《【書籍化・コミカライズ】手札が多めのビクトリア〜元工作員は人生をやり直し中〜》16 ジェフリーの過去
二人の王子は金髪碧眼で顔立ちもよく似ているが、格はかなり違う。
第一王子コンラッドは二十五歳。思慮深く溫厚。臣下たちの評価は高い。お妃様を迎えて子にも恵まれている。
第二王子セドリックは二十歳。気で活発。い頃に決められた婚約者がいたがお相手の令嬢がかなり病弱だったため、話し合いの上で五年前に婚約は穏便に解消された。その後はまだ婚約をしていない。
その第二王子セドリックが兄に詰め寄っていた。
「兄上、このまま例のを自由にしておいていいのですか?」
「ジェフリーの話ではそのはおそらく白だろう。だが男を倒した理由が不明だな。ジェフリーのために彼に監視を付けておくよ。ジェフリーが十年も足踏みしているのは私のせいでもある。嫌われ役を引きけるのは私の役目だよ。お前は心配しなくていい」
十年前、西の民族が「奪われた我らの聖地を取り返す」と宣言してアシュベリー王國の西端を攻めてきた。
昔、その土地は國境が曖昧なままの深い森だった。のちに話し合いの上で國境が定められた。國境近くの土地を開拓し農作の育つ耕地に変えたのはアシュベリー王國が派遣した開拓団だった。その開拓地はやがて森林資源を活用する人々の拠點になった。
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西の國はそこがかな収穫を得られる土地になってから惜しくなったのだろう。その周辺に住んでいる民族の「あの森は古來から我らの聖なる土地だった」という言い分を利用することにした。そんな西の國を相手にアシュベリー王國は一歩も引かなかった。
攻めろうとする西の國の民族と軍人たちに対してアシュベリー側も王國軍を派遣した。
その戦いはかなりの確率で勝てる見通しだったので初陣の第一王子が參戦した。近衛騎士と呼ばれる第一騎士団員だったジェフリーも王子を守るために參戦していた。
戦いは初っ端から敵を圧倒して「これはもう勝つだろう」という時、この先の作戦について意見が分かれた。
『敵が援軍を得て立て直す前に夜襲をかけ、一気に殲滅すべき』という案と『相手がこの土地に詳しいなら夜間は危険。日の出を待って総攻撃すべき』という案の二つだった。
どちらも一長一短でなかなか意見がまとまらず、大隊長が初戦の王子に気を遣って判斷を仰いだ。
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第一王子はしばらく考えて、敵の援軍が來る前に夜襲をかける案を支持した。しかしその王子の判斷に反対したのが中隊長のカイゼルである。
「殿下、相手が夜襲を想定していれば我が軍に大きな被害が出るだけでなく、初で躓(つまづ)けば敵味方の區別がつきにくく、同士討ちの危険もあります。どうかお考え直しください」
カイゼルはそう意見を述べたがコンラッド王子は思案の末にやはり夜襲案を選んだ。
その夜、夜襲を想定していた敵の弓矢が移中のアシュベリー軍に向けて高臺から雨のように降り注ぎ、アシュベリーの兵に相當數の被害を出した。
コンラッド第一王子は無傷だったが、彼を庇って上から覆い被さったカイゼルの背中には何本もの矢が深く突き刺さった。
軍の被害はなくはなかったが、戦いはアシュベリー側の猛反撃で勝利に終わり、開拓地は守られた。
中隊長カイゼルの族は雙子の妹カトリーヌのみだった。カトリーヌの父親と母親は相次いで病死したばかりで、彼は一年の間に家族全員を失ってしまった。
だがカトリーヌはカイゼルの悲報を聞いても全く取りさず冷靜に振る舞っていたので「さすがは代々騎士を輩出する家のご令嬢だ」と多くの者が心していた。
しかしそれまでの看病による疲労と両親を立て続けに失った心労の最中(さなか)に雙子の兄も失うという悲劇は、十八歳のカトリーヌの心をかに蝕(むしば)み始めた。
そのカトリーヌの婚約者が當時二十二歳の第一騎士団員、ジェフリー・アッシャーである。
雙子の兄妹は親子よりも強い絆で結ばれていたから、ジェフリーは凱旋後ずっと婚約者を心配していた。
ジェフリーは第一王子のすぐ近くで戦い続けていて、カイゼルの最後を目撃していた。
