《書籍・漫畫化/妹に婚約者を取られてこのたび醜悪公と押しつけられ婚する運びとなりました~楽しそうなので張り切っていましたが噂が大げさだっただけで全然苦境になりませんし、旦那様も真実の姿を取り戻してしまい》24 快気祝い

パーティ當日。

屋敷にはパストーレ公にゆかりのある貴族をすべて呼んだため、車寄せが馬車でごった返すことになった。

「……なんとか開催にこぎつけたわ」

ルクレツィアは客を迎えるための準備で朝から駆けずり回っていた。

「すばらしい采配でした。萬事つつがなく揃っております」

執事もそう言ってルクレツィアをねぎらってくれた。

すべての準備が滯りなく済み、あとは招待客が本格的に到著するのを待つばかりとなったころ。

ルクレツィアは玄関先でラミリオの登場を今か今かと待っていた。

「素顔を曬すのにやはりまだ抵抗があるようで。もうしばらくしたら出てこられるはずですから」

とは、側近のボスコの談だった。

ルクレツィアは思わず、玄関先にある大鏡に、自分の顔を映して確認してしまった。

今日のルクレツィアはヴェールをつけていない。のないどんよりした目つきのが、銀髪を流行の形で自然に下ろし、ラミリオから贈られた豪華なドレスを著ている。

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――そうよね。わたくしも、ヴェールなしでお客様の前に出るのは、ちょっと勇気がいったわ。

顔にどこも疵のないルクレツィアだってそうなのだから、ラミリオの葛藤はいかばかりか。

「平気よ、パーティの段取りは分かっているから、ここはわたくし一人でも大丈夫。ごゆっくりいらしてと伝えてください」

「慈悲深い……それに比べてわが主のなんとけないことか」

「旦那様はがんばっていらっしゃるわ。そんな風に言わないであげて」

ボスコは「しました」とハンカチを目に當てつつ、再びラミリオの部屋に引っ込んでいった。

――さ、旦那様も戦っていらっしゃるのだから、わたくしもがんばらなきゃ。

いつもは覇気のない目だといわれるルクレツィアも、今日はし気合いをれて、目に輝きが宿るように、明るい表を心掛けた。

ルクレツィアは到著するゲストひとりひとりに聲をかけ、あいさつをする。

「婚約者のルクレツィアでございます」

主要な貴族については、屋敷にあった手記などで學んでいるが、その場で紹介されて初めて知る家も多かった。

到著する客の波が落ち著いてきて、スツールに腰かけて一息れるルクレツィアのすぐ近くに、誰かがスッと立った。

「……やあ、こんばんは」

ルクレツィアはぽかんと彼を見上げることになった。

――とんでもない男子がそこにいた。すぐそばのフレスコ畫から男が抜け出てきて、口を利いているのかと思ったほど。

意志の強そうな目つきに、すらりとした男らしい軀。知的な黒髪はさらさらと風によくなびき、琥珀の瞳は優さをじさせた。

「まあ、素敵ですわ、旦那様!」

ルクレツィアははしゃいだ聲を上げてしまった。

「なんか慣れないな」

「何をおっしゃいますの、お召しもお似合いでとっても素敵ですわ!」

金モールのついた裾の長い上は、衛兵の制服に似ている。

剣を持たせて騎士のポーズでも取らせたら、今のラミリオにはさぞ似合うだろう。

ルクレツィアは鼻歌でも歌いかねない勢いでにこにこした。

エスコートをねだり、「ん!」と手を突き出す。

おっかなびっくりのラミリオがルクレツィアに腕を貸してくれ、ふたりでぴったり寄り添い合う。規定よりぐいぐい迫ってくっついたため、ラミリオが當しているが、ルクレツィアの知ったことではない。

仲のいい婚約者同士として、周囲に見せつけるつもりだった。

「旦那様のご場よ、行進曲を流して」

「お、おい」

「うふふふ、楽しいわ! 今日のことはきっと後世に殘るのね! わたくしも日記をつけて書庫に殘すべきかしら?」

「……俺の悪口はやめてくれよ」

「そんなこと! 旦那様に悪いところなんてひとつもございませんわ!」

ルクレツィアが口をとがらせ抗議すると、ラミリオは顔を手で覆ってしまった。

――旦那様の了解も取れたことだし、あとで素敵な日記帳を買わなくちゃ。

勇ましい兵隊の行進曲がラッパのソロから始まる。

力強い演奏が鳴り響く中、ラミリオはルクレツィアを伴い、大広間に姿を現した。

誰もが息を呑んだ。

思い思いのきらびやかなドレスをにまとった貴婦人が、いっせいにラミリオに注目した。

立派な髭をたくわえた紳士たちからも、抑えきれないどよめきがれる。

それはそうだろう、とルクレツィアは思う。

今日のラミリオはさながら勝利凱旋をする英雄のごとく、一等目立っていて一等かっこよかった。

「うそでしょ」

「別人じゃない」

「本當に本人?」

たまたま近くにいた貴婦人たちのささやきが、ルクレツィアの耳に屆く。

「さあ、旦那様。皆様にご挨拶を」

ラミリオが喋る様子を見せたので、楽団が気を利かせて音を絞ってくれた。

「ラミリオ・パストーレだ。長く目を患っていたが、このたび妻の獻的な介護をけて回復した。今日は楽しんでいってくれ」

ラミリオと普段から付き合いがある人たちは、「本だ」と信じられない様子で口にしている。

やがて、最初の舞曲が鳴り始めた。

――あら? 曲が違うわ。

一曲目はブランルと呼ばれる集団舞踴にしてあったはずが、予定にない曲が始まっている。

待機中の人たちもざわめき、踴り始めた方がいいのか、戸っているようだ。

思わず楽団に視線をやると、指揮者に何か指示を出していた執事が、こちらに目配せをしてくれて、ピンときた。

――まずはふたりで踴れ、ということね?

「旦那様、踴れまして?」

「ああ……たぶん」

ルクレツィアはうれしくなって、素早く向かい合った。

始めの數ステップで、早くも周囲から歓聲が上がる。

――旦那様、ダンスがお上手なのよね!

ラミリオと一緒に會場を一周するころには、拍手と口笛の嵐が巻き起こっていた。

やがて予定していた一曲目の開始が告げられ、ぞろぞろと移が始まる。

ルクレツィアたちが規定のダンスを終えて小休止にると、わっと人に取り囲まれた。

「ラミリオ様、おめでとうございます!」

「ぜひ私の娘とも踴ってやってください」

「いや、しかし」

ラミリオはぎこちない笑みで渋っている。

ルクレツィアはもどかしくなった。

「旦那様、本日の主役が休んでいていかがなさいますの? 皆さんと踴ってさしあげるのがホストの務めですわ」

「いや、俺は……」

「奧様にダンスを申し込む権利はあるのでしょうか」

橫合いから話しかけてきたなりのいい若者に、もちろん、と返事をしかけたルクレツィアを遮って、ラミリオがルクレツィアを抱きしめた。

「ダメだ!」

周囲が目を見張り、おお、という聲が聞こえてくる。

ルクレツィアは不覚にもドキリとした。

「俺は彼とようやく婚約にこぎつけたばかりなんだぞ! 世界一神経質になってる時期なんだ、そっとしといてくれ!」

ルクレツィアは自分の頬にれた。手袋のシルクがひんやりと心地いい。きっと耳まで赤くなってしまっている。

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