《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》お買いデート
「良いじのところ?」
「そう。例えば子沢山のお母さんがヨレヨレになりながら店番してる店とか、寂しそうなお婆さんが日向ぼっこしながら貓と會話してるような店とか」
「シチュエーションの癖が強いですね。……見付けられるかしら」
良いじのお店というか応援したくなるお店って事よね、それって。
「きっとある。……あ、ほら! あそことか」
殿下が指差した方向を見ると、まさに今話していたような、背中の丸まったお婆さんが一人で軒先に置いた椅子に腰掛けて貓をでている真っ最中の場面に出會う。
一階が開け放たれていて、奧行のある建の作りからしてきっと住宅兼店舗。古びた店舗の中には何やら布が山積みされている。
「噓みたい……。こんなにそのままなお店がすぐに見付かるなんて」
「俺もそう思ってる……。これは客になるしかないな! 突撃するぞ、ステラ!」
「はい!」
「すみませーん、ここは何のお店なんですか?」
殿下がお婆さんに話しかけると、お婆さんはゆっくりと顔を上げて「布団だよ」と言った。
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“しまった――”という殿下の心の聲が聞こえたような気がした。
予想外の大が登場してしまった。
……どうしよう。お布団、買っても困るわよね……。持って歩けないし、きっと王宮には十分すぎるほど在庫があるし。
勢いのまま買いをしようとした世間知らずが二人、お婆さんの前で想笑いを浮かべる。
「そっかー……。洋品店だと思っちゃったな……はは……。お姉さん、一枚下さい」
「買うんですか!?」
「だって必要だろ!? 布団! 無かったらどうやって寢るんだよ!」
「そりゃ無かったら困りますけど! どうするんですか!? 持ち運ぶんですか!?」
「そうするしかない……! これも無駄に金を貯め込んでしまった人間が行うべき罪滅ぼしだ。……お姉さん、これ……取っといてくれよ。お釣りはいらないから」
そう言って小金貨を一枚手渡す殿下。お婆さんは目を丸くして手のひらを覗き込む。
「兄さん! こんなにいらないよ! うちの布団はせいぜい大銅貨三枚だよ」
「いや、いいんだ。これで味しいものでも食べてくれ」
ほとんど寄付みたいな買いになってしまったけれど、町にお金を回したいという気持ちはじるだけに止める事が出來ない。
紐でくくられた布団をよいしょ、と背負い込む殿下を複雑な気持ちで眺める。
「兄さん、大丈夫かい? フラフラしてるけど」
「大丈夫だよ。ありがとう、お姉さん……。俺、この布団で良い夢見るよ」
「そうかい……。良い男だねぇアンタ! お姉さん、気にっちゃったよ! また來ておくれ」
「はーい」
フラフラしながらお店から離れると、見回り中と思わしき騎士と目が合った。
その瞬間彼は噴き出して、同僚の騎士と何やらこそこそ話して敬禮を取る。きっと殿下の顔を知っている騎士だったのだろう。敬禮しながらも口元が笑ってしまうのを抑えきれないようだ。
殿下は気付かず、前のめりで地面を見ながらふぅふぅと歩く。
「あーあ……。ステラに用のお忍び服を仕立ててもらおうと思ったんだけどなぁ。なんで布団を買っちゃってるんだろう」
「本當に……どうしてでしょうね」
……ん? 私に用のお忍び服を……? 殿下、私に服を買い與えるつもりでお布団を買ってしまったの……!?
不覚にもがきゅんとしてしまった。お忍び用の服って言葉には、これからも一緒に外出しようって意味が含まれている訳で。そのお気持ちがとても嬉しい。
――こうしてはいられない。私がそのお布団を背負わなければ。
「殿……じゃなくってお兄ちゃん! そのお布団、私が持ちます!」
「え!? いやいいよ。結構重いし」
「だからこそですよ! お忘れですか? 私にはを鍛える必要があるんですからね」
「そうだけど! こんな狀況を筋トレに利用しようとするなよ! これ、多分中は綿だぞ!? 俺達が知っているような羽とは重量が違う」
頑なに渡してくれない殿下に焦れた気持ちで、右側に回ったり左側から覗き込んだり周囲をちょろちょろ歩き回る。
「あの……本當に弟みたいなきをするのはやめて……気が散る」
聲と表に余裕が無い。
本當に重いんだわ……。
「あの、し休憩しましょう? あそこにお茶屋さんがあります。店で飲む事も出來るようです」
「よし行こう」
早くも休憩時間を取る事にした私達は、近くにあった可らしい店構えの紅茶屋さんにってみた。
中にってみるとの子がたくさんいて、紅茶の他にもクッキー等の焼き菓子やぬいぐるみ、小さな日記帳の雑貨なども商品として並んでいる。
殿下は紅茶を二人分とミルク、可らしいクッキーを四枚注文した。
紅茶が出てくるのを待っている間、私はこっそり日記帳を購してベストのポケットにしまい込む。
これ、換日記に使うんだ。
注文した紅茶をけ取り屋外に設置された席に座ると、その瞬間殿下は背中からお布団を下ろして丸く小さなテーブルに突っ伏した。
「はぁぁぁー! 疲れたー! 今からこんな調子で大丈夫かな」
「本當ですね」
何しろ私達はまだ王宮を出たばかりなのだ。
実は今日、せっかくなのでし足をばしてシスターメアリーの居る教會にも行きたいなぁ……と思っていたけど、この調子では厳しいかも。
「……と、とにかく、疲れた時には甘いが良いと聞きますよ。クッキー、どうぞ。召し上がって下さい」
「ん」
テーブルに突っ伏したまま顔を橫に向けた殿下はパカッと口を開けた。そのまま數秒が過ぎる。
「……?」
首を傾げていたら「ステラが食べさせてくれるんじゃないの?」と言われた。
「わ、わわわ私がですか!? 殿下のお口に!?」
「こら。お兄ちゃん、だろ。……どう考えてもそれ以外ないシチュエーションじゃないか。お兄ちゃんはもう肩から下が疲れて指一本かせません。口に運んで貰わないと食べられないんです」
そう言って再び口をパカッと開ける。どうしよう! アーンって食べさせるなんて、そんな小説みたいな事、私に出來るのかしら……!?
……いいや、やるしかないわね。私は殿下を幸せにするって決めたんだもの。幸せにするという事はきっと貴方を大切に思っていると伝える事でもある。
無斷でいなくなっても誰も心配なんかしないと仰ったり、ご自分の事をゴミだと思っている節のある殿下に“そんな事は決して無い”のだと伝えなければ。
「……分かりました。やりましょう」
おそるおそる小皿からクッキーを一枚取って、殿下の口元に運ぶ。口元へと注いでいた視線をふと上にずらすと綺麗な青い瞳と目が合って、その目がふっとらかく笑った。――その時、何かがストンと腑に落ちた覚がした。
ああ、きっとこれが幸せというなのだ。なんとなく、そう思った。
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