《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》モラトリアム

ベネディクト王太子殿下は絵を見上げ、自嘲気味な笑みを浮かべて言った。

「それにしても、王太子という人のところには昔から悪意が集まるものなんですね。俺もそうですけど。――今でも兄上こそが王位にふさわしいと言う一派がいるんですよ。おしなべての気の多い輩なんですが」

それを聞いたセシル殿下は困ったような顔をした。

「ベニーには苦労を掛けて悪いと思ってるよ……。そいつらに“兄は寢てばかりいる怠け者だ”ってちゃんと言っとけ。俺なんかより、自分の役割に向き合って真面目に努力してるお前のほうが適任に決まってる。それは普通の人なら皆分かっている事だ」

陛下も頷いた。

「そうだ。お前も覚えているだろう、セシルが破壊スキルの持ち主になった時の事を。ろくでもない事を目論む輩が接しようとしてきたり、他國からは遠回しに國境の警備を厳重にするという容の通告が來たり。……セシルには悪い事をしたと思っているが、継承権を放棄してもらう他に無かったのだよ。王位を継ぐのはベネディクト、お前だ」

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王太子殿下はし俯き、弱々しく呟いた。

「……自信が、ありません」

「ベニー……」

セシル殿下は押し黙ってしまった。

陛下も難しい顔をしている。立派な後継ぎに長したと思っていた王太子の、思わぬ本音にれたのだ。

うかつな事を口に出來る空気ではなく、誰もが口を開けずに掛けるべき言葉を探す。

結局、陛下の「……お前はよくやっている」という言葉にベネディクト殿下は俯いたまま頷き、その場はおさまった。

その日の夜、塔の部屋に戻った私とセシル殿下は微妙な空気中の中で夕食を終え、集めた浄化石を眺めていた。

さまざまなが煌めいて綺麗だ。

この浄化石、ほとんどはベネディクト殿下の部屋から出てきたもの。いつまで浄化が持つのか分からないし、もしも再び瘴気にまみれたとしても対応が可能なように、という理由で私達預りになったのだ。

セシル殿下は膝に乗るランランを無意識にでながら、ふと思い付いたように言う。

「――そうだ。これで勲章を作ろう。いい? ステラ」

「勲章?」

「そう。この石と、何かここにある金屬を使ってさ。俺のスキルなら好きな形に加工できるだろ」

「それは分かりますが、なぜ勲章なんです?」

「だってベニーあいつ、頑張ってるからさ。目に見える形で褒めたほうがいいと思って。頑張ったで賞と偉いで賞を兼ねるものと言えば勲章だろ。――それに、裝飾にこの石を使えば実用的な意味でもきっと役に立つ」

「なるほど……」

お手製の勲章かぁ。

権威はともかく、この浄化石はに付ければ魔獣の力を使うことが出來る。何かあった時の切り札となり得るものだ。

――だけど、大丈夫なんだろうか。

陛下が慎重になっている理由を思うと、なかなかリスクがある事のような気がする……。

「役に立つとは思いますが、大丈夫なのでしょうか。……その、石の狀態がどのくらい安定するのか、とか」

「そこはステラの協力がしい。あの聖域を作り出した能力を貸してほしいんだけど――いいかな?」

「あぁ、そういう事ですか。分かりました。いいですよ」

私が浄化を発しながら磨いた場所は、浄化の力を得る。それは先日試した通りだ。発するのでむやみには使えないけれど、勲章の土臺や浄化石ならっていても良いと思う。多分。

浄化石を常に聖域の上に置いておけば、きっと陛下の心配している事態にはならないはず。

殿下はさっそく部屋中から目ぼしい金屬製品を集めだし、テーブルの上に次々と置いていく。

とは言っても袖口に使うカフリンクスばかりだ。あまり裝飾品の類はお持ちではない様子。

「このカフリンクスを土臺に使うのですか?」

「そう。この辺は純度が高いからね。……さて、これだけあれば足りるだろ。じゃあステラ、今からこれを再構築で形にするから、それを磨いて聖域化してほしい」

「はい、了解です」

まずは金のカフリンクスが々になってテーブルに広がり、より集まって再び形になっていく。

私はその様子を眺めながら、殿下の心の――重責を押し付けた形になった弟に対する、兄としての気持ちを推し量る。

きっと、力になりたいと思っているのだ。

ただ、表舞臺に出れば弟殿下のこれまでの努力に水を差しかねない。“無能”でいることが一番弟殿下のためになる立場のお方。

ふと、これまで“無能”を貫いてきたこの方は、してみたい事はなかったのだろうかと思った。

私が日中に王妃様から訊かれたことだ。

誰かのためではなく、自分のしたい事。

金の塊が、殿下の手の中で形を変えていくのを眺めながら訊ねてみる。

「……殿下は、何かしたい事はありますか」

「したい事? ……どうした? 急に」

「私も王妃様に訊かれたのです。人のためとかではなくて、自分がしたい事はないのか、と」

「あー、なるほど。それであの人は明日俺とステラで外出して來いなんて言い出したのか。……そういう意味での“したい事”なら――そうだな……。俺は、ベニーの邪魔にならなければ何だって良いかな」

邪魔にならないように――。

そういうところは私とあまり変わらない考えをお持ちなのね。さすが、引きこもっていただけあるわ。

頷いていると、殿下は輝く星の形になった金のプレートを差し出してきた。私はそれをけ取り、浄化を発しながら手れ用の布で磨く。

「……ところで、どうして星の形なんですか?」

「俺が生まれた時の話なんだけどさ。……この形が、俺を表す紋章に決められたんだって」

「えっ、殿下の……!?」

思っていた以上に取り扱い注意の形だった。

自分に正式に與えられた形の勲章を贈る――。

界のことはよく分からないけれど、それって結構意味深なんじゃ……!?

「まぁ、ほとんど使われないし、何と言っても俺のお手製だからさ。弟を褒める以上の意味なんて無いよ。俺を王位に置きたいやつらにはし牽制になるかなってくらいで」

「じゅうぶん意味深だと思いますが……」

「どんな意図があっても、父上が與えるものじゃなければただのオモチャでしかない。公式な場では付けられないけど、お守り代わりにはなるかな。……それより聞いてしいんだけどさ。星って古い言葉でステラって言うだろ?」

「はい。それがどうかなさいましたか?」

「俺の紋章がステラって、そっちのほうが意味深じゃない?」

「それはただの偶然ですね」

殿下には、意味ありげな事を言って人を揺させるのをやめて頂きたい。

これでも毎回けっこう驚いているんですからね。

「……ずっと思ってたけど、君にはロマンが足りないんじゃないか?」

「殿下が乙すぎるんです」

浄化の力を得たプレートを渡すと、スライムのポチが待ち構えていたようにぴょんと跳び跳ねて殿下の手の上に乗った。

「ちょっ……。ポチ、邪魔」

ポチは聖域化したプレートの上に陣取って力したように平べったくなり、気持ち良さそうにくつろぎ始めた。

どうやら聖獣は聖域が好きなようだ。

殿下は浄化石をセットする作業が進められずに困り顔を浮かべていて、私は思わず笑ってしまった。

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