《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》13 連合國最深部へ
侯爵家の私兵二人がセシリオと面會する數日前のこと。
文五人とベルティーヌの六人は、地図が広げられたテーブルを囲んでいた。
「ジュアン侯爵令嬢はどこかご希の地區がありますか」
「いえ。私はどの地區も初めてですので、特には。みなさんが気の進まない場所はありますか?もしあるなら私がそこに參りましょう。私、今こそ果を上げねばなりませんので」
文たちには、できれば擔當したくない場所があった。
『連合國の最深部』と言われる地帯だ。國の中央部よりもだいぶ南に位置していて、七つの部族が治めている地區だ。その七人の族長の中でも飛び抜けて頑固一徹の男が仕切っているのはビルバ地區である。
文たちは互いに(どうする?)と視線をわしている。
五人の中でリーダー格の文は(本人の希だから)という気持ちと(閣下の指示が完遂《かんすい》されなくては困る)という気持ちで揺れく。
「最深部が特に頑固で厄介な族長たちが固まっている場所です。あなたはこの國の人ではないから本當に大変だと思いますよ、ジュアン侯爵令嬢」
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「わかりました。ではその地區は私が引きけましょう。私のことはどうぞベルティーヌとお呼びください」
「そうですか。……では最深部をお任せしますが、無理そうなら私にご連絡を。私はその東隣の地區の族長たちを回っていますので。明日から各人で移しますが、ベルティーヌ嬢は護衛は必要ですか?」
「いえ、護衛になりそうな人が知り合いにいますから手配いただかなくても大丈夫です」
ベルティーヌの店『ウルスラ』の二階。
「え?俺?最深部に同行してくれって?」
「だめかしら、エバンス。本職の護衛を頼むべき?」
「いや、だめじゃない。商會の下働きの仕事も休みは貰える。護衛に金を使うのはもったいないよ。俺が務めるよ。ただ……」
しばらく口ごもった後でエバンスが白狀する。
「俺、ビルバ地區の出でさ。親父に『一旗揚げるまでは帰らねえ!』って啖呵切って出てきたんだよ。だから今顔を合わせたら格好つかねえなって」
「ビルバ地區といっても広いんでしょ?多分お父様に出會うことはないと思うけど?」
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「あー。うーん」
はっきりしないエバンスに「では護衛をお願いするわね」と言い渡し、翌朝、ベルティーヌはエバンスとドロテの三人で出発した。
(よりによって最深部とは。一番説得に手がかかりそうな地區を押し付けられたんじゃないのか)
エバンスは口には出さずに心配していた。
順調に馬車の旅が進んで、明日はいよいよ連合國の最深部にあるビルバ地區に到著する予定だ。一番頑固な人とはどんな人かとやる気満々のベルティーヌに比べてエバンスの顔は冴えない。
「エバンス、どうしたの?あなたの実家には行かないから安心しなさいってば」
「ベルさん、今更隠しても仕方ないから白狀するよ。俺の実家に行かないわけにはいかないんだ。俺の父親はビルバ地區をまとめている族長なんだ」
「……え?」
「だから、ビルバの族長は俺の親父で……」
「それなら好都合じゃない?あなたからも口添えしてもらえるでしょう?」
エバンスはガシガシと頭をかきむしり、「ぐぐぐ」とき聲を上げた。
「おそらく逆だ。次期族長の座を放棄して首都に出て行った俺が、なんの手柄も立ててないのに帰省したらさ、親父は喜ばないよ。だから俺は実家の近くで時間を潰して待つ。それでいいか?夜は馬車で寢るよ」
大男の気弱な提案と表に苦笑したベルティーヌは
「あなたがどうしても嫌ならそれでいいけれど。じゃあ、あなたとはどこで待ち合わせすればいいかしら?」
と尋ねた。
「俺はあの前方に見える大ケヤキの下で待ってる」
「わかったわ」
こうしてエバンスと途中で別れたベルティーヌはエバンスの実家に向かったのだが。
エバンスの実家に著くと
「夫のブルーノは臥せっておりまして。どんなご用件でしょう」
と、おそらくエバンスの母であろうが困った様子で対応に出た。
「セシリオ閣下からの手紙をお持ちしました。閣下はこの國の小麥の売り値を荷馬車一臺につき大銀貨七枚以上にすることをおみです」
「……そうですか。々お待ちください」
そう言っては家の中に引っ込み、しばらくして戻って來た。
「どうぞ中へおりください」
ビルバ地區の族長ブルーノはベッドの上にいた。
「私がビルバ地區族長のブルーノだ。あんた、どこの國の人だね。連合國の人間じゃないだろう。しかもだ。なんであんたが閣下の伝言を持って來た?」
