《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》※妹の目線から①

數日前、お姉様がいなくなった。

わたしがアルフレッド様とお話をしている間に家を出てしまったようなのだ。

それを知ったのは帰宅するアル様を見送って、部屋でのんびりしていた時。さっかきから廊下でメイド達がやけに騒がしくしているなぁと思っていたらそういう理由だったらしい。

夕食前に、わたしはお父様の書斎に呼ばれて、お姉様がいなくなった件を聞かされた。

「……それで、フィオナ。あいつの部屋にこんな置き手紙があったようなのだが……フィオナは、今日もアルフレッドと流していたのかい?」

お父様は穏やかな表でわたしに訊ねてくる。

「はい。お姉様に頼まれましたので。心をこめて一杯おもてなしをしました」

ぐしゃ、と手紙がお父様の手の中で握り潰される。

あまりご機嫌がよろしくないのね、お父様。きっとお姉様のことが心配でたまらないんだわ……。

「フィオナ。あの男とはあまり仲良くするな、と前に注意したはずだろう。なぜ近付くのだ」

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「だって……。お優しいですし、たくさんお話してくださいますもの。フィオナこちらの王都にお友達はたくさんおりますけど、皆様ちょっと意地悪なところがありますから……アル様はいつも助けてくれて、安心できる貴重な社相手なのですわ」

お父様は深いため息をついて項垂れた。

どうしてかしら。普段から“貴族たるもの社的でなければならぬ”といつも言っているのに。

「あのな……。フィオナは今とても大事な時期なのだよ? この家の跡を継ぐのはフィオナの結婚相手と私は決めているんだ。勝手なことをされちゃ困るよ。この家もフィオナも、アルフレッドのような筋も頭も半端な男にくれてやるつもりは無い」

「まあ、お父様ったらひどい事をおっしゃるのね。アル様はお優しい方ですのよ? 何でも言うことを聞いてくれますし」

「……駄目だ。この家の跡継ぎには、セシル第一王子殿下をお迎えすると私は決めているんだ」

「えーっ!? あの“塔の悪魔”ですかぁ!? 嫌ですよぉ! 社的でもないし、だったらアル様のほうがずっと良いです!」

「確かに社の場には一切出て來ないし、どんなお方なのかは噂程度にしか聞かないが! それでも王族だ! どれほど怠惰だろうと破壊行為が好きだろうと、婚姻時には公爵位を持って來るはず。これは我が家が公爵家になるチャンスなんだ!」

「いやです! フィオナはのある結婚がしたいです。お父様と、お母様のように」

するとお父様はし意表を突かれたような顔をした。

「……それを言われてしまうとこちらとしては弱いのだが……。ならセシル殿下と育めば良いではないか。なぁに、かのお方はスキルが危険なだけで、は弱いほうだと聞く。それなら、お前の癒しのスキルでもって癒せばイチコロだ」

「イチコロですか……」

……お父様、たまに古い言葉を使うのよね……。

昔下町の踴り子だったお母様にれあげて酒場にり浸っていた時に覚えた言い回しと聞いているけど。

もうさすがに領地の下町でも普通に使う人はお年寄りくらいよ……。

「もうじき社シーズンが終わりになるのだが、毎年最後に最も格の高いパーティーが王宮で開かれるだろう? 今年はベネディクト王太子殿下とフィルス公爵令嬢の婚約があったから、さすがのセシル殿下もご臨席なさるはずだ。私のほうからも正式に見合いの申し出をしておくが、フィオナも心してパーティーにかかりなさい」

えぇー……。

あまり気が進まないのよね……。

でも、最高のドレスを仕立ててやるから、と言ったお父様のお言葉に気分が上向きになって、まぁ、パーティーでご挨拶するくらいなら構わないかしら、と思った。

――私はがしたいの。

麗しくてすてきな、王子様みたいな人と。

いくら本の王子様でも古びた塔で暮らしている上に、悪魔って噂されるような人は嫌だわ。

パーティーでは挨拶だけして、あとはアル様に私を意地悪なご令嬢や不躾な殿方の視線から守ってもらえばいいのよね。

……あんなに優しくて素敵なアル様と結婚できるなんて、お姉様は幸せ者ね。

「あら、そういえば……。お姉様の件はどうするのですか?」

「……不本意だが、探し出して連れ戻す他あるまい。我が家の名に傷を付けるような真似をされてはたまらないからな」

「それは勿論ですけれど、アル様とのご婚約のほうは」

「當然、破談だ! 家出した娘に嫁の貰い手などあるものか!」

「まぁ。厳しいのね」

貴族社會って大変な世界よね。

アル様もそのつもりなのかしら。

……だとしたら、お姉様が言っていた通り、私とアル様で婚約し直しもあり得るということ?

うーん……。

悪くはないのだけど、本當にそれでいいのかしらって気もするわ……。

もっと素敵な人がどこかにいるような気がするの。

私と魂で結ばれている、運命の人が――。

そんなお話をしてから數日後、お父様のところに修道院から來客があった。神父様とシスターだ。

しばらく応接室で話をしていたようなのだけど、神父様達が帰ってからのお父様は苛立ちを隠せない様子で、高価な葉巻を何本も吸っていた。

「……あなた、大丈夫ですの?」

「ああ……。アレは今修道院で暮らしているらしい。余計な事を喋ったのではないかと気が気でなかったが……そうではなかったようだ。考えてみればあいつは何も知らないからな……喋りようがなかった。もし知っている範囲のことを喋ったとしても、相手が修道院のシスターなら大した影響もあるまい」

「そうかしら……」

お父様とお母様が大人の難しいお話をしている。

「ああ。神父達はただ“世俗を離れて神の下で暮らしていただくのでどうぞご心配なさらず”と言いに來ただけだった。こちらとしても嫁りの當てがない以上、いずれ修道院にれるつもりではあったから……手間が省けたと思う事にする。そのまま黙って修道院に籠っていてくれるなら、あえて引き戻す必要もあるまい」

「そうですわね……」

……聞いてしまった。

お姉様は今、修道院にいるらしい。

確かにお父様は厳しいし社界の令嬢達は意地悪だし、大変なことはあるけれど……家出するほど貴族の暮らしが嫌だったのかしら。分からないわ。あの程度で?

……でも、お姉様はわたしと違って生粋のお嬢様だから仕方ないかも知れないわね。

それでもあの痩せっぽちのお姉様に、の回りのことを全部自分でやらなきゃいけない修道院の生活になんて耐えられるはずがないと思うの。

ただの甘えよ。

お父様は連れ戻すつもりがないようだけど、そのうちご自分から帰ってくるんじゃないかしら。

お父様は優しいから、謝ればきっとお許しになるわ。

ね、お姉様。フィオナは何も気にしてないから、早く帰って來たほうがいいと思うの。

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