《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》二人の第一歩
その様子を見て陛下は大真面目な顔をした。
「そうであろう。こちらとしてもお前をマーブル家にくれてやる訳にはいかないのだが、あちらはかなり本気らしくてな。
毎日ご機嫌伺いと稱しては私に謁見を申し込んで來る。年を重ねるごとにこういううさんくさい縁談が多くなってくるのだから早く結婚を決めろと言うつもりでいたのだが、すぐに決めてくれて良かった」
陛下は穏やかに笑い、椅子の側に立つ私と殿下を見上げてくる。
……本當に私は殿下と婚約したんだろうか。
実の無いまま隣を見上げると、殿下は妙に優しげな顔で微笑んできた。
かっと頬が熱くなった。駄目。これは駄目なやつよ。この婚約はあくまでも戦略のひとつ。勘違いしてはいけない。
「――なので、そろそろ私達も攻めの姿勢にろう。順番としてはまずステラ嬢の鑑定、それとセシルの公爵位の準備だな。これは急ぎで進めなければ」
ランランを抱っこしながら陛下は続けた。
「――セシルが家を興したとなれば大の者は婚約が定したものとけ止めるだろう。それと並行して聖の存在を社界に匂わせれば、マーブル侯爵は相當に焦るはず。
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その揺を利用して事聴取を行う。おそらく噓と真実を織りぜた事をペラペラと喋るはずだから、その容とこちらの調査結果を照らし合わせて――正式な処罰を下そう。
……やる事は山積みだが、そうだな。まずはランランちゃんを聖獣として王宮に住まわせるところから始めたい。良いかな?」
ランランの影に隠れてしまって陛下が見えないのだけど、きっと真面目な顔をしていらっしゃるはず。
昨日相談した件の答えをここで出してきて下さった。近い將來この部屋では飼えなくなりそうなランランを、王宮で。
「願ってもないことでございます。広い空間で過ごすほうがランランにとっても良い環境だと思いますので」
「ピィ!」
本人(?)も乗り気のようだ。羽をばさばさして喜んでいる。
「ランランちゃん! これからはじぃじと一緒に暮らしまちょうね~! そうだ、新しく宮を建てまちょうか。ランランちゃんの広いおうちでちゅよー!」
いつもの陛下だ。なんとなくホッとしていたら橫から殿下が聲を上げた。
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「父上。ステラも。ひとつ話しておきたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「かまわんでちゅよ。言ってみなさい」
陛下、たまに切り替えに失敗するのよね……。
殿下のお話って何かしら。ちゃんと聞かないと。
姿勢を正し、殿下がテーブルの上でくつろいで溶けているポチを持ち上げるのを見る。
「まずはこれをご覧下さい」
ポチの下にあったのは、先日作った(ご本人いわく)オモチャの勲章。
殿下を表す星の形の、浄化石と聖域を組み合わせたお品だ。
この上にポチが乗ると聖域のと浄化石の鮮やかながポチのの中で反してとても綺麗なステンドグラスのランプみたいになってかに重寶しているのだけどそれは余談。
浄化石の様子を見るためにまだ王太子殿下へは渡しておらず、手元に置いてあったものになる。
それから殿下は懐に手をれ、もう一つ。ハンカチに包まれた――浄化石よりもしくすんだの、いくつかの石を取り出した。
瘴気がし混じっているようだ。陛下はランランのの橫から顔を出し、訝しげに勲章とその隣に並んだくすみのある石を眺める。
「……これらはどうしたのだ?」
「この勲章はベニーに渡そうと思って作ったんですよ。いざという時のお守り代わりになるかなと思って。――で、こっちの濁った石は先日ステラが浄化した石達です。勲章を作った時の殘りなのですが」
「なんと……。あんなに鮮やかでき通っていた石がもうこんなに濁ってしまったのか」
「そのようです。一方で、勲章に使った石は今でも澄んだのまま。これは土臺をステラが磨いて聖域にしたからだと思います。
……ですが、濁る早さは違うけど聖域もしずつ輝きが薄れて來ているじがしています。これは勲章ではなく外の置で作った聖域の話なのですが」
「置に聖域を? ……何をしているのだ、お前たちは」
「まぁ、それは良いじゃないですか」
「待って下さい、殿下。置の聖域、薄れていたのですか?」
「そう。どうなってるかな―と思ってたまに様子を見に行ってたんだ。筋トレのついでに」
「まぁ……!」
ここのところ殿下はちょくちょく力作りと言っては塔の外に出ていた。
健康になって良かったと思っていたら置の確認もしていたなんて。意外とマメなところがあるのね。
