《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》キャンプファイヤー効果
それから數日が過ぎた。
陛下は毎日一度は塔を訪れ、ランランちゃんとひとしきり戯れては満足げに帰っていく。今日も手土産に果などさまざまな食べを持って塔に上がって來られた。
「ランランちゃん、たった數日でとても大きくなりまちたね~! 葡萄はいかがでしゅか~?」
まん丸だったランランちゃんはこの數日でみるみる大きくなり、シュッとした格好いい鷹みたいな姿に長している。白銀の鷹だ。
すぐに大きくなるって殿下も言ってたけど、本當にすぐ長するのね……。
まだ大きくなるのかしら。……一どのくらいの大きさに……?
「ときに二人とも。今日はお前達にも話があるのだが」
突然陛下が陛下に戻るのにも慣れた。むしろそれでこそ陛下だと思っている。
私は背筋をばし、殿下はげっそりした表で頷いて姿勢を正した。
「どのようなお話でしょうか」
「うむ。まずは、これを見てほしい」
そう言って陛下がハンカチの中から取り出したのは、小さな指だった。
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一見して、かなり、いわくのありそうな――。
「指ですか? これが何か?」
「ああ。ステラ嬢はこれをどう見る?」
「……瘴気にまみれていますので、に著けるのは危険なように思います」
そう。
この指、小さなサイズからは想像出來ないくらいに濃くて黒い瘴気が溢れてきている。
ランランちゃんのにあった石にれた時、が異様に重たくなった事を思い出す。あの時は浄化の発と同時に治ったけれど、もしもこの指を普通にに著けたら、あの時と同じような狀態になるのではないだろうか。
陛下は頷き、指をハンカチごとテーブルの上に置いた。
「ステラ嬢の言う通り。これは魔獣のから出てくる石を加工して作られた指だ」
「まあ……」
なんて悪趣味な人がいるのだろう。
絶句していると陛下は続けた。
「もちろんこれはどこの國でも止されている事だ。まかり間違ってに著けた者はもちろん、作った職人だって無事では済まない」
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「ええ……。ですが、なぜそのようなものを作る人がいるのですか?」
「“呪い”だな」
「呪い、ですか」
「うむ。例えば、足を引っ張りたい対象がいる時に相手の持ちに紛れ込ませるとか」
「……ひどいお話ですね」
「そうであろう。瘴気への耐は人それぞれとは言うものの、このように悪意をもっていくつも仕掛けて來られれば大抵の者はに異常をきたす。だからこそ、この石を所持する事は止されておるのだが――止されるという事は、それだけ使いたがる者が多いという事でもあるな。現にこの指は先日ベネディクトの婚約者の寶石箱から出てきた」
「王太子殿下の婚約者様の……」
ひどい。
魔獣の命の欠片と言っても過言ではない石を、そんな事に使うなんて――。
「悲しい事に、そう珍しい話ではないのだよ。ここ王宮でも似たような事例は日常茶飯事だ。人の上に立つという事は悪意を集めるという意味でもあるゆえな。原因不明の調不良が続いたら、まずは辺に呪を仕込まれていないか調べろとは我々の間ではよく言われている。……皆がステラ嬢のように一目で魔獣の石だと看破できるのなら問題ないのだが、生憎そうではないのでね。じかにれて初めて異常な石だとわかる程度だ」
「そうなのですか……」
すると、橫で聞いていた殿下が口を開いた。
「それで父上。今日はどうしてそれを持って來たんですか? ステラに浄化を頼むため?」
「まあ、それもあるのだが。この機會に王宮部の調査を頼めないかと思ってな」
「調査ですか」
「そうだ。いい加減、仕込まれているものを全て見つけ出したいと思っておった。マーブル侯爵の件が調査中ゆえ、今はまだ私の家族の私室に限定の上、人目につかないよう配慮はするが……頼めるかな?」
斷る理由はなかった。
こちらを窺う殿下と目が合い、その表から殿下は私に判斷を委ねているのだとじてすぐさま頷く。
「かしこまりました。お力になれるか分かりませんが、一杯務めさせていただきます」
「うむ。頼んだぞ」
まずは指の浄化から。
待っててね。今、苦しみから解放するからね――。
ハンカチの上に手をばし、ちょんと指先でれる。と、ズンとが重くなってテーブルに倒れ込みそうになった。
「……っと! 大丈夫? ステラ」
「は、はい……。申し訳ありません、気合いが足りませんでした」
「気合い……? それって関係あるのか?」
無いかも知れない。
殿下に支えてもらい浄化を発すると、の重さが消えると同時に石からあふれ出す瘴気がに変わった。ランランちゃんの時と同じだ。
がおさまり、その中から現れた指の石は――、燃えるようなしい赤いをしていた。
「なんと! 赤くなっただと!」
「黒以外のが付いてるなんて初めて見るな」
心したように指を覗き込むお二人の橫にランランちゃんがふわりと降り立ち、で指を陛下のほうへ押しやる。
「おや? どうちまちたか?」
「著けてみろと言っているのではありませんか?」
殿下はそう返した。確かに、ランランちゃんは陛下に指を著けてと訴えているようだ。
「なるほど。しかし……大丈夫なんでちゅかね」
