《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》この時ずっと頭にランランが乗っていました
壁を磨き終えて雑巾を洗い、ふぅと一息ついた。
空気が綺麗だ。気分がいい。
「ありがとうね。なんだか石材が艶々してるよ」
「してますねー。磨いた甲斐があります」
殿下のおっしゃる通り、床と壁がを反して部屋全が異様に艶々している。
この達、最高の一言。
「ピィピィ」
ランランちゃんも喜んでいるようだ。
瘴気を取り込む聖獣も、綺麗な空間は心地よいらしい。
「ランランちゃん、あなた瘴気がなくても平気なの?」
「ピィ~」
“平気”と言っている。
人間の食事と一緒で、常に取り込み続ける必要はない、という事だろうか……。だとしたら、いくらでも無限に取り込める訳ではない……?
「ステラ、ランランが言っている事が分かるの?」
「はい。なんとなく、ですけど」
「そうなんだ。……何でだろう。俺にはただ鳴いているだけに聞こえるんだけど。それも聖の力?」
「うーん……。聖って言っても“浄化”持ちをそう呼んでいるだけですよね。浄化と魔獣の言葉って、あまり関係がなさそうに思います」
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「それもそうだな……。過去に例がないから分からない事ばかりだ。ランランだけじゃなく、君のその浄化と、掃除の二重使いもさ。どちらもただの浄化じゃないし、ただの掃除でもない。どちらも影響し合っているようにじる」
「互いに影響、ですか……。確かに」
“掃除”だけの時は瘴気を消滅させるには至らなかったものの、払い除けることは出來ていた。
“浄化”を得てからは、掃除した場所にってくる瘴気を自的に浄化できるようになっているとじる。
……となると、“浄化”した場所は掃除したのと同じ狀態になるパターンもあるのだろうか。
――試して、みたい。
「殿下、ちょっと外に出たいのですが、よろしいですか?」
「なぜ?」
「浄化が掃除と同じ効果をもたらすのかどうか、試してみたいのです」
この部屋はもう掃除しちゃったからね。
検証には向かない。もっと分かりやすく汚れた場所じゃないと。
幸い、塔から出てすぐのところに埃の被った置小屋がある。そこに浄化をかけてみたい。
「あー、それは気になるところだね。分かった。出てみよう」
殿下はそう言って頭にランランちゃんを乗せたまま扉を開けた。瘴気がなくとも薄暗い階段は、さっき陛下を落とした時のり臺の形狀のままだ。
「あら? 殿下も一緒に行くんですか?」
「うん。気になるもん」
「また登ってくるの大変ですよ」
「そうだけど。でも今すごくの調子が良いんだ。昨日から今日にかけて、の回りの瘴気が薄くなり続けたおかげだと思う。つまりステラのおかげという事だね。という訳で、俺も行くよ。階段はキツいけど、戻ってくるだけならまだ平気だからさ」
えぇ……。
無理しなくていいのに、と思うけれど、ご本人が平気と言うのなら。
「……分かりました。でも私は階段で下りたいです。り臺、早かったんですけど、かなり怖かったので……」
「怖い?」
「はい。早すぎて。下で扉に激突しそうになりましたし」
「ああ、そうか……。でもなぁ……。疲れるのは嫌だよな。……よし、俺と一緒に下りようか」
「どういう事ですか?」
「えーと、まずここにステラが座るだろ。で、俺がその後ろに座って、こう」
口頭で説明をしながら、両腕でなにか抱え込むような仕草をする。
抱え込むのが何なのか、それは考えるまでもなく私だろうと見當がつき、さすがにどうかと思った。
「いやいやいや、それはちょっと」
「どうして?」
「どうしてって……逆に、それは殿下としてはアリなんですか? 他人との距離としてやや近すぎなじはありません?」
うーん、と首を傾げて考え込む殿下。
「他人……か。……うん、確かに全くの他人とはそんな事をしようとは思わないな。人間にはパーソナルスペースってものがあるもんな」
「そうでしょう?」
「じゃあ逆に聞くけど。どうして俺がパーソナルスペースどころか腕の中にれてまで、この危険なり臺を一緒に下りようとっているんだと思う?」
危険って認識はあるのね!?
