《【書籍化】 宮廷魔師の婚約者》6 ポーション
「あの、叔父様? あの方はどなたなんですか?」
「ああ、彼はクイン君と言ってね。見ての通り宮廷魔師だ。かつて私の教え子だった子だよ」
「まぁ、叔父様の」
「時折、仕事の関係でこちらに來るんだ」
「そうなのですね」
「彼は昔から非常に優秀な生徒でね。學生の頃はこんな小さかったのに、今では可げがなくなって……」
「……ちょっと、お靜かにしてもらえませんか?」
「っ! す、すみません!」
「……」
時間をかけてじっくりと論文を読み終えたクインは、その報量に眩暈を覚え、額を押さえて俯いた。
――ありえない製法だ。
宮廷魔師として活躍するクインでさえも初めて見る製法は、複雑かつ斬新で、こんな方法があるのかという驚き、どうしてこんな結果になるのかという戸い、その応用力と突飛な発想力に頭が追いつかない。
勉學で明け暮れた學生時代でも、ここまで頭を悩ませたことはなかった。
「……教授。これは何ですか?」
「……信じられないかもしれないが、古代魔の復元によって作られたものだ」
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ダリウスが渋い顔で唸るように言った。
「古代魔!? まさか! ……いや、待て。言われて見れば、確かに、新しいようで道筋が既に確立されている法。論文に書かれた元の素材も昔に存在していたばかりか……。だから、こんな法外な値段の材料を代用して?」
論文を見直せば、確かにすごいのは製法だけではなかった。
薬品に使われている材料も普通だったら考えられないものが使われていた。
例えば、リリックバスは今はほとんど絶滅して野生では生息しておらず、この學校でかろうじて栽培している花だ。
稀価値が高く、その値段は途方もないくらい高い。
それが惜しげもなく使われていたし、リリックバス以外にも高価な材料が贅沢にっている。
クインは目の前の薬品を眺め、眉を顰めて考える。
これ一瓶でいくらするんだ?
ざっと算出しただけでも鳥ものだったが、それよりも魔師としての好奇心の方が勝った。
「ダリウス教授。実際に効果を試してみましたか?」
「い、いや。まだだ」
畏れ多いと言うようにダリウスが首を振った。
「あ、あの……。一応は植で試したんですけど」
目の前のがか細い聲で口にし、クインは顔を上げた。
「……」
「……す、すみません」
しかし、目が合うと、またすぐにフードの中に顔を隠されてしまった。
ーーこのオドオドとしたが、本當にこれを?
未だに半信半疑なクインは、首を緩く振って小さく息を吐く。
「植だけの検証では不十分だ。生きで試さないと本當の効力は分からん」
論文にも記載されていたが、が試したのは植に傷をつけ、そこに薬品を使って回復されるか検証したものだった。
それによると、たしかに効力があることを確認したようだが、植とではそもそもの構造が違う。
クインは一旦外に出ると、ケージにった一匹の実験用のネズミを持って戻った。
「流石に自分で試すのは怖いからな」
そう言って、ケージからネズミを取り出すと、躊躇することなく、そのネズミに簡単な魔法で傷を負わせ、その傷口にメラニーの作ったポーションを一滴垂らす。
そしてすぐにネズミをケージへと戻した。
「…………」
「…………」
「…………」
三人が固唾を呑んでネズミを見つめると、見る見るうちに傷口が塞がった。
「……普通のポーションとそう変わらないな」
「そうですね。……いや、なんだか様子が変だぞ?」
最初は大人しかったネズミが段々と活発になって、ケージを走り始めた。
その速度はどんどん兇暴化していき、ケージを壊す勢いで暴れ回る。
気のせいか、ネズミのが膨らんでも見えた。
しかし、すぐに暴れ回っていたネズミが突如として止まり、今度はを痙攣させ始める。
そして……
「……かなくなったな」
「死んだようですね」
ダリウスとクインは息を呑んで、ケージの中でかなくなったネズミを凝視する。
「……今のは拒否反応か?」
「いや、過剰反応でしょう。効力が大き過ぎて、この小さなじゃ耐えきれなかったんだ」
「……一滴でこれか」
「……一滴でこれですね」
二人は顔を見合わせ、唸った。
「……とりあえず、これは分解析に回そう」
「そうですね。厳重に管理した方が良さそうです」
ダリウスの提案にクインは一切の抵抗なく賛同する。
そして、この恐ろしい効果を持った薬品を制作したに目を向けた。
「ところで君は何を?」
何故か彼はケージから死んだネズミを取り出そうとしていた。
「え、あの、飼っている使い魔の餌にしようと思って……」
「……」
「す、すみません」
「……いや、いい。好きにしろ」
なんだかよく分からない子だ。
一見、純樸そうなだが、どこか抜けているように見える。
まるで事の大きさを全く理解していないようだ。
クインはダリウス教授の腕を引っ張ると、に聞こえないようにし距離をとって話しをする。
「教授。彼は何者なんです?」
「……私の姪だ」
「――と言うことはスチュワート家の?」
「ああ。ここの生徒ではないんだが、訳あって研究室を與えていてね」
「……なるほど」
歴史的に見ても権威のあるスチュワート家の人間であれば、古代魔を復元させたと言うのも納得ができる。
「しかし、ここまで才能のある子とは、ついさっきまで私も知らなかったんだ。正直、私には持て余すよ。今後、どのように教育するか悩ましいな」
「……」
ダリウス教授の言葉にクインも同意する。
この薬品一つだけでも、その異形さが分かる。
古代魔の製法を復元させるなんて、今まで聞いたことがなかった。
見た目とは裏腹に、異能な才能を持っただ。
一つ間違えば、國の脅威にもなりかねない。
しかし、その才能を野放しにするにはあまりにも惜しい。
クインはしばしの間沈黙すると、顔を上げ、改めてに向き直った。
「君、名前は?」
クインが訊ねると、は戸ったようにをませながら、小さな聲で答える。
「メラニー、です……」
「そうか。――メラニー」
「は、はい」
怯えた目がクインを見上げる。
「君、私の弟子にならないか?」
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