カイゼルは移中に矢をけ、口からを吐いた。自分がもう助からないのを自覚してから王子に覆いかぶさったのだ。
ジェフリーはその壯絶な最後を伝えるのはもっと時間を置いてカトリーヌが神的に落ち著いてからにしようと思っていた。
しかし戦地での様子は弔問客の口からかに彼にれ伝わった。それも不正確な容で。
「初戦の勝利を焦った王子が無理な夜襲を押し通した」
「中隊長のカイゼルは最初から王子の作戦には反対していた」
「その王子を守って覆いかぶさり中隊長は戦死した」
憶測混じりの緒話の存在も、カトリーヌがそれらを真実としてけ取ったことも、ジェフリーは知らずにいた。
葬儀を終えて十日ほど過ぎたある日、第一王子コンラッドがカトリーヌとジェフリーを王城に呼んだ。理由は「カイゼルの妹に直接會って謝罪をしたい」ということだった。
コンラッド第一王子は人払いをして立ち上がり、カトリーヌに頭を下げた。
「申し訳なかった」
それを見たジェフリーはなんとも言えない気持ちになった。
カイゼルの戦死は王子の責任ではなかったし、王子に頭を下げられれば心はどうあれカトリーヌは許しますとしか言えない立場だ。
(謝る必要は無いし、この場を設けるのも彼の心の傷が癒えるまで待ってほしかった)と思った。だが王子はその當時まだ十五歳。その辺の配慮に疎いのは仕方ないと思った。おそらく陛下はこの顔合わせをご存知ないのだろう、とも。
カトリーヌは急いで立ち上がり「殿下、どうか頭をお上げください」と一歩二歩近寄った。そして穏やかに微笑んだまま殿下に手をばそうとしたのを見たジェフリーが(殿下にれるのは無禮だ)と止めようとして、彼の手に何かが隠されているのに気づいた。
無言で婚約者に飛びついて押さえ込み、無理矢理に手を開かせてみると研ぎ澄まされた小さなナイフがそこにあった。王子の招待だから検査をけずに通されたのが災いしたのだ。
ジェフリーがテーブルにぶつかってカップや皿がガチャン!と鳴り、その音を聞きつけた騎士たちが飛び込んできた。ジェフリーは取り上げたナイフを素早く隠し「彼の合が悪くなった」とだけ告げて、有無を言わせずにカトリーヌを醫務室へと運び込んだ。
運び込んだ醫務室のソファーに座ったカトリーヌは泣きもせず怒りもしない。ただ靜かに座っていて、そのガラス玉のような目は自分を見ているようで見ておらず、ジェフリーは彼が壊れていることに気づいた。彼はジェフリーが思っていた以上に雙子の兄の死をけれられず、王子を許せなかったのだ。
ジェフリーは當日まで彼が繰り返していた「兄は殿下をお守りして戦死したのですから本でしょう」という言葉と健気な笑顔を信じてしまったことを激しく後悔した。
王族に刃を向けた事実はコンラッド王子とジェフリーしか知らないことだが、飛び込んできた四名の騎士は何かをじ取ったかもしれない。公にされればカトリーヌは確実に死罪になる。
幸い、事件をに済ませようとしてくれたコンラッド第一王子の判斷で、カトリーヌはそのまま自宅に戻された。ジェフリーは屋敷の者たちに『するくらいの注意と監視が必要だ。醫者も呼んでくれ』と伝え、數日は仕事を休んで彼の屋敷に泊まり込んだ。
「カイゼルの死は殿下のせいではない」
何度も真相を説明したがカトリーヌは虛な顔をしているだけだった。
そのカトリーヌはジェフリーが仕事に戻った翌日、命を絶った。「カトリーヌが自害した」と聞いた時の絶は今も鮮明に記憶に焼き付いている。
走り書きの書には『家族のところへ行きます』とだけ書いてあった。
ジェフリーはカトリーヌの死後、一上の都合として騎士団の辭職を願い出た。彼の兇行を予測できずに同席した責任を取るつもりだった。
しかし國王の判斷と第一王子の希で辭職願いは理されず、王都の警備を主とする第二騎士団に配屬され、今に至っている。
『彼の苦しみに気づいてやれず、頼られる存在にもなれなかった』という後悔と自責の念は十年を経ても彼の心の底にく黒い塊として居座って消えない。
そんなジェフリーの人生にある日、『人を頼らない』ビクトリアがノンナを背負って登場したのである。
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