……ど、どうしてかしら。改めて訊かれると――。
「わかりません……」
「ふーん?」
コツ、と質な足音を立てて一歩近付いてきた。思わず一歩下がる。後ろは危険な急斜面だ。
「あの、殿下?」
「なに?」
「危ないです」
とん、と壁に手が付かれる。
「……大丈夫だよ」
「何がですか!?」
じりじりと近付いてくる。まるで崖に追い詰められているかのような狀況だ。これ以上下がったら落とされてしまう。
私の頭の中はパニックになってしまった。
「君と、俺が一緒なら――」
「はいっ」
「何も、怖い事なんか無い気がする」
その時、踵のところが斜面に乗り上げてしまって、ズルッとり落ちそうになった。
殿下の腕がびてきて、手首を摑まれ引っ張られる。意外なくらい、強い力。勢い余って殿下の元に額と鼻をぶつけてしまった。
「いたっ! ……すみません!」
慌ててを離そうとしたのだけど、もう片方の手が背中に回っていて下がれなかった。
「ごめんね、ちょっと強く引きすぎたね」
手首から手が離れ、代わりに前髪をさらりとかき上げてくる。あまりの事に固まっている私の目を覗き込むようにして目線を合わせてきて、そしてこう言った。
「……ステラは、まだ元婚約者のことが好き?」
……なぜ今アルフレッド様のことを訊くのだろう。全然関係ないのに。
違和を抱きつつただ首を橫に振る。
あの人とは無理だと思った。だから逃げてきた。好意は、もう、ない。
「じゃあ、もういいじゃないか。大丈夫、誰も見てない。強いて言うならランランだけ。俺達三人だけのだ」
パニックで真っ白の頭の中にという言葉がスッとってくる。
――ああ、殿下は今日一日でたくさんのを抱え込んでしまって、それらを全て守らないといけないんだわ。
だから今はまだの一つである私のことを、理的に抱え込もうとしているのかも。
それに、瘴気を引き寄せやすい質のこともある。あれを何とかできるのは今のところ私とランランちゃんだけ。
殿下にとって、私のスキルは利用価値がある。
そう思ったらし落ち著いてきた。
「……殿下。先ほども申し上げました通り、私は一生お仕えする心積もりでおりますよ。途中で投げ出したり、絶対にしません」
「そう? ……それは有り難いけどさ。でも俺が言いたいのはそういう事じゃなくて――」
そこまで言って、殿下は目を伏せて手を離した。
「……ま、いいか。いつまでもここでグダグダしててもしょうがないさ、一緒に行こう。前に座るのに抵抗があるなら、後ろでもいいよ」
「後ろですか?」
「そう。ほら、ここにおいで」
急斜面のふちに座り、背後の床をポンポン叩く殿下。おそるおそる背後にしゃがみ込むと、「肩に摑まりなよ」と促される。
……いいんだろうか。
だけどいつまでもここでグダグダしていても、というのには大いに同意するところ。後ろならまだ大丈夫かな、と思い、思いきって肩に手を置いた。
なんだか、それだけで心臓が発しそうだった。
「よし! いくぞ!」
「はいっ!」
殿下の掛け聲と共にが前にり出す。
螺旋狀の急斜面を下りながら、ぐんぐん加速していく。
「ひぃぃ……!!」
肩にしがみついてぎゅっと目を瞑った。
「大丈夫だよ! ステラ! 俺と一緒なら怖くないって言ったろ!?」
「は、はいっ!」
うっすらと目を開けると、外への扉が目前に迫ってくるのが見えた。しもスピードが落ちないまま私達は扉へと突っ込んでいく。
危ない! と思う間もなく、扉は中心部から分解されていった。さらさらと、幻のように細かい霧となって空中に散っていく。
殿下の肩越しに、扉の形をした外の眩しいと緑の洪水の中へと――飛び込んでいくその瞬間が、異様にキラキラして見えて、私の心に焼き付いた。
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