《【書籍化】世界で唯一の魔法使いは、宮廷錬金師として幸せになります ※本當の力はです!》2.憂鬱と大切なもの②

私室に戻って簡単な湯浴みと著替えを済ませたレイナルドは、執務室へと向かっていた。

いつもはその前にアトリエに寄るのだが、週のはじまりの朝はこんな風に過ごすのでなかなか時間が取れない。

(フィーネはアトリエに寄ったのだろうな。昨日、『味2』のポーションができたとはしゃいでいた)

ガラス瓶を握りしめたフィーネが、めずらしく頬を上気させて喜ぶ姿が脳裏に蘇る。それだけで、さっきまでレイナルドを支配していた捻くれた気持ちが真っ直ぐに落ち著いていく気がする。

大理石の回廊をコツコツと足音を立てて歩いていると、正面から従者を連れ著飾った令嬢がこちらへと向かってくるのが見えた。

(――あれは)

レイナルドが彼の名前を思い出す前に、彼はニコリと可憐な笑みを浮かべて立ち止まり、淑の禮をした。

丁寧にゆるく巻かれたキャラメルの髪に、濃いルビーをした印象的な瞳。背後のクライドが彼に笑みを返すため、表をやわらげた気配がする。

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得意げな彼のオーラを見ながら、レイナルドは全く別のことを思い出していた。

(フィーネもこんな禮をするな。もっと楚々として穏やかだが)

「……」

「レイナルド?」

ここでは、立場が下の者から話しかけることは許されない。彼は、しい禮をしてレイナルドから話しかけられるのを待っている。

そんなことはわかりきっているのに、レイナルドは當たり障りのない挨拶の言葉が出てこなかった。不思議そうなクライドに背中を軽く押され、はっと我に返る。

「……お久しぶりです、ウェンディ・エリザベス・サイアーズ嬢」

「レイナルド殿下! 私を覚えてくださっていたのですね! うれしいですわ」

「アカデミーで二年間もご一緒していたのですから、當然です。アカデミーに変わりはありませんか」

「はい、もちろんでございます。生徒會では本當にお世話になりましたわ」

はサイアーズ侯爵家の令嬢、ウェンディ・エリザベス・サイアーズ。レイナルドやクライドよりも一歳年下で、現在は王立アカデミーの最終學年に在籍しているはずである。

在學中は生徒會活で一緒だったレイナルドにこのような聲かけをしてくるのは白々しくも思えたが、立場上無下に振る舞うことはできない。

なぜなら、サイアーズ侯爵家は王家ともつながりを持つ名門だからだ。

「王宮でお會いするとは珍しいですね」

「はい! アカデミーは試験休みにりましたので、お父様に付いて登城してしまいました」

「將來のために勉強されるのは良いことだ」

「先ほど、騎士団の訓練場でレイナルド殿下が鍛錬をされていらっしゃるのも拝見いたしました。とても素晴らしい腕前で……さすが王太子殿下ですわ」

「ありがとうございます」

心うんざりはしたが、レイナルドは當たり障りのない返答をした。

「あの、もしよろしければこれから、」

ウェンディは小首をかしげて大きなルビーの瞳を輝かせる。

その瞬間、にこやかな表を浮かべているように見えたレイナルドの視線がわずかに鋭くなったのを、隣で見守っていたクライドは察したようだった。

「ウェンディ嬢。王宮の案は私が承りましょう」

「クライド様。あの、でも私は、」

ウェンディの視線がクライドのほうに向いた隙に、レイナルドは歩き出す。

「クライド。頼むな」

「おっけ。後で行くからちゃんと仕事しててな?」

「當然だろう」

「えっ? ……あの、あっ……レイナルド殿下……!」

ウェンディの呼びかけを真っ白い微笑みでねじ伏せ、二人を回廊へ置き去りにしたレイナルドは広い共有スペースを備えた執務室に室する。

図書館のような背の高い書架に囲まれた広い空間。図書館と違うのは、明らかに機と人が多く、ざわざわしていること。中央のスペースでは小さな會議も行われているようだった。

そして、窓に面したエリアに本棚を衝立にしてつくられた個室はどれも特別な人間専用である。もちろん、その中の一つはレイナルドのものだった。

周囲からの「殿下おはようございます」という聲をくぐり抜け、広い執務機に著く。そして書類に手をばすとすぐに影ができた。

「……何か」

「これはこれは、レイナルド殿下。朝からこちらでお目にかかれるとは」

「私が朝はここに來ないと思っていたかのような口ぶりですね、サイアーズ侯」

「いえ。まさかそんな」

さっそくやってきた彼は、先ほど大理石の回廊で會ったウェンディの父親だった。この執務室にってきたレイナルドを見つけてすぐに飛んできたのだろう。息が切れている。

先ほどの邂逅とサイアーズ侯の口振りから意図を察したレイナルドは不満を覚えた。しかし、表には出さずにこやかに対応する。

「それで何か。生憎、側近のクライドはここに來る途中で偶然會ったウェンディ嬢を案しています。執務に関わることはクライド経由で優先順位を決めた上で対応しますので、改めてもらえると」

「……我が娘、ウェンディはカルヴァリー家のクライド卿と一緒だと仰るのですか?」

「はい。アカデミーでも仲の良かった二人だ」

そっけないレイナルドの返答に、サイアーズ侯は片眉をあげショックを隠さない。

(當然だな。今日、ウェンディ嬢が王宮を訪れていたのは、偶然を裝って俺に近づき距離をめるためなのだろう。彼の予定では、俺はウェンディ嬢の案をして午前中を過ごし、この執務室にくるはずがなかった)

レイナルドにもウェンディに同する気持ちはあるが、そこに付け込まれるのはごめんである。これ以上面倒な話題になるのを避けたかったが、サイアーズ侯のほうも一歩も引く気はないようだった。

軽く腰を折り、レイナルドに近づいて小聲で聞いてくる。

「レイナルド殿下には……どなたか心に決めた方がいらっしゃるのでしょうか」

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