒す事は不可能だと判斷したらしい。何も言えなくて、殿下の手に移っていく玉をただ見つめる。

――どうにか、助けられないのかしら。

ちらと陛下を見ると、興味深そうな顔で橫から魔獣を眺めていた。

「……セシルよ。それは最終的にどのくらいの大きさになると思うかね」

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「知りませんよそんな事。ですが放置して瘴気をに取り込み続ければ、やがて手を付けられなくなる可能は高いです。まして鳥型だ。空を飛ぶ敵がどれほど厄介か、父上はご存じでしょう」

「うむ。確かにそうなのだが……。今ここで倒すのかね?」

「勿論」

そう言って殿下は玉を右手で鷲摑み、スキルを発させる。おそらくが壊れ始めたのだろう。魔獣は「ピィィィィィ!!」と悲鳴のような聲を上げて羽をバタバタさせた。

仕方がないのかも知れない。だけど殘酷だ。私はこの現実を、重くけ止めなければならない。

一刻も早く瘴気の浄化を進め、かわいそうな魔獣が発生しないように努めなければ――。

「やめて! かわいそうが過ぎる!」

えっ。

陛下が豹変した。

陛下は殿下の腕にしがみつき、イヤイヤと首を振り始める。

「この子はまだ何も悪い事してない!」

「そうなんですけど! ……父上、可いのは分かりますけどそんなの今だけですからね!? すぐに大きくなって兇暴化するし……ああもう、離れて下さい! 重い!」

「嫌だ! 私が面倒見るからぁ! 大きくなってもちゃんと世話するからー!!」

「世話をするのは騎士達でしょう!? そんな事に騎士を使っちゃいけません! 大、これはじゃないんですから無茶を言うな!」

とうとう言葉づかいが崩れた殿下と、だだっ子のようにイヤイヤをする陛下。

目の前の景を呆気に取られて見ていると、殿下は私の視線に気が付いて困ったように眉を寄せた。

「……父は、可い生きが好きなんだ……。魔獣相手でもたまにこうなる」

「そうなのですか……」

いや、気持ちは分かる。

私だって出來る事なら助けたい。これ本當にどうにかならないのかしら……。

じっと魔獣を観察する。

殿下のスキルでが壊れ始めた魔獣からは、濃くて黒い瘴気が次々にれだしている。ここに浄化をかけても、ごと浄化されれば跡形もなく消えるのだろう。

歴代の聖伝記にもそのように書いてあったと記憶している。

――諦めるな。

考えろ。

瘴気を取り込んで大きくなるという事は、にそのような仕組みがあるという事。普通の生きとはの仕組みが當然違うのだろうけれど、この生きの求める“救い”が消滅にしかないなんて、そんな事あるはずがない。

存在しないものは初めから求める事すら出來ないのだ。

きっと、何かあるはず。

見ている最中にも魔獣のは壊れていく。

魔獣と陛下の痛ましい悲鳴が響く中、私はになった魔獣のにひときわ濃い瘴気が渦巻く“悪意の結晶”とでも言うべき部位を発見した。

禍々しくる石のような結晶。それがきっと魔獣の核なのだ。瘴気を取り込み、と力に変えている部位。

私は咄嗟にそこに手を突っ込んだ。

いける、という不思議な直があった。

「ステラ!? 何を」

「殿下! 可能でしたら、私の合図に合わせて魔獣を再構築してみて下さい!」

唐突な私のお願いに、殿下は一瞬面食らったような顔をしつつもすぐに表を引き締め、頷いてくれた。

「わかった」

「ありがとうございます! では――」

指先にれる悪意の結晶。

手がピリピリと痛む。そこから私の中に瘴気が流れ込んでくるようだ。が一気に重たくなる。

これが、瘴気に當てられるという事なの……?

初めて験する覚に戸いつつ、指先の結晶に向かって浄化のスキルを発させる。

が、あふれる。

黒い瘴気が、眩いに姿を変えた。

魔獣の目から敵意が消え、穏やかに瞼を閉じる。黒い羽が白銀になり、同時にがボロボロと崩れていく。

「今です殿下! “再構築”を!」

「了解!」

時を巻き戻すかのように、魔獣の姿が元の丸い形に戻っていく。黒ではなく、白銀の魔獣へと――。

「……やっ……た……?」

しばらくの靜けさの後、ぽつりと零した殿下の手元では、白銀の丸い玉が目を閉じたまま穏やかな寢息を立てていた。

「やり……ました……。たぶん」

「えっ……。すごい……。なんかよく分かんないけど凄い事のような気がする。ステラ、今この魔獣から瘴気は出てる?」

「いいえ……。出ておりません。むしろ……うっすらっているような……」

「やっぱり? 俺もそう思う。ステラが掃除した場所と同じような雰囲気をじるよ。清浄な――」

「ちょっ、貸しなさい!」

突然橫から陛下が魔獣を引ったくった。すっぽりと手の中に納まるそれをもふもふで回しながら、目をうるうると潤ませている。

「良かった……。良かったねぇ……ケセランパサランちゃん……」

「ケセランパサラン!?」

「私が今名付けたのだよ。話に出てくる、白くてフワフワした妖のことをそう言うのだ。ぴったりじゃないか」

「妖……」

確かに……。

その、幸運を呼び寄せるという伝承を持つ妖は、白くてフワフワしていると書かれているものだ。この魔獣にぴったりかも知れない。

「ですが、し長いような気がいたしますね……」

思わず口にすると、陛下はふむ、と真面目な顔で思案した。

「君の言う通りかも知れない。親しみやすさと呼びやすさを考慮するなら、省略してランランちゃんとするのはどうだろう」

拾うのはそこですか!?

私はケッパかなと思っていたのですが。でも――。

「……いいと思います。可らしさが出ていて素敵です」

「うむ。ではそのようにいたそう」

頷き合う私と陛下の橫で、殿下はいっぱいに肩をがっくりと落としていた。

「ちょっと……二人とも何の話をしてるんだよ。一旦塔にろう。々と話を整理したい」

殿下を先頭に、三人と一匹(?)で塔に向かう。

扉を開ける直前、殿下はぴたりと立ち止まって、半分だけ振り返り橫顔を向けてきた。

「あ……。そうだ、ステラ。この辺り、すごく綺麗になってるよね。ありがとう。風景にこんな事を言うのはおかしいかも知れないけど……まるで息を吹き返したかのように生命力をじるよ」

「……ありがとうございます」

殿下にも分かるのだ。

ここが、特殊な空間になっている事が。

――嬉しい。

目に見えない覚を共有できている事が嬉しくて、口角が上がるのをおさえきれずに殿下の後ろ姿を見つめる。

殿下は顔を半分こちらに向けたまま私と同じように笑みを浮かべながら、扉の中に足を進めた。

「あっ、殿下! 危な」

遅かった。

階段の段差をり臺に変えたままだった事を本人も忘れていたらしい。ツルッツルの斜面に足を乗せて、って顔面からすっ転んでいた。

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