《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》ダイナミック外出

子どもじゃ! ないっ!

「そうなんだよ。俺の弟なんだ。放してやってくれないか? えーっと……あっ、そうだ! 思い出した! お前、カイルだろ! 氷使いのカイル!」

殿下が名前を出した瞬間、首っこを摑む手が緩んだ。

カイル様……。それがこの方の名前なのね。

「確かにそうだが……次期宰相のこの私を呼び捨てるなど隨分度のある奴だな。見かけない顔だが……どこの家の兄弟だ?」

「ここ」

「ここ?」

床を指差す殿下の足元を見て、小さく首を傾げる。

「ここは王宮だぞ。この家のご兄弟なら私はよく知って……いや、お一人だけ極たまにしか見かけない方はいるが、そのお方は滅多に塔から出て來ないし――最近出歩く姿を見かけるようになったと聞いてはいるが、私はまだ……あ、あれっ。も、もしかして、貴方様は」

その時カイル様の後ろからベネディクト王太子殿下の聲がした。

「おい、カイル。何してるんだ。急にいなくなるなよ――っと、兄上達じゃないですか。これから外出ですか?」

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「兄上達……!? じ、じゃあやっぱりセシル殿下……!?」

カイル様が小聲で呟く。その聲が聞こえていない様子の殿下は、ベネディクト王太子殿下と普通に話し始めた。

「そう。出ゲームしようと思ってたんだけど、失敗だな」

「そりゃあ廊下から出ようとすれば見付かりますよ。せめて窓からじゃないと」

「でも婚約者にそんな事させられないじゃん」

「こ、婚約者……!?」

カイル様が限界を迎えている人っぽい聲を出した。

「弟で、婚約者だと……!? 私の知らないところで何が起きているんだ……!?」

あっ。大事なところの誤解が解けていない。

「あの、私」

「すみませんでしたぁっ!!」

説明する前にカイル様は床に片膝をつき大聲で謝罪をした。

「複雑な事がおありのようなので今は何も聞きません! いずれ陛下からのご説明があると思いますのでその時を待ちます! どうぞ! 行ってらっしゃいませ!」

「そ、そう? ……じゃあ、行こうか。騒がしくなる前に」

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「もう十分騒がしい気がしますけど……」

殿下がさりげなく私の腰に手を回した時、カイル様は目を真ん丸に剝いた。

どう見ても誤解したままだ。

「殿下、説明をしておいた方が良いのではありませんか?」

顔を寄せ、こそっと伝えるとあちらもこそっと返して來る。

「いや、いいよ。氷使いのカイルと言えばベニーの側近かつ筋重視の権威主義者で有名だ。ほっといても大丈夫」

「何が大丈夫なんです……!?」

腰を押されて進むしかない狀況で歩きながらチラッと後ろを見ると、床に片膝をついたまま呆然とした表を浮かべるカイル様と、にこやかに片手を上げて私達を見送って下さるベネディクト王太子殿下と目が合った。

