《【書籍化・コミカライズ】手札が多めのビクトリア〜元工作員は人生をやり直し中〜》12 ランコムの迷いと夜會のおい
ハグル王國の特殊任務部隊・中央管理室の室長室。
ランコムは明るい茶の髪を指で後ろにでつけながら考え事をしていた。
ランコムとクロエの出會いはランコムが若手工作員時代に遡る。
クロエという名は組織での名前だ。本當の名前はここでは捨てさせられる。
ランコムは地方での仕事の帰りに雑貨屋の前で地面に釘で絵を描いているに目が行った。描いている絵が緻で(頭が良さそうだな。それに用そうだ)とに興味を持った。
茶の髪と目。記憶に殘るような飛び抜けたしさも醜さも無い。服裝は貧しそうだった。向かいの店でお茶を飲みながらとの家らしい雑貨屋を観察した。雑貨屋を出りしている両親も中中背。將來彼も中中背になりそうだった。
「あの子、もしかしたら向いてるかも」
そう思って寂れた雑貨屋にり、こういう場合に備えて持っている分証を見せて「貴族の屋敷で下をさせる子供を探している。あの子を預けないか」と持ちかけた。
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両親は見知らぬ若い男の提案に不信を持ったらしく一度は斷ったが、金額を提示したらすぐにけれた。店は相當行き詰まっているようだった。
三日後にその子を引き取って金を支払うことになった。もしその子が工作員として使えそうもなければ本當の下として働き先を探してやればいい。そんな仕事先は組織によっていくつも用意されていた。
まだ若手だったランコムはそれほど忙しくはなく、養所で子供たちのお手本係をすることもあった。自分が見つけた子供なのでクロエが気になり、よく話し相手になった。
は口數はないがしっかりしていた。任務に就けば高い報酬が得られると知ると、自ら進んで養所の課題に取り組むようになった。
やがてクロエはメキメキと頭角を現した。どんな場面でも自分が何を求められているかをすぐに理解して行に移した。彼が十五歳になると班長になっていたランコムの下に配屬された。仕事にって五年もしないうちにクロエは績でトップに躍り出た。
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クロエはランコムのことを兄のように慕って素直に指示に従った。
ある日ランコムは、彼なしでは立ち行かない仕事の最中に彼の実家の火事を知った。彼の家族は助からなかった。大きな仕事の最中だったクロエにはその事実を知らせなかった。
「クロエは家族思いだ。今、平常心を失われたら困る」
そう思って家族の死を告げるタイミングを見計らった。
今扱っている大がかりな仕事を完遂してから彼に知らせようと思っていたが、クロエの腕を必要とする仕事は次から次という狀態だった。ズルズルと彼に伝えるのを後回しにしているうちにクロエが調を崩し始めた。
さらにランコムの結婚話が出た後はどんどん痩せていった。そうなってから部下に聞かされたのが「クロエは室長に好意を持っていた」という噂だ。
そんなわけはない。
彼からその手の視線を向けられた覚えは一度もない。
自分は親のような兄のような存在だったはずだ。だから何か裏があるのかと疑ったが、彼がランコムの結婚後から急に痩せ始めたのは本當だった。
クロエの調が優れないから実家のことは隠し続けた。仕事に集中できない者が一人でもいるとチームを組んでいる他の工作員までが危険に曬される。
クロエは仕事にも差し障りが出そうなほど痩せて力も落ちていった。しばらく休養を取らせることにしたが、休養し始めてすぐにクロエは失蹤した。
お気にりの崖に出かけて落ちた可能が濃厚だった。巖場にの跡もあった。彼のサンダルが片方と仕事の時以外は離さずにつけていたペンダントが切れた狀態で崖下から見つかった。ペンダントはクロエが初仕事を功させた時にランコムがプレゼントしただ。
波の荒い、の流れが速い場所だったからかクロエのは見つからず、そのまま「本人死亡の疑い」の屆けを上に提出した。
「帽子が崖のすぐ下の木に引っかかっていたから、おそらくそれを取ろうとして落ちたのだろう」と言うのが部下たちの見解だった。
ランコムはその見解を飲み込みたいのだが飲み込めない。の奧で食べが下に降りないでいるような違和が消えない。
彼が調を崩す前のこと。