私が嘆の聲を上げる橫で殿下は話を続ける。
「とにかく、この石がの核になっている聖獣――ランラン達も実は同じようにしずつ濁っていっているのではないかと思ったのです。つまり、時間が経つごとに再び魔獣化するおそれが」
「ランランちゃんは渡さないぞ!? ポチも!」
「分かってますって。ただそういう危険があるのではないかという話です。で、浄化石と聖獣と聖域。いずれも時間の経過と共に元に戻っていくものと仮定しましょう。
その上で、この勲章ですが。ポチもランランも、この上に乗るのが妙に好きなんですよね。何か意味があるのかと思って観察していたのですが、他の浄化石がしずつ濁っていく中でこの勲章の浄化石だけは変わらずに清浄な姿を保ち続けた。
そして土臺の聖域も、置のと違って輝きが薄れたりしていない。何故なのか――。俺は、聖域と聖獣はお互いに不完全なところを補い合っているのではないかと考えています」
「ふむ……。それで? その話の結論は?」
そう言いながら陛下の目はこちらを向いた。きっと、殿下が何を言おうとしているのか分かったのだ。もちろん私も――。
「はい。聖獣と聖域は一対でなければならない。そう考えています。だとしたら……ランランが過ごす場所には聖域が必要だ。ステラには、王宮に聖域を作ってもらわないといけなくなる」
殿下の視線も私に向く。
「……だそうだ。ステラ嬢、頼めるか?」
「もちろんでございます」
王宮の掃除よね。腕が鳴るわ。
力を込めて頷く。すると陛下はしみじみと呟いた。
「とうとう聖ステラがき始めるのか……。私も気合いをれねばならんな。忙しくなりそうだ。……どれ、私はいったん戻ってランランちゃんの宮の建設計畫を立てようかな」
「それ、俺が建てましょうか?」
「……お前、本當に便利だな。……そうだな。考えておく。ああ、ステラ嬢の鑑定の件も手配しておくからな。明日にはけられると思う。……準備をしておきなさい」
「……はい」
陛下がおっしゃる準備とは、心の準備のことだ。
私はお母様を信じることにしたけれど、こればかりはむ結果が與えられるとは限らない。
……もしも本當にお父様とが繋がっていなかったとしたら――私はどうしたら良いのだろう。
塔から出て行く陛下を見送ったあともけずに扉を眺めていたら、肩にポンと手が置かれた。
「大丈夫だよ、ステラ」
「……はい」
その時ふと気付いた。私、このお方と婚約したんだった。
二人きりになって急に婚約の話が現実味を帯びてくる。
どうしよう。どうしたらいいの?
「………あの、殿下は本當に私と婚約してよろしかったのですか? いくら政略といっても、このような訳ありの」
「訳あり? なんの? 君は君だろ。俺は、君だから“いいよ”と言ったんだ。政略的な事なんて関係ない。……むしろ、君の方こそ……俺で良かったのか?」
見上げると、いつになく心細いような表の殿下がいて。
「どうして……そのような事をおっしゃるのですか?」
私は、このお方にそんな顔をさせたくない。
「貴方は素晴らしいお方です。……本當に、そう思います。幸せになってほしいと――心から願っています」
だからこそ私で良いのかなと思う。瘴気を払う事は出來るけど、私に出來ることはそれだけだ。
殿下は私の手を取った。
「俺も、君には幸せになってほしいと思っている。俺はこう見えて結構だらしないところがあるから、苦労はかけるかもしれないけど」
「こう見えて……?」
見たまんまのだらしなさだけど……。
いや、でもそれは最初の印象を今も引きずっているだけかもしれない。今の殿下はなりがちゃんとしているし、筋トレもしているし、案外マメなところもある。
だらしなくしていたのは弟殿下を引き立たてるためで、このお方の全てではなかったのだ。
殿下は笑って言った。
「君が訳あり令嬢だって言うなら俺だってそうだ。第一王子のくせに王宮にも社界にも居場所なんて無かった。
いつもどうやって時間を潰そうか、そればかり考えて暮らしていたんだ。寢て起きてちょっと遊ぶだけの毎日を、君が終わらせてくれた」
そしてふと真剣な目つきになり、続ける。
「君が來る前の生活も決して悪くは無かったよ。でも、今のほうがずっと良い。
君は気付いていなかっただろうけど、君が初めて笑った時から俺はどうすればまたあの顔を見られるのかなって、そればかり考えるようになったんだ。
そして夜が來るたびに、君と會って話ができる朝を心待ちにするようになっていた。
だから……いつかちゃんと言おうと思っていたんだ。――俺と、結婚して下さいって」
手の甲に軽く口付けをされて、あまりに突然の正統派王子様っぽさにびっくりしてけなくなってしまった。
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