……そうね。必要があれば王太子殿下が説明して下さるわよね。きっと。

納得して、殿下が廊下の突き當りの壁を破壊して開けたからダイナミックに外に出た。

ここは裏庭だ。

何事も無かったかのように再構築されていく壁を背後に、城壁にいくつかあるという隠し扉を探す。

「どこに扉があるのか全く分かりませんね……」

「そうなんだよ。見ただけじゃ分からないよな。作った人は本當に凄いと思うよ。――見て。このなんの変哲も無い壁石を押すとしへこむだろ。この狀態で重をかけると」

ゴゴゴゴゴ、と音を立てて人が一人くぐれるくらいの範囲の城壁がいた。

びっくりした。回転扉だ。

半回転した城壁の中は小さな武庫で、弓や剣などが所狹しと置かれている。

「城壁の中ってこうなっていたんですか……! 通路があるなぁとは思っていたのですが、武庫まで」

「戦の時は城壁が最後の防衛線になるからね。兵が詰めるところには武庫があるものだよ」

「へぇ~……。ここから外に出られるようになってるんですね。守りの面では大丈夫なんですか?」

「外からは開かないようになってる。隠し扉をかせるのは側だけ。ちなみにここの武は全部廃棄品だから使えないよ」

「え、そうなんですか?」

本當だ。よく見ると矢じりが無かったりヒビがったりしているものばかり。

「いくら隠し扉とは言っても外と繋がる場所に普通の武庫を置くと簡単に橫流し出來ちゃうからさ。壊れて鋳つぶす前のをここに置いてるんだって。で、もし持ち出す奴がいたら大抵は町の鍛冶場に持ち込むだろ。町の鍛冶場にはこっそり王家が管轄してるところがいくつかあるから、そこから盜人行為がバレるって訳。隠し扉を探り出すような間者もそこからバレたりする事がたまにある」

「はぁ……。凄いですね」

裏庭の跳ね橋も罠だと言うし、王家の人達ってを守るのが大変なのね……。

殿下は武庫の一角の壁石を押して、再び隠し扉を開いた。今度は裏庭に繋がる扉じゃなく、外の方へと繋がる扉だ。

庫の中から臨む城壁の外。近くには建が無く、小さな森が広がっている。

「ここから出るんだ。行こう」

「はい」

ものすごくワクワクした顔の殿下と共に隠し扉をくぐり、森の中へと出る。

木立の向こうには賑やかな街並みと大勢の人が生を営む気配がした。

「いやー、町に出るのは本當に久しぶりだなぁ」

早速雑踏に紛れ込んだ私達は道端に並ぶ野菜や果で彩りかなマルシェを眺めながら歩いた。

「どのくらいぶりなんですか?」

「大十年くらいかな。歩くのもしんどい時期が長かったからさ」

「大変でしたね……。これからは健康に生きましょうね」

「そうだね。ステラが隣に居てくれたら、俺、何だって出來る気がする」

栄です。殿下に寄って來る瘴気は全て私が取り除きますからね。頼りにしていて下さい!」

「あー……そういう意味でも確かにそうなんだけど……。もっとこう、面の話でもあるかな」

面ですか」

「うん。……あ、馬車が通るね。ちょっと端に寄ろう」

道の端に寄った私達の前を貴族の立派な馬車が通り抜ける。なんだか見覚えのある紋章が付いた馬車だ。

――って、あれマーブル家の紋章じゃない! もしかしてお父様が乗っているの!?

「……ステラ、大丈夫?」

心配そうな殿下の聲。殿下もあれがマーブル家の馬車だと気付いたようだ。

「はい。……意外なくらい平常心です」

これ、本當。マーブル家で暮らしていた時はお父様の気配をじるだけで悸が激しくなったものだけど、今は全然。

あの憎悪のこもった目の理由が分かって、しかもそれがただの思い込みだったと知った今、お父様への恐怖心は完全に消え去った。鑑定のおかげだ。

馬車は王宮に向かって走って行き、やがて視界から消える。

「……良かった。あぁそうだ。さっきちょっと思ったんだけどさ。ここでは殿下って言わない方向で考えないか? 一応お忍びな訳だし」

「そうですね。……じゃあどうしましょうか。えぇと……お兄ちゃん?」

すると殿下は額を押さえて「そっちかぁー……」と言った。

「いや……悪くないな。今だけの事だと思うと余計に貴重な気がする。うん、ステラ。今日はそれで行こう!」

弟殿下との思い出が余程大事なようだ。代わりになるつもりは無いけれど、今だけお兄ちゃんと呼ぶくらいならまあいいかなと思う。

「はい。お兄ちゃん」

「いいねー! なんだか異様に元気が出るよ。ステラ、今日はお兄ちゃんが何でも買ってやるからな。しいものがあったら言いなさい」

「いえ、自分で買いますよ。っていうか、お兄ちゃんはお金を持ってるんですか?」

「失禮だな! うなるほどあるっての。俺達には裁を保つための支度金がですね、有り難い事に毎月出るんですけど――実はお兄ちゃんは一度も使った事が無いんです」

「悲しすぎます」

「そう……だから十年くらい貯め込んだ支度金をね……今日は町の人達に還元するつもりでパーッと使っちゃおうと思ってる。あ、何を買ってもいいけど、なるべくお店の人が良いじのところで頼むよ」

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