《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》心に小さな燈火を

「はぁ……。大変な目に合ったわ」

王妃様はそう言って深く息をつきながら薔薇の花びらが浮かぶ湯船の縁に頭を乗せた。

のままお湯に転落したのでドレスをいだついでと言うか何と言うか、結局私と一緒にお風呂にることになってしまったのだ。

「……申し訳ありませんでした。あまりにも自然なだったので、つい居る事を忘れてしまって……」

隠れている間のポチは本當に大人しくて、フィットが抜群すぎた。

そんなポチ本人は私達と一緒にお湯にってプカプカ浮いている。とても楽しそうだ。

私がお湯の中で膝を抱えて小さくなっていると、王妃様はふっと笑って目線をこちらに寄越した。

「面白いものを見せてくれたから良いのよ。人に懐いた魔獣なんて初めて見たわ。貴、本當に聖なのね。肖像畫の聖様にそっくりなだけあるわ」

王妃様は喋りながら腕をばし、指先でポチをつんつんして遊んでいる。

「恐れります……」

「何を畏まっているのよ。堂々としなさいよ。貴、何でもポンポン口に出す割に案外気持ちが小さいのね」

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うっ……。

言われてしまった……。

「そんな格だから陛下に大人しくしてろって言われて本當に大人しくしているのね。それだけ重要度の高い力を手にしておきながら人の言いなりになるなんて、世界の損失だと私は思うのだけど」

「世界の、損失……ですか?」

「そうよ。貴、これからもあのおじさんの言うことを聞いていくつもりなの?」

「え……と、そうするのが一番良いかしら、と思っているのですが……」

「どうして?」

「それが一番お世話になった皆様にご迷をお掛けしない方法かな、と思いまして」

「ふっ。護られる側の発想ね。ただのご令嬢ならそれでも良いけれど。……いい? 貴はもう、ただのお嬢様ではないの。このままでは政爭のネタにされるわよ。それもかなり厄介な。今はマーブル侯爵のきを探るために大人しくしていなさい、で済んでいるかも知れない。だけど似たような事は何度でも起きる。必ずね」

……王妃様は何をおっしゃりたいのだろう。

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お湯に顎まで浸かりながら王妃様の言葉に耳を傾ける。

「例えば、こっちは浄化しても良いけれどあっちは駄目、とかね。とにかく國の都合でかされるようになる。わたくしも貴が手中にあるのなら遠慮なくそういうふうに使うわ。貴や陛下の人柄なんて関係ない。この大いなる力を自分の思う通りに使えると思ったら自然とそうなっていくの。つまり、國のため、になってしまうのよね。世界のため、じゃなく」

「……はい」

しずつ理解してきた。王妃様がおっしゃりたい事。

きっと、力の使い方を人に委ねるな、と言いたいのだ。

思いのほかに突き刺さるものがあって、私は何も言えずに俯いた。

「人のために働く、と言うと聞こえは良いけれど、それって結局自分の意志が無いって事なのよね。人はそれを道と呼ぶのよ。使う側からすれば便利だけど、大きな力の持ち主にしては責任が欠けるとも言える」

「責任……」

自分に決定的に欠けているものを、指摘された。

「……まぁ、それはうちのセシルも同じなのだけどね。そうならないためには自分が何をしたいか、が大事だと思うのよ。――貴には何かしたい事はあって? 誰かのためとかではなくて、自分がしたい事」

「私ですか……。考えた事が、無かったです」

言われて気が付いた。

私は、お世話になった人達のために何かをしたい、と思ったことはあっても、自分が何をしたいのかは考えた事がなかった。

「そうでしょうね。いえ、分かるのよ、その気持ち。貴はまだ若いし、外の世界を知らないものね。マーブル家と修道院と、あとセシルの塔くらいしか知らない。それでは選択肢なんて無いに等しい。その中での最良の選択が“お世話になった人のために何かをしたい”なのは間違ってないと思うわ。むしろ正しい。でも――世界はもっと広いのよ。聖となった貴には、広い世界のほうが似合う。絶対に」

不思議だ。

王妃様と話していると、広い世界が目の前に広がっていくような気がしてくる。

自分でも存在に気付かなかったくらい小さな心の燈火が、この時確かに存在を主張し始めた。

私は王妃様に、権力から離れて自由に生きる事をけしかけられているのだと思う。

なぜ――?

