「……うん、こんなものかな」

薬草園の一角、ハーブの植え替えを終えた私は土だらけの手でおでこをった。ちょっと疲れたけれど、風にそよぐ薬草たちを見ていると心が凪ぐ。

「これとこれを隣同士に植えると、素材の質が上がるのよね。それから、よく使うフェンネルは一番日當たりのいい場所に……」

いろいろと考えながら作業するのは本當に楽しくて、気がつくとあっという間に時間が過ぎていく。スウィントン魔法伯家に籠っていたときと同じ環境で働けてしかも楽しいなんて、お兄様には本當に謝しかない。

「そうだわ。廚房の方もここのハーブを使うのよね。料理に使われることが多いタイムやローズマリーの質を上げれば、王族や王宮で働く人たちの調を良くしてあげられるかもしれない」

今度、薬草の質を上げる料のようなポーションを作ろう。この土に合うものを作りたいから、土をひとすくい持って帰ろう。タイムとローズマリーの葉もし。

エプロンのポケットから小さな紙袋を取り出して採取していると、びゅうと強い風が吹いた。その拍子に、被っていた帽子が飛んで、ころころと転がっていく。

「あっ……待って……！」

あわてて追いかけたけれど、帽子はどんどん遠ざかる。走り慣れていないので、我ながら足が遅い。

気がついたときには、薬草園の一番奧まで來てしまっていた。息が苦しくて、なんとか呼吸を整える。そして顔を上げて目の前の景に驚いた。

「なんて……素敵な場所なの」

そこにあったのは、かわいい家だった。ううん、家というよりはまるでアトリエみたいな。カラフルな煉瓦でできた壁と、とんがった屋。半地下方式の三階建てなのは、錬金に適しているように思えた。

もしかして、本當に誰かのアトリエなのかもしれない。

周りを見回してみると、この家専用の薬草畑が広がっていた。お手れもきちんとされていて、溫室まである。

「すごいわ……どなたのものなのかしら」

ひとしきりした後で、私は思い至った。

「そうだわ、帽子！」

きょろきょろと見回すと、帽子はかわいい家のところにそびえ立つ大木に引っかかっていた。どうしよう。絶対に屆かない。

「……」

もう一度、周囲を見回す。誰もいない。帽子を追いかけている間に相當遠くまで來てしまったらしく、ネイトさんも見當たらなかった。

これなら大丈夫、そう思った私は小聲で呪文を唱えた。

「≪風を起こせ(ウィンド)≫」

すると、つむじ風が起きて木に引っかかった帽子を直撃する。帽子は枝から外れて、ふわりと私の手元に落ちてきた。

「……よかった」

このアトリエとお庭は素敵だけれど、長居してはいけない。いつの間にか門を越えてきてしまっているのも申し訳ない。とにかく薬草園に戻ろう、そう思ったとき。

「あれ、今のって錬金じゃなくて魔法？」

聞こえた聲に、心臓が跳ね上がった。言葉の意味を把握する前に、足ががくがくと震える。逃げ出したい。というか、気絶してしまいたい。でもそれは出來ない。

だって、聲の主が私の予想通りのお方だったら、きちんとご挨拶をしなくては不敬になる。私は、自分の予測が間違っていることを祈りながらゆっくりと振り返った。

見えたのは青みがかった黒髪を持つ青年。私の記憶の中にあるのと同じで、恐ろしくしい顔立ちをされていらっしゃる。き通った空の瞳は、特別な生に使う石のアクアマリンみたいだと思った。

「君が使えるのって、錬金じゃなくて魔法…？」

同じ問いを二度されたことに気がついて、私は固まる。今この方は魔法って仰った……？　つまり、今の風魔法を見られていたということだ。否定しなければ、と思うのに言葉がすんなり出てこない。

「ち、ちちち……」

「ちちちち？」

今、私の顔は間違いなく真っ青ではなく真っ白だと思う。だってこの方は。

「レ、レイナルド殿下。ご……ご機嫌麗しく存じます」

否定の前に挨拶だった。なんとか淑の禮をすると、彼はし面倒そうに首を傾げた。

「いいよ、ここではそんなに畏まらなくて」

「あ、あの」

「それよりも、今のって魔法では？」

高貴な方に向かってしつこい、と思ってしまったのは。挨拶と心の中のつっこみのおかげで聲帯が復活した私は、口を開いた。

「い、いいいえ錬金……です」

「本當に？　……まぁ、そんなわけないか。魔法はこの世界から消えたんだもんな」

私はひたすらこくこくと頷く。

彼は、レイナルド・クリス・ファルネーゼ。このアルヴェール王國の王太子で、當然この王宮にお住まいの方でいらっしゃる。

私とレイナルド殿下は王立アカデミーの同級生だった。親しく會話をわした覚えはないけれど、お互いの顔は知っている。でも、今の私には認識阻害ポーションがついている。だから彼に私だとわかるはずがない。だから、安心して話していい。

「でも、やっぱり魔力の気配がある。今ここで何かを生していたの？」

大変！

わずか一瞬で窮地に陥った私は、エプロンのポケットに手をつっこんだ。さっき紙袋にれたばかりの土と量の葉があった。そこで、ごそごそする。

「ひっ……ひひひ料を！」

「ひひひひりょう？」

ごそごそし終わった私はこくこくと頷きながら、うつむいて両手を前に差し出した。どうしよう。これ以上喋れない。

私の両手の上には、たった今即席で作った料が乗っている。ポケットの中で土と葉にほんのしの魔力を混ぜて発酵させ、簡単な料にしたのだ。

鑑定をされるとしめんどうなことになるけれど、今、この場で見せるだけなら問題ない。

「見せて」

「は……はい」

さらに両手を前に差し出すと、彼の手が料をつまむ気配がする。気絶寸前の私は、空気を吐くことに専念した。吐けばきっと吸える。人間ってそういうもの。

「ほんとだ、料だね、これ。今、ここで君が作ったの？　本當に？」

「はい」

よかった、ごまかせたみたいでほっとする。けれど、彼は私の返答に目を丸くした。

「すごい。これって、量でかなり高い効果を発揮するものだね。しかも向こうの薬草園の土に合わせて作ってあるんだ？　ローズマリーやタイムなんかの質を上げつつ生産量を増やす料か。工房の道を使わずにここで作るなんて」

全然ごまかせてなかった！

魔法が使えることはばれなかったけれど、錬金が得意なことは知られてしまった。鑑定されなければ大丈夫だと思ったのに。

というか、レイナルド殿下がこんなに魔法や錬金に興味を示すなんて、予想外過ぎる。一これはどういうことなの……！