《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》吸引力の落ちない世界でただ一つの全自サイクロン型掃除機

考え事をしている様子の殿下の邪魔にならないよう靜かに歩いて、桶を手に持ち塔を下りようとした。

今度こそ、水を汲んできて室の掃除をしようと思ったのだ。

さっきは上がって來られなくて、出來なかったからね……。

あ、でも階段を元の形に戻してもらわないと今回も戻って來られなくなる。

結局話し掛けないといけないんだわ……。

ごめんなさい、殿下。

「……あの、すみません。水を汲みに行きたいので、階段を戻して頂けませんか?」

「水?」

「はい。昨日、掃除をやり殘したところがあるので。続きをしようかと思いまして」

「ああ……。水か。水……。……ちょっと待ってね」

殿下がそう言うと、私が持っている桶が不意に重くなった。あれっと思っている間に、どんどん重みが増していく。

「あれっ……? 水が湧いてきた?」

空だった桶から水が湧いてきている。

これはどうした事だろう。

「これ、殿下がやってるんですか?」

「うん。空気中に散って浮かんでいる水分をね。そこに再構築しているんだ」

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「なんですか、それ……。便利すぎじゃないですか」

「だろ。普通に水を出すスキル持ちも世の中にはいるけど、俺でも代用できるんじゃないかと思ったんだ」

「す、凄いですね……」

ご自でも言っていたけれど、汎用が高すぎでは。

殿下なら海や山で遭難しても普通に生き延びられそうね……。

お禮を言って、さっそく掃除の続きに取り掛かる。

昨日は埃を落として床を磨くくらいの事しか出來なかったから、今日は窓や壁を拭きたいと思っていたのだ。

特に窓は良いじに曇っているので、是非ぴかぴかにしたい。

雑巾を一枚、水に浸して強く絞る。

最初の綺麗な水は気持ちが良い。そしてこの明な水が雑巾を洗うごとに濁っていくのがなにげに好きだ。達がある。

さっそく窓を拭いてみると、拭いたところの曇りがスッキリと取れて良い気分になった。し込むまで澄みきって見える。

「ピィ!」

「あら? ランランちゃん。どうしたの?」

「ピィ! ピィ!」

殿下のの上からランランちゃんがぱたぱたと飛んできた。

楽しそうにせわしなく私の回りを飛び回っている。

「ランランちゃんもやりたいの?」

「ピィ!」

そう、と言っているようだ。

不思議。なんとなく意思の疎通が出來ている気がする。

ランランちゃんは空中に浮かんだままくるっと回転した。

すると室の空気に流れが生まれた。風だ。風は徐々に勢いを強め、ランランちゃんの前に軸を作って集まっていく。

「あら……! 凄い! あなた、風をれるの?」

「ピィピィ!」

得意げな様子で飛び跳ねている。風はつむじ風となり、小さな竜巻の姿を取って室き始めた。

そのきは縦橫無盡で、棚の上や隙間にも用にり込み、埃を巻き取るように集めていく。

「えっ……すごい……」

「ほんとだ。ランラン凄いな」

殿下も興味津々だ。

「魔獣の質が殘っているんだな。鳥型は風を使う事が多い。……まあ、あんなふうに人に協力する事はまず無いが」

「そうなんですね」

「ああ。だからこそ魔獣は野生よりも危険なんだよ。ここまで人に懐くなんて信じられないな……」

「ピィピィ!」

殿下の言葉に答えるようにして、ランランちゃんは殿下の頭や肩の上に飛び乗ってぴょんぴょん跳ねた。親しみをアピールしているようだ。

言葉を理解しているとじるにじゅうぶんな反応。殿下は笑ってランランちゃんを人差し指に乗せた。

「お前、凄いじゃん。ステラのお手伝いが出來るなんてさ」

「ピィ!」

ランランちゃんの竜巻が通った後の箇所はどこも塵一つ落ちていない。綺麗だ。

心していると、ランランちゃんを頭に乗せた殿下は言った。

「ステラ、俺も窓拭きやりたい」

「え? でも」

雇い主の王族に、手伝いなんてさせても良いのだろうか。

「いいじゃないか。ステラを見ているとなんか楽しそうだなって思ってさ。この雑巾、使っていい?」

「ええ……。どうぞ」

ご本人がやりたいって言うのだから、きっと大丈夫よね……。

桶の側にしゃがみ込んで雑巾を絞る殿下を、不思議なものを見るような気持ちで眺めた。

もう一枚の窓の側に立ち、キュッキュッと拭き掃除を始める殿下。拭き筋が気になるらしく、何度も雑巾を洗っては同じ窓を拭き続ける。

「……うーん。なんかムラになるな。ステラみたいに一回でキラキラッてならないや。これが掃除スキルの差か……」

はぁー、と息を吹き掛けて、曇ったところを磨く殿下。やがて飽きてきたのか、息で曇らせたところにハートマークを描いて遊び始めた。乙か。

私も真似して窓を息で曇らせ、そこにランランちゃんの姿を描いてみる。

「あれっ。上手いじゃん」

「殿下のハートも上手ですよ」

「ハートに上手いも下手もあるか。よし、見てろ。大作をここに誕生させてやる」

やる気があさっての方向に行ってしまった殿下を橫目に、ささっと窓拭きを終わらせて壁拭きに移る。

ランランちゃんの風で綺麗になっているけど、やはり理的に磨かないとなかなかくすみは取れないものだ。

夢中で壁を磨いていると、ふと、ランランちゃんの騒ぐ聲が響いてきて振り返った。

「よし、できた! 見て! ステラ!」

「ピィピィ!」

ランランちゃんを頭の上で飛び跳ねさせながら、満面の笑みを浮かべる殿下。その向こうの窓には、線の強弱を巧みに使い分けた見事な人の顔の絵が完していた。

「すごい! ……っていうかこれ、私じゃないですか!?」

「そうだよ」

さらっと返された。

まさか窓に私の顔を描かれるとは思わず、瞬時に顔が赤らむ。

「……なぜ赤面?」

「だ、だって! こんなのって……!」

言葉にならず、ただ眩しいし込む、絵のついた窓を見つめる。

斜め上から見下ろしているアングルの絵だ。これはつまり、殿下が見ている私の顔という事になるのでは……?

妙なことを考えてしまったらもう駄目だった。

うつむいて、やっとの思いで一言だけ呟く。

「……絵、お上手ですね……」

「まあね。暇な時にたまに描いて遊んだりしてたから。でも人はあんまり描かないから難しかったー」

言っているそばから曇りが飛んで絵が消えていくのを、ホッとしたような、もっとちゃんと見たかったような気持ちで眺める。

掃除はまだ途中だけど、室は既に清浄な空気に満ちていた。

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