「……王妃殿下は、なぜ私にそのようなお話をして下さるのですか?」

「――夢、かしらね」

「夢ですか」

「ええ。小さな頃読んだお伽噺でね、聖様のお話をたくさん読んだの。世界中の瘴気を浄化してみんなを助けてくれるのよ。憧れだったわ。私も啓示でその力に目覚めないかしらって思ってた。生憎まったく関係ないスキルだったけれど……。それでいざ実際に現れた聖様が、一國の都合で浄化をしたりしなかったりしたら興醒めもいいところじゃない?」

「そう……ですね。確かに」

「ふふ。わたくしはね、かった頃の自分を裏切りたくないのよ。世界は優しくて強くてしいと思って疑いもしなかった頃の自分に、いつかそんな世界を見せてあげたいの」

……なんて素敵な夢なのだろう。

優しくて強くてしい世界。

私も、そんな世界を見てみたい。

「――ときに貴、庶民の町を見たことはあって?」

「庶民の町ですか?……はい。修道院におりましたので、その周辺のみではありますが」

「そう。では比較的綺麗なところしか知らないのね。……明日、お忍び用の服を用意してあげるから外出してみて。行ってみてほしいところがあるのよ」

「町のほうですか?」

「町もだけど、一番見てほしいのはもっと先ね。しばかり危ない場所なのだけど……セシルを護衛につけるし、魔獣も付いている貴なら大丈夫でしょう」

「えっ!? 殿下が護衛!? ……そんな、とんでもない事でございます! もしも殿下に何かあったら」

「いいのよ。こんな理由でもなければあの無職は外に出ないのだから。良い機會だわ。あの子にも、人から聞いた話ではなく自分の目で見てもらいましょう」

……王妃様は私に何を見せようとしておられるのだろう。

話の流れから察するに、きっと荒廃した場所なのだと思うけれど。だとしたら確かに、今の私に必要な経験になる。

それが殿下にも必要な見聞だと王妃様がおっしゃるなら――、私は命に代えてでも殿下をお守りしよう。

戦うことになったら殿下のほうが明らかに強いけど、気持ちの問題として。

「……わかりました。その経験、有り難く頂戴いたします」

すると王妃様は微笑んだ。

「ええ。しっかり見てきてね、私の憧れの聖様。……さて、そろそろ上がりましょうか。これ以上っていたらのぼせそうだわ」

「はい」

上がり湯をかけ、ほかほかのに薄絹のバスローブを羽織らせてもらった。

――それにしても王妃様との付き合いなんて、なんて貴重な経験をさせてもらったのだろう。

あたたかいお風呂とお話を聞かせてもらったお禮……になるか分からないけれど、浴場の掃除をしていこう。

私の心が通じているのかポチも掃除に乗り気なようで、床の上でポンポン跳ねてはしゃいでいる。

……ポチの心が伝わってくる。

この子、水をる能力を持っているわ。當たり前な気もするけど。

水で遊びたくてうずうずしているみたいだ。

それなら、手伝ってもらいましょうかね。

バスローブの裾を太ももの位置で縛ってまとめ、袖をまくって、掃除用れから布切れを取り出した。

ポチの力によって、浴槽のお湯が空中に持ち上げてられていく。お湯は球になり、中で赤い薔薇の花びらがスノードームのように舞い踴った。

「……ねぇ貴、ちょっとこれ著てみなさいよ。わたくしが若い頃気にっていたドレスなのだけど」

布切れで浴槽を磨いていると、お部屋の方から王妃様の聲が響いてくる。

「えっ!? いえそんな、これ以上お世話になる訳には」

「だからそういうの要らないって言ってるじゃない。もう、面倒くさいわね。いいからこっちにいらっしゃいよ――……って、何これ」

浴場に戻ってきた王妃様は、宙に浮かぶ水球(薔薇り)に目をまん丸くして驚いていた。

「ポチの力です。水使いなんです、この子」

するとポチは丸いし縦長にして、得意げな表(?)をした。

すっごい背びしてる……。かわいい。

「そう……。思ったより強力なのね。確か、塔には風使いの魔獣もいるとか。……貴、聖というより魔獣の親玉と呼ばれるほうが合ってるんじゃないかしら」

「魔獣の親玉!?」

なんだかとても討伐されそうな呼び名だ。

それはちょっと遠慮させてほしいな、と思った。

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