ラミリオはルクレツィアの真摯な態度に呑まれてしまって、嫌だと言えなかった。

――見せたら、終わり。この娘も、きっと逃げていくだろう。

そう思うのに、ラミリオはルクレツィアの手を振りほどけなかった。

ルクレツィアはラミリオのフードに両手をかけて、そっと背中に落とす。

「――！」

ルクレツィアが見ているのは、まぶたから額にかけて広がる、黒い斑點。汚らしい合いで、ラミリオ自も目を背けたくなるシミが一面に広がっている。

「眼鏡は……？」

ルクレツィアに遠慮がちに聞かれて、ラミリオは観念した。

自分から、眼鏡を外してみせる。

邪魔なものがなくなり、眼でルクレツィアを正面から見つめることになった。

茶の曇ったガラス越しではないルクレツィアは――

眼鏡をかけて見ていたころよりも何倍もしく、幻想的だった。

ルクレツィアは、いきなり肩を細かく震わせ始めた。ふふ、ふふふふ、と、れ聞こえてくる聲は、どう聴いても笑っている。

「ふふふふ、これが、醜い……！　あはははは……！」

腹を抱えて笑うルクレツィア。

「失禮いたしました。ああ、びっくりした！　やはりラミリオ様は容姿端麗なお方だと思いますわ！　醜悪公だなんてどなたが言い出したのでしょうか！」

ラミリオは戸いながら、自分のまぶたにれた。

彼の白目やまぶたには、生まれつき、黒い斑點が無數にあった。

まるで昆蟲の複眼のように見えるこの斑點が、人には非常に気味悪く見えるらしい。

これは目に腫瘍ができる前段階の癥狀だから、きっと長くは生きないだろう――と赤ん坊のころに宣告されたが、何事もなく健康でこの年まで生きてきた。

「これを見て、君は嫌悪を催さないのか？」

「いいえ？　ちっとも。ラミリオ様は、素が人より沈著しやすいのでしょうね。髪も、虹彩も真っ黒でいらっしゃいますもの」

ルクレツィアはにこりとする。

「わたくしと正反対ですわ。わたくしは生まれつき素が足りなくて、瞳も真っ白でしたの」

そう語るルクレツィアの瞳は、しい金だ。

「瞳が白いと、目の機能がうまく働かないようで。赤ちゃんのころに人の顔が見えていなかったから、學習する機會を逸したのだろうとおばあさまが。そのせいでわたくしは人より表が乏しいようなのです」

意外な告白だった。

なんとなく、しいは自分と別世界に生きていると思っていたからだ。

「薬師のおばあさまがわたくしを治療してくださったおかげで、世界にがついたのですわ」

「薬師の……？」

彼は王族筋の公爵令嬢ではなかったか。その祖母が薬師であるとは考えにくい。

「わたくしは八歳まで、薬師のおばあさまのところに預けられていたのでございます」

ルクレツィアが昔を懐かしむように、星空を見上げる。いつの間にか満天の綺羅星が観測できるようになっていた。

「この目のせいで、おばあさまのところに極で預けられたのだと言われておりました。公爵家に戻っても、絶対に喋ってはならないとも。目の病気だったなんて知られたら、貴族にとっては醜聞につながるから、と」

確かに、薬師といえば、山奧にひとりで住んでいる偏屈な薬草売りの老と決まっている。

社會的な地位も低い。

貴族としては、関係を探られたくない相手だろう。

「楽しい毎日でしたわ。んな方がおばあさまの診察をけに來ていて……その中には、ラミリオ様と同じ病と思われる方もいらっしゃいましたの。目の斑點を見るなり、おばさまは『昆蟲眼』だとおっしゃって……」

ルクレツィアはぐっとを乗り出して、ラミリオの両頬に手を添えた。真正面から覗き込んで、自信ありげに言う。

「一か月、わたくしにくださいませ。わたくしなら、ラミリオ様のお目を治してさしあげることができます」

ラミリオは呆けたようにルクレツィアを見つめる。

すぐには彼の言うことが信じられなかった。

しかし曇りガラスのフィルター抜きで見るルクレツィアの銀髪は、夜の冴え冴えとした藍と、たき火ののふたつが複雑にりまじり、まるで神託を下す神のようにしかった。

わされたような気分で、ラミリオが口を開く。

「……本當……なのか？　この目が……どの醫者も匙を投げた目が……人並みの、健康なに」

「治りますわ。わたくしを信じてくださいませ」

ラミリオは、本當に神が舞い降りたかと思った。

「ただし、治療を開始したら、ひと月の間、暗い部屋で過ごしていただきます。直日が負擔になるからですわ。何もご覧にならないよう、厳重に包帯を巻いて、盲人のように過ごす必要があるのです。ラミリオ様は、ひと月の間予定を空けることができますか？」

ラミリオはざっとスケジュールを思い浮かべて、うなずいた。

「夏季休暇に合わせてもらえれば、ひと月でもふた月でも」

「では、夏になったら治療を開始いたしましょう。楽しみですわね！　わたくしもそれまでに準備しておきますわ」

ルクレツィアは明るく言って話を打ち切り、ジャムを煮詰める作業に戻った。

ラミリオは何もかもが夢の中にいるようで、現実味がじられず、いつまでも彼のする作業を見ていた。

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