「父上……俺はランランじゃないのでこっちを見ながらそのような言葉づかいをするのはやめて下さい」
おそるおそる指を小指にはめてみる陛下。すると赤い石がまるで命を宿した瞳のように輝き始めた。
「……おぉ……! こ、これは凄い。力が湧いてくる……」
そう言って手のひらを上に向けると、陛下の手ひらの上にボワッと拳大の炎の玉が現れた。
「炎のスキル……!」
煌々と燃え盛る炎に三人とも目を奪われてしまい、しばらくの間そのまま眺めていた。
「…………私は、“威嚇”のスキルを持っているのだがね」
ぽつり、と陛下が話し出した。
私はその時、以前本で読んだ“みんなで焚き火を囲んで眺めると人は不思議と自分のことを語り始める”現象みたいだなぁと思いながら頷いた。
「威嚇、ですか」
「そうだ。まあ、言葉の通りで、特に変わったところのないスキルではあるのだが。野生や、時には魔獣相手でも威嚇を使うと近付けるようになるので重寶しておった」
……人間相手の話にならないところがさすが陛下よね。
そんな陛下が素敵だと思います。
「だから、本來私は炎を使うことなど出來るはずがないのだ。これは……炎をっていた魔獣が殘した力なのだな」
「そう……でしょうね」
「なんという事だ……。切ない話ではないか。のう、ステラ嬢よ」
「……はい」
陛下のおっしゃっている事は分かる。
魔獣は魔獣のままでは私達人間と相容れない存在で。お互いに生き殘りを賭けて戦う必要がある。
けれど魔獣達だって生まれたからには生きたかったはずだ。
そんな、生への渇が石の輝きからはじられた。
やがて陛下の手のひらから炎が消え、石からも輝きが消え失せる。
どうやら一度きりの発だったようだ。だけどは赤いままなので、時間が経てばまた力を発揮するのかも知れないと思った。あの神殿の水晶のように。
「……しかし、石から魔獣の力を引き出せるようになるとはな。セシル、これまで読んだ本の中にそのような記述はあったか?」
「……いいえ。ありませんでした。聖が浄化を浴びせるとただ明な石が殘る、としか」
「私もそのように記憶している。……ステラ嬢の浄化は今までのものとはし違うという事だろうか。……魔獣の全てを消し去るのではなく、穢れのところだけを取り除くような……?」
穢れのところだけ取り除く――。
それは掃除のスキルと関係しているのだろうか。
これまでの聖と違うところがあるとしたら、そこくらいしか思い付かない。
「……ここで考えていても答えが出るものでもないでしょう。父上、ステラに調査を頼むのではなかったのですか? 夜になると私室を調べるのに支障が出ますから、始めるなら早く始めてしまった方が良いと思いますが」
「おお、そうだな。魔獣達の魂がくだらぬ足の引っ張り合いに使われるなど、許しがたい。生命への冒涜だ。――では早速行ってみようか」
「はい」
ランランちゃんにはお留守番を頼み、三人で連れ立って塔から出て王宮の部へと向かう。
途中、薔薇の咲く庭園の辺りを通りかかると、生け垣の向こうからキャッキャッと楽しそうなご令嬢達の話し聲が聞こえた。
「……お茶會、ですか?」
何の気なしに口にすると、殿下から返事があった。
「ああ。々な名目でしょっちゅう開かれているよ。ご令嬢達のお茶會。えーと……、今日は何のお茶會でしたか、父上」
「確か、ベネディクトの婚約者が主催のお茶會だったかな。さすが、呪を仕込まれても揺せずに取り仕切っておるようだな。頼もしい限りだ」
し羨ましい気持ちになりながら薔薇の生け垣を通り過ぎる。
先ほど言っていた通り、陛下はなるべく人目を避けるルートを選んでくれているようだ。調理場の裏に差し掛かり、調理場で使われている井戸の橫を通る。
その時、背筋にぞくりと悪寒が走った。
「……ステラ?」
――この辺りに、何か、ある。
見回すと、その悪寒の元は井戸から出ているようだった。
蓋の隙間からおどろおどろしい怨念めいたものがあふれ出して來ている。
「殿下……。ここに何かあります」
「え、さっそく!?」
「なんと……! よりによって井戸とは!」
水の汚染は影響の度合いが大きいことは考えなくても分かる。
大慌てで蓋を開けると、桶に殘っていた水が波打ち出した。そして、もぞもぞと生きのようにき始める。
「いかん! スライムだ! 瘴気が魔獣化しておる!」
陛下が聲を上げると同時にスライムが跳び上がり、私の顔に向かって飛んできた。咄嗟に手でガードしたけれど意味がなく、指の隙間を通り抜けてくる。
「い、石は!?」
あれを浄化すれば攻撃はおさまるはず……!
焦って必死に探すも見付からない。
「……ここには無い! そいつはきっと分裂だから、窒息させられる前に浄化しろ!」
「は、はいっ!」
殿下の指示に従い、スライムの分裂に浄化を浴びせる。
悲鳴も上げずに水に戻っていくスライムで中びしょ濡れになった。あまりの急展開に呆然としていると、遠くから複數のの悲鳴が上がる。
薔薇の生け垣の向こうから響いてくるようだ。
「お茶會か!? いったい何が」
「……もしかして、分裂があそこにも行ってるとか」
私がぽつりとこぼした一言に、殿下は弾かれるように駆け出して行った。
「……っと! ステラも來て! スライムは俺じゃ対応が難しい!」
「分かりました!」
真っ直ぐに差し出された手のひらを、摑んだ。
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