《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》聖域で薬草を育てよう
気の毒になった私はそれとなく間に割ってり、お茶菓子を勧めた。
「あの、せっかくですからお菓子を頂きましょうか。これは……何かしら? いい香りですね」
「あら。ステラ様、フィナンシェを見るのは初めてですの?」
「はい。フィナンシェ……というのですか。初めてです。綺麗ですね。この、インゴット……と言いましたか? あの形に似ておりますね」
するとケリー様はなんだか可哀相なものを見る目で見てきた。
何も言わずにご自分の目の前にある焼き菓子の小皿をそっと私のほうに寄せてくる。
「え……、ケリー様。私の分、ちゃんとありますよ? 分けて頂かなくても」
「いいえ。私、先ほど自宅で食べて來たのでお腹がいっぱいなのです。どうぞ」
「ああ、そういえばわたくしもついさっき自室でお茶を頂いてきたばかりだったわ。ステラ、わたくしの分もおあがりなさい」
王妃様まで私の前にお茶菓子の小皿を寄せて來る。
ほ、本當に頂いて良いのだろうか……。
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勧めたはずがいつの間にか勧められている形になったお菓子を前に、私は葛藤した。
だってこのフィナンシェ、とても良い匂いがするんだもの。食べてみたい……。
「バターとアーモンドプードル、それにお砂糖たっぷりのお菓子ですのよ」
ケリー様が追い打ちをかけてくる。思い切って一口食べてみると、口の中いっぱいにふわぁっと甘みと香りが広がった。
――なにこれ!? 幸せの味がする!
あまりの味しさにほっぺたが落ちそうになった。
ほっぺたが落ちるなんて表現、本では読んだことがあるけれど本當にそんな覚があるなんて!
しながら頬に手を當てると、殿下が橫からスッとお茶を差し出してくださった。
ありがたく頂いて飲むと今度はお茶の味まで化けたようにじて、思わず目を見張ってしまう。
「な、なんですかこの組み合わせは……最高じゃないですか」
すると、クスクスと笑いが広がった。
「初めてのものに対する反応でしか補えない心の栄養素ってありますわよね、王妃様」
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「ええ、全くその通りね」
ふと橫を見ると、殿下まで笑っておられた。なんだか恥ずかしくなって、靜かにカップをけ皿に戻す。
ケリー様は笑いながら言った。
「私、今度カスタードパイでも作って來ようかしら。ステラ様に食べさせるために」
「えっ!? ケリー様、お菓子作れるんですか!?」
「ええ。お菓子というか、お料理ですね。好きなんです、材料を切ったり磨り潰したり、混ぜ合わせる事で全く別のものに生まれ変わるのが」
あまりの完璧レディっぷりにただただ嘆息するばかり。
綺麗で優しくて製薬の知識もあって、お料理まで得意だなんて。
「世の中にはここまで完璧ながいらっしゃるものですのね……」
「なにをおっしゃるんですか。料理とお薬って突き詰めれば同じようなものですのよ? これはただの趣味です。……でも、最近は材料不足で以前ほど試行錯誤が出來なくなって來ましたわね」
「材料不足?」
「はい。瘴気が濃くなって來ていますでしょう? 作の育ちが悪いのは元からなのですが、特に最近は強い魔獣も出るようになっているようで。畑仕事にも支障が出ていると聞いております」
「まぁ……! えっ、ちょっと待って下さい。それなら私が先ほど頂いたポーションって」
「割合貴重なものでしたわね。ですが陛下と王妃様より直々にお願いされたとなれば、一本融通するくらいどうって事ありませんわ。お気になさらずとも大丈夫です」
「そういう訳には參りません!」
ただの打ちにそんな貴重なものを使ってしまっていたなんて!
あまりの事にが震える。
「だって、あの時は死んじゃったかと思ったんだもの」
王妃様のお言葉にケリー様は返した。
「死んでしまったらポーションは効きませんよ? 王妃様もご存じではありませんか」
「そうだけど。使いを出した時はちょっとパニックになっててね。死んでても急げば間に合うんじゃないかしらって思ったのよ」
「そんな無茶な」
お二人とも普通にお話しているけれど、私は罪悪でいっぱいだ。勢い余って小テーブルにを乗り出す。
「ど、どうしたら貴重なポーションを使ってしまったお詫びが出來ますか!? じ、浄化を頑張れば良いでしょうか!」
「して下さるんですか!?」
「はいっ!」
ケリー様もを乗り出して來た。私達は無意識に手を取り合い、顔が近すぎるのに同時に頷いて、額をゴツッとぶつけて王妃様に呆れられていた。
♢♢♢
「――では、始めます」
「はいっ! お願いします! 頑張って下さい!」
大広間の真ん中に立つ私に、し離れたところにいるケリー様から聲援が飛んで來た。
浄化という言葉に目を輝かせたケリー様に、今ここで実際にスキルを見せる事になったのだ。
力ならポーションで回復しているので問題ない。さっきまでやっていた大広間を聖域化する仕事の続きを、今ここで。
モップを手にして大広間の床を拭き始める。レベルが上がったおかげでモップ本よりも広い範囲、私の腕を広げたくらいの範囲が、一気に聖域化してくれた。
「まぁ……!」
ケリー様の聲が聞こえる。
「あれが浄化のですのね……! です。それに、ステラ様が磨いた辺りが……まるで鏡のように輝いておりますわ」
「そうなのよ。あの娘の浄化ってちょっと特殊なの。汚れも落ちるのよ」
「浄化ってそういう意味の浄化だったんですの? 思ってたのとちょっと違いましたわ。……でも便利ですわね」
王妃様と會話している容が聞こえてくる。
ですよね。想像していた浄化ってこういうのじゃなかったですよね。私もそう思います。
まぁ、実際掃除スキルとの組み合わせなんですけどね!
