《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》ヒット&アウェイ

生け垣の路を急いで駆け抜ける。

薔薇の生け垣はし凝った造りで、お茶會の空間までの路はまるで迷路のようにり組んでいた。

殿下はその中を迷わずに突き進んでいき、やがて開けた空間に出る。

目前に広がるお茶會の會場は、まさに混のさ中だった。

「いやぁーっ! あっちに行って!!」

悲鳴を上げ、頭を守るようにしてうずくまるご令嬢達と、必死にご令嬢を守ろうとする侍數の護衛達。

皆一様にり付こうとしてくるスライムに悪戦苦闘している。

「やっぱりこっちにも居たのか……!」

殿下がそう呟くと、人にれないところにいるスライムが次々と霧散し消滅し始めた。破壊スキルを使い、水をお湯にした要領であの水の魔獣を瞬時に蒸発させているらしい。

だけどさすがに人にり付いたものには手を出しかねるようで、「ステラ、頼む」と私に耳打ちしてくる。

すぐさま頷き、浄化を発させた。

「……あらっ……?」

を放ちながらただの水に戻るスライムに、誰かが聲を上げた。

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一際豪華なドレスにを包んだご令嬢はこわごわと顔を上げ、こちらに気付いてはっと息を呑む。

「セ、セシル殿下……!?」

その聲に全員の視線が一斉にこちらへ向いた。

「えっ!? あのお方が……!?」

「本?」

「私達を助けて下さったの……?」

口々に囁かれる小聲の中、私は注目が殿下に向いているのを良いことにササッとご令嬢達の橫に回り込み、先ほどの浄化範囲の外にいた殘りのスライムへと浄化をかけて歩いた。

……よし、誰にも見られていないわね。

無事に収められそうでホッとしていると、一人だけ殿下ではなくこちらを見ている人がいる事に気が付いた。

護衛の騎士だ。

このばかりの空間に數だけ配置されていた男護衛のうちの一人。

きっと腕が立つのだろう、視線は鋭くて強い。私のことを、見慣れない使用人だと思って警戒しているのだろうか。

私は彼の視線を導するように殿下へと顔を向けた。

私は殿下付きのメイドであって、怪しい者ではありません。というアピールである。

「皆、大丈夫か?」

「は、はい……」

殿下の聲かけに、一際豪華なドレスのご令嬢が頭を低くして答えた。きっと彼が王太子の婚約者なのだな、と思った。

「それは良かった。……邪魔したな。もう大丈夫だ。安心してお茶會の続きをすると良い」

「はい……。あの……」

ぱっと顔を上げた彼とバチッと目が合った。

すぐに逸らすかと思いきや、じっとこちらを見て目を離さない。意味ありげな強い視線に私のほうが負けて目を逸らしてしまう。

の経験どころか、あまり人と流したことがないのだ。仕方ない。

それに気付いたらしい殿下はし強めの口調でご令嬢に返事をした。

「なに?」

「いえ……。何でもございませんわ。ありがとうございました、セシル殿下。助かりました。このお禮は、後日改めて」

「別にいいよ、お禮なんて」

じゃあね、と足早にお茶會の空間から出て行く殿下。私も後を追い、生け垣の路へと戻る。

路へ出るとすぐのところで殿下が待っていて、私の肩へ手をばしてを引き寄せてきた。さっと生け垣にを寄せて、緒話をする時のように耳元へ顔を近付けてくる。

「今の中に本、いた?」

――。

石を持っているのが本よね。

ランランちゃんの時は石の周囲はひときわ瘴気が濃かったけれど、今倒したスライム達はどれも同じようなものだった。

「いいえ……。おそらくですが、あの中にはいなかったように思います。やはり井戸の方にいるのではないでしょうか」

「そうか。慌てて飛んで來たけど、やっぱりあっちだったか……。戻ろう、ステラ。父を置いて來てしまった」

「はい。急ぎましょう」

冷靜になって考えると本に向けて井戸ごと浄化すれば良かったのかしら、と思うけれど、今の私のスキル程範囲では井戸の底までは浄化が屆かない。

あそこで本を探そうと思ったら井戸の中にる必要があったのだ。

ご令嬢達が窒素させられていたかも知れないあの場面では、そこまで時間を掛けていられなかった。

走って井戸のほうへ戻る途中、殿下はぽつりとこぼした。

「……あの護衛騎士、気付いたかもな」

「何にですか?」

「ステラの力にだよ。俺が倒したのとステラが倒したのでは、消え方がし違うだろ。その辺、あいつはよく観察してたと思う」

「あら……」

あの怪しむような鋭い視線はそういう意味だったの?

見慣れないメイドに対する警戒心だけではなかった……?

「あと、公爵家令嬢もだ。彼はさすがに鋭いし心が強いな。あの混の中でもちゃんと周囲を見ていたらしい」

「……大丈夫でしょうか」

「まぁ、あの二人なら知られても何とかなるだろ。マーブル侯爵の権力に取り込まれるようなタイプの人達じゃないし。場合によっては事を話して味方になってもらうのもアリかもな」

「味方……」

私に味方してくれる人なんているのだろうか。

そんな思いがよぎるけれど、今の私の狀況は何人もの人達の手助けがあってこそのものだ。自分の存在を卑下するような事を口にするのは、やめようと思った。

「なってくれると、いいですね」

「なるさ。いずれね」

生け垣の迷路を抜けて陛下のいる井戸の元へと戻る。

そこではに石を持つスライムが陛下と相対していて、黒く半明なをプルプル震わせていた。

「父上! 大丈夫でしたか!?」

「おぉ、戻ったか。なぁに、この子くらいの魔獣なら威嚇でじゅうぶん抑えておける。問題ないぞ」

陛下はスキルでスライムのきを止めていたらしい。

さすがは一國の主に相応しい余裕――なのか、それとも可い生きだと思っての余裕なのか。私には分からなかった。

「お茶會のほうは大丈夫だったかね?」

いつもと口調が変わらないにも関わらず、陛下の近くに寄るととてつもない威圧が襲ってくる。

思わずひれ伏したくなるような――、これが威嚇のスキル。

確かに、足がすくんでけなくなる。

「はい、事なきを得ました。父上、ステラにそのスライムを浄化してもらいましょう。し威嚇をゆるめて下さい」

「うむ」

陛下が頷くと、ふっと威圧が薄れた。

それでもまだきにくさは殘っている。スライムも同様らしく、プルプルしながらゆっくりジリジリと後退していく。

「待って。怖がらなくても大丈夫よ」

きの遅いスライムに手をばし、そっとれた。

水で出來ているに指がつぷりと沈んでいく。

襲ってくる気配がないので、そのままに手を沈ませて中心でぷかぷかと浮かんでいる瘴気の塊にれた。

すぐに浄化を発すると目映いを放ち、黒くて半明ながみるみるうちにき通っていく。

「おぉ……。しいな」

陛下が呟いた。

人の頭くらいの大きさではあるものの、丸くて明なスライムはまるで朝のような姿で空のを映し出していた。

「本當ですね。とても綺麗です」

ふっとが楽になり、威嚇のスキルが完全に解除されたのだと気付いた。

その瞬間スライムは潰れるんじゃないかというくらい平べったくなり、ぽよんとジャンプして跳び上がってその勢いで私の元に飛び込んできた。

咄嗟に抱き止めると、喜びを表すかのようにぽよんぽよんと弾んで分かりやすくはしゃいでいる。

「犬みたい……」

一連の様子を見ていた殿下はそう呟き、その通りだと思った私はつい笑ってしまった。

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