開口一番そう言うと、ブルーノは濃い眉の下の鋭い目でベルティーヌを見據えた。ベルティーヌは怯《ひる》みそうになる心を抑えつけて笑顔で答える。
「初めまして。私はサンルアン王國から連合國に移り住んだベルティーヌと申します。小麥の売り値が閣下の定めた最低価格を下回らないよう、契約容の確認に參りました」
すると苦々しげな顔になったブルーノは
「はっ!最深部のビルバに、よりによって帝國のコバンザメみたいな國の人間を送って來るとは。セシリオ閣下は何を考えておられるのか。ビルバを、いや、最深部を馬鹿にするにも程がある!」
と聲を荒げた。
そしてすぐに「ううっ」と痛みで《うめ》いた。
「あなた、大聲を出すから。痛むんでしょ?」
「あの、ご病気ですか?それでしたら、ブルーノさんの代理の方とお話をしても……」
「ちょっと腰を傷めただけだ!病気ではない!寢てれば治る!」
そんなに怒鳴るから痛むのだろうに、と思いながらもベルティーヌは相手に合わせることにした。
「お怪我でしたか。ではどうぞ橫になって私の話を聞いてくださいませ。閣下は帝國との小麥の売買で我が國から必要以上にお金が流出することを憂慮なさっています。せっかく戦爭に勝ってもそれでは國の立て直しに支障が出るとお考えです」
「で、あんたが送り込まれた理由は?」
どこまで話すべきか、と迷いつつベルティーヌは言葉を選んで答える。
「理由は二つあります。ひとつは私が帝國語と連合國公用語の雙方を使える事です。今は人手が足りませんから。もうひとつは私がこの國が大好きで、でも滯在したければこの國のお役に立つ必要があるのです。あの、話は変わりますがブルーノさんはエバンスのお父様だそうですね」
エバンスの名前は劇的な効果を見せた。
「エバンスを知っているのかっ!」
「はい、今日も一緒に近くまで來ましたが、『ひと旗揚げるまでは家に帰れない』と言って近くで待っていますよ」
「あなた、お願いです。もうあの子を許してあげてください」
奧さんが悲壯な表でブルーノにすがりつく。
「どこだ!あいつはどこにいるんだ?」
「お會いになりたいのでしたら呼んできますが?」
「頼む!俺はあいつに謝らなければならないんだ!」
ベルティーヌは「ではすぐに」とだけ答えて待ち合わせの場所に向かった。
大木の下で晝寢をしていたエバンスは「ええ?行きたくないって言ったのに」とごねたが「お父様がお怪我をして寢込んでるわよ」と教えると慌てて一緒の馬車に乗り込んできた。
「親父!どうした!怪我をしたのか!」
「エバンス!お前無事だったのか!お前の話を何も聞かずに今すぐ出て行けと言ったのはワシが悪かった。お前が小銭だけを持って家を出たあと、どれだけ心配したことか。父さんの怪我は寢てれば治る。お前が生きてたと知って俺は……」
親子の熱い、両者共に聲の大きい會話に苦笑しているベルティーヌ。
エバンスはイビトで引ったくりに遭い、ベルティーヌに救われたことを話した。するとブルーノの態度は一変した。
「息子が世話になった。なのに先程は大変失禮した。小麥の最低価格を守らせるのがあなたの役目ならば、ワシはあなたに従おう。病弱な息子をよくぞ助けてくれた」
「病弱?……いえ、なんでもありません。ありがとうございます!助かります」
ブルーノは今まで仲買人の言う通りに馬車一臺につき大銀貨五枚で小麥を売っていたが、次からは七枚に変えると約束してくれた。
それだけではない。
最深部の殘り六人の族長にこのことをすぐに連絡すると約束してくれた。
「だからあなたは出向かなくていい。ここでのんびりして族長たちの返事を待っていればいい」
本當にそんなことでいいのかと迷っていると、ブルーノはその理由を話してくれた。
「この辺りの人間は伝統を特に大切にしている。我々は『が世話になったら倍返し』というのが古くからのならわしだ。あなたは一文なしの病弱な息子にご馳走してくれて、家に泊めてくれ、養ってくれた。私はその倍のお返しをさせてもらう」
「ええ?そんな大袈裟な……(病弱ってどういうこと?)」
早速六人の使者が立てられて、最深部の他の族長たちの元へと向かった。了承の返事を一筆貰うところまでが彼らの役目だ。
「では返事が屆くまでこの辺りを見學してもいいでしょうか。生まれて初めて訪れた場所なので見て回るのが楽しみで楽しみで」
ベルティーヌがそう言うと奧さんのカサンドラとエバンスが近くを案をしてくれると言う。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」
こうして出かけたご近所探索で、ベルティーヌはこの國の新たな魅力に出會うことになる。
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