みるみる綺麗になっていく床を見ているに段々とハイになっていった私はポーションによる力回復のおかげもあり、大広間の床を全て聖域化する事に功した。
今度は倒れなかった。でも疲れた……!
床の上でポチが嬉しそうに平べったく溶けているのを橫目に、モップを杖代わりにして寄りかかる。
「凄いですわ! なんて息のしやすい空間なのかしら! 私達、本當に普段から瘴気にまみれて生きていたんですのね」
「そうね。浄化された空間に立ってみると改めて分かるわよね」
頷き合うケリー様と王妃様の間をって、殿下が歩み寄ってくる。
「ねぇ、大丈夫?」
「は、はい……」
手を差し出してくれたので、有り難く摑まり背筋を真っ直ぐにして立った。
でも心臓が破れそうなくらいどきどきしている。これは本當に力作りが必要だわ……。
「殿下。付き合って下さいませんか……?」
「えっ!? そこから!? 急にどうしたの」
「何から始めたら良いのか分からないので。ご一緒して頂けると有難いです」
「ああ……。そうだね。実は俺もなんだ。俺達は何から始めたらいいかな。まずは初心者らしく、換日記とかどうだろう」
「換日記?」
それって、力作りにどんな効果が……?
でも、私より一足先に筋トレを始めた殿下のおっしゃる事だ。何かしらの効果があるのだろう。
きっと、実行したトレーニング容の記録をお互いに見せ合う事で意を高めたりするんだわ。
「かしこまりました。では今夜から始めましょう」
張した面持ちで頷く殿下。
こちらまで張してくる。
ちゃんと、人に見せて恥ずかしくないようなメニューを考えなければ。
「ねぇ、ステラ。セシルも。ちょいと相談なのだけど、いいかしら」
王妃様が話しかけてきた。
「はい。なんでしょうか」
「あのね、ご存じの通りケリーは薬の調合が得意なのだけど。長年積もり積もってきた瘴気の影響で薬草が上手く育たないんですって。ポーションが貴重なのはそのせいなのよ。だから――貴、ちょっと薬草畑を聖域化してくれないかしら」
「母上……。お使いを頼むんじゃないんですから」
「ふっ。言ったじゃない。聖がわたくしの手元にあるのなら遠慮なく使うわよって」
「それにしてもですよ。ステラは今これだけの広さの聖域を作ったばかりなのですから、あまり負擔を掛けないで下さい」
殿下が私を守ろうとして下さっている……?
王妃様のご依頼に応えるのは全く構わないのだけど、殿下のお心遣いが嬉しい。
そうだ、換日記にお禮を書こう。
本來の目的とはちょっと違うけどしくらいなら線してもいいよね。
「殿下。私は大丈夫です。あとしなら頑張ればいけそうです」
「えー……。本當に?」
「はい。ただの打ちに貴重なポーションを使ってしまったのも申し訳なかったですし。是非やらせて下さい。」
という訳で、王宮の裏――ランランの家を建てる予定地の辺りにちょっとした畑を作ってみようという事になった。
だって聖域は聖獣がいないとしずつ力を失っていくかもしれないという話だったから。
ケリー様のお家にも薬草畑はあるけれど、王宮の敷地の方が何かと都合が良いだろうという事で。皆で移し、陛下とランランの居る裏庭へと向かう。
陛下はランランを肩に乗せ、手を後ろ手に組み威厳たっぷりに大木を見上げていた。
陛下に近付くにつれて空気が重苦しくなってくる。
「陛下」
遠くから王妃様が聲をかける。すると陛下はゆっくりと振り向かれ、同時に辺りから重く苦しい空気がぱっと消えた。
どうやらスキルを使っていたようだ。
「おや。なんだ、皆で來たのか」
「ええ。こちらに聖域と薬草畑を作ろうというお話になりまして」
「なるほど。いいだろう。許可する」
キリっとした表の陛下。やっぱり今日は陛下が陛下らしい気がする。
「ところで、父上はこちらで何をされていたんです?」
殿下が訊ねた。
「うむ。ランランと鷹匠ごっこをして遊ぼうと思ったのだがね。どうもあの大木の辺りに何かいる気がして……。ランランと一緒に睨めっこしていたのだよ」
「睨めっこ……?」
どっちにしても遊んでいたという事かしら。
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