《【書籍発売中】砂漠の國の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【コミカライズ】》6 農園の謎
「いったいここは……」
従者のギルも護衛たちも驚いてポカンとしている。僕も夢を見ているような気分だ。
その農園はきれいな円形で、護衛たちが調べたところによると直徑はおよそ千五百メートルほど。農地は二軒の小さな家を中心にした円の中に野菜畑、果樹園、麥畑、牧草地が広がっていた。
土はしっとりっていて草も樹も瑞々しい葉を広げている。畑は収穫した後らしい。雑草が茂っている。麥は収穫前だがぎっしり実をつけつつある。敷地のあちこちに可らしい野の花が咲いている。
「これはどういうことだ?こんなかな土地なのに人が住んでいない?」
ざっと見たところ湧き水は見當たらない。
二軒の家の中は空っぽだが、つい最近まで人が住んでいたらしく家の中には砂もホコリも溜まっていない。
「殿下!これを!」
従者が指し示しているのは大きな樽だ。
樽には屋から雨樋《あまどい》が繋げられていて、蓋を開けるときれいな水が縁まで満たされている。
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匂いを嗅いでから恐る恐る味見した護衛がしばらくしてから「毒はありません。こりゃあ味い!」と下の方に付いている栓を抜いて、飛び出してくる水を両手にけながらガブガブ飲み始めた。
水の匂いに敏な馬たちが集まってきて「早く飲ませろ」とソワソワしている。
「雨水を溜めて暮らしていた、ですかね?」
「いやまさか。こんなきれいな雨水がこれほど溜まるような雨は最近降ってないぞ」
僕は生まれて初めて実の雨樋を見た。コの字型の木製の雨樋は使い込まれているらしく水を吸って黒ずんでいた。
「ここは本當に雨が降るのか?」と信じられずにいると、農園を調べていた者たちが戻ってきて「井戸も湧き水もありません」と言う。
「そんなわけがあるか。これだけかな緑が育っているんだ。水が湧いてないなどありえないだろう」
「しかし殿下、湧き水を使っていたならあるはずの水路がありません」
ここは何もかも奇妙だ。
初めて見る楽園のような場所に護衛たちもキョロキョロしている。井戸を探しに行った一人がネクタの実をもいできた。両腕でたくさん抱えて持っている。
「殿下、甘くて皮も薄くて味いです。苗木を抜いた跡がたくさんありましたが、まだ數本殘ってました」
どうやら既にひとつ食べてきたようだ。
俺も俺もと、たちまち皆が群がってネクタをけ取っている。
「いやお前達、仕事中に何をはしゃいでいるんだ。この異常な狀況を見てよくネクタを食べていられるな!」
「ささ、殿下も。一番味そうなのをとっておきましたよ。どうぞ」
渡された真っ赤なネクタの実を齧ると、プシュッと甘いが飛ぶ。
その皮の薄さ、味の良さに驚く。
「なんだこれは。王宮で食べるネクタよりも味が濃くて甘いぞ」
をこぼさないように吸いながら噛む。口に溢れる甘酸っぱい果を飲む。実に味い。
ネクタを食べながら家の周囲を見回っていると鶏小屋があった。落ちている羽を見ると黒金《くろがね》が捕まえてきたのはおそらくここの鶏だ。
「お前たち!食べてないで足跡を探せ。ここに住んでいた者たちは黒金が鶏を捕まえた時にはまだここにいたのかもしれない」
「殿下、ラクダの足跡らしき痕跡があるんですが、木の枝で消されてますね。その上、風と砂がほとんど足跡を隠してしまっています。追跡の者を出しましたが々厳しいでしょう」
「ずいぶん用心深いな」
「しかし殿下、湧き水も井戸も隠していないなら、逃げる理由がありませんよね?」
「あるさ」
僕は緑のかな農園をじっと眺めながら答えた。
「泉も井戸もないのにこれだけかに草木を育てられるを隠していたんだ。そもそも僕たちが來るかもしれないから逃げたというより、もっと前からここを捨てるつもりだったようだ」
「どうしてです?」
「あの小さな家に住んでいた人數で一度にこれほど綺麗さっぱりを運べるわけがない。ネクタの木まで運んでいるんだぞ?ずっと前からなんらかの理由でここを捨てる準備をしていたはずだ」
「なるほど。確かにそうですね。でもこんないい場所を捨てるなんてもったいない」
たしかにそうだ。なぜここの住民はそんなもったいないことをしたのだろうか。
僕は護衛のうちの三人をこの農園に殘し、住人がもし戻ってくることがあったら必ず捕まえて話を聞け、と命じて王宮に引き上げた。麥の収穫がまだだったから、収穫に戻る可能はある。
しかし住人は戻ってくることがなく、農園の植たちは水切れでどんどん枯れていったと一週間後に報告が來た。
この話は陛下や宰相にも報告され、調査のための小部隊が派遣された。とことん調べられたが謎は解明されなかった。あの農園だけに降っていたかもしれない(・・・・・・)雨は、その後は一度も降らなかったと報告が上がった。
あそこにはどんな人間が住んでいたのだろうか。雨はなぜ降っていたのか。またはどうやって降らせていたのか。僕たちが知る限りこの國に魔法使いはいないのに。住んでいた者たちは今どこにいるのか。
知りたいことはたくさんあったが何一つ解明できないままだ。あれからもう一ヶ月が過ぎた。あの農園の植たちは枯れ果てて、農園は砂漠に戻りつつあるそうだ。
・・・・・
「お父さん、お母さん、行ってきます」
「やっぱり二人で行くの?」
「うん、イーサンがどうしても一緒に行きたいんだって」
王都の中心部には引っ越してから何度も出かけているが、子供だけで行くのは初めてだ。両親が心配顔で私を見つめている。
「誰かに聲をかけられても絶対について行ってはだめよ?」
「アレシア、心配だからやっぱり父さんが送るよ」
「大丈夫だってば。じゃ、行ってきます!」
農園で働くのも好きだけど、私は図書館で調べたいことがあった。字が読めることはまだ親には緒にしていたから図書館に行くのも緒だ。子供の私が突然字の読み書きをできたら怖がられてしまう。
目的地の図書館までは片道四キロ。農作業で鍛えてる私たちには問題ない距離だ。
「ねえアレシア、道がわかるの?」
「うん。地図を書いてもらったから」
父が地図を書いてくれたけど、地図がなくてもなんとかなる。前世の私が死んでから四十年くらい経っているけど、おおよその道はそのままだもの。
「大丈夫。なんとかなるわよ」
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