頼まれた実家への贈りは宿舎ではなく別に借りている部屋に置いておいたのだが、それが空き巣に荒らされてしまった。クロエが失蹤してから(もしかしたらあの空き巣はクロエだったのではないか。実は家族の死も知っていたのではないか)と疑った。
しかし空き巣事件以降もクロエは家族への贈りをランコムに託していた。中に忍ばせたお金も今まで通りの金額だった。
百歩譲って失説をけれたとしても、あれだけ心の強い彼が失ごときで死を選んだりするだろうか。神的に負擔の大きい仕事を任せても、クロエは仕事だからと割り切れるタイプだった。
念のために數カ所ある國境検問所を通った人間について調査をれたがそれらしい人は見つからなかった。
だが彼は変裝が得意だったから上手くすり抜けた可能はある。加えて彼は文書偽造の技に特に優れていた。偽の分証を作るなんて朝飯前だろう。
「腕がいいだけにどんな可能も否定できないな」
ランコムはクロエの死には納得できなかった。しかし生死も定かでない彼を探すにはとても人手が足りなかったし、もしもクロエが自分の意思で姿を消したとしたら中途半端な人間を送ってもまず無駄足になるだろう。
失蹤から三ヶ月が過ぎて一切の報が出てこないので上の人間はそろそろ見切りをつけているようだ。
それでも諦めきれないランコムはクロエの調査報告書の複製を作させて引き出しにれた。
アシュベリー王國、王都。歴史學者バーナード・フィッチャーの屋敷。
仕事中のジェフリーが立ち寄っていた。
「今度王城で王家主催の夜會があるんだが、俺と一緒に參加してくれないだろうか」
「夜會ですか?王家主催?そんな、私にはとても無理ですよ」
「ドレスやアクセサリーは俺が用意する。ダンスは踴れなければ踴らなくていい。俺の隣にいて親しげな雰囲気を出してくれればいいから」
「いったいどんな役割りですか」
大男の困り顔が可らしく見えて思わず微笑んでしまう。
「団長さんのような方ならいくらでもその役を引きけてくれるがいるでしょうに」
「俺に目を使うにそんなことを頼んでみろ、それこそ厄介なことになる」
「蟲除け役で參加しろと?」
「それもある」
「他には?」
「しつこく縁談を持ち込む上司を諦めさせたい。君なら貴族の令嬢役が務まると思うんだ」
思わずため息が出る。
王家主催の夜會だと、確率は極めて低いが顔見知りがいる可能がある。國境を越えて活躍する貴族もいれば同業者もいるのだ。貴族令嬢のふりはお手のだが行きたくない。
(よし、斷ろう)と顔を上げたところで今日屋敷を訪れていたエバ様が口を挾む。
「だめかしら。行ってやってくれない?それも仕事扱いにしてお給料の他に手當も出すわ。毎日毎日気難しい伯父の相手をして、家に帰ればまた気難しい老がいるんでしょう?仕事と老人と子供だけの毎日なんて、可哀想でが痛むわ。あなたはまだ若いんだから」
「いえ、でも私は……」
渋る私にエバ様は
「ノンナは私が預かるから。安心して任せてちょうだい。気の毒なジェフリーを助けると思って。ノンナ、あなたひと晩ならビクトリアと離れても大丈夫よね?私があなたと過ごすから。うちに來ればいいんだし」
「大丈夫。ビッキー、団長さんと行ってあげて」
「えええ。ノンナ……」
こうして退路を斷たれた。
仕方なく了承したが。當日のことを々と想定しておかなくては。『最悪を想定して最善を盡くす』ことは骨の髄まで染み込んでいる。あとは知り合いに會わないことを神に祈るか。
夜、ベッドにったノンナにおやすみを言いに行くと、ノンナはまだ起きていた。
「ノンナ、眠れないの?」
「……」
「やっぱりお留守番は嫌よね?」
「お留守番できる。ビッキーが可哀想って言われたのが嫌だった」
「ノンナ……」
思わずノンナの小さな顔を両手で挾んだ。
「私はノンナと暮らすのが楽しいの。ちっとも可哀想じゃないのよ。エバ様はそういうつもりで言ったんじゃないわ。気にしないでね」
「ビッキー、ドレスを著るの?」
「そうね」
「寶石も?」
「もしかしたらね」
ノンナがし笑った。
「なあに?どうしたの?」
「ビッキーがお姫様になるところ、見たい」
「そっか……。わかった。見せてあげる。ノンナ、私は可哀想じゃないからね。それは気にしちゃだめよ?」
「うん」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
明日、日曜日の更新はお休みします。
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