《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》20 連合國の國民へ

連合國最深部の七人の族長から確約書を手にれ、ベルティーヌの任務が終わった。

「もっとゆっくりしていけばいいのに」

「カサンドラさん、ありがとうございます。でも、早くこの確約書を閣下に屆けたいので帰ります。ただ、ひとつ心殘りが」

「なんだね、なんでも言いなさい」

ブルーノがベルティーヌの顔を覗き込む。

「あの緋の布です。あれを染めた材料と染め方を詳しく知りたかったのです」

「ああ、そんなことか。それならそれに詳しい者を同行させよう」

「いえ、その方の都合もありますし、またいつかこちらに訪問させてください」

「いや、ちょっと待ちなさい」

そう言ってエバンスの父ブルーノは使用人に何やら聲をかけている。

「あれを染めているのはメイラの母親だ。メイラはいつも手伝いをしているから染め方には詳しいぞ。メイラの兄はイビトにいるから宿の心配もない。連れて行けばいい」

「でも……急にそんなお願いをして、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だ」

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(ブルーノさんは言い切ってるけど、メイラさんに迷だったらどうしよう)

ベルティーヌは余計なことを言ってしまったと後悔していた。ところが三十分もしないうちにガラガラと小型の馬車がやって來て

「私、行きます!連れて行ってください!」

とメイラが駆け込んで來た。

「いいの?こんなに急な話なのに」

「いいに決まってますよ。私、イビトに住み著くつもりはありませんけど、短期間なら一度行ってみたいと思っていたんです。でも行く理由がなくて。あの布の染め方のことなら子供の頃から手伝ってますから詳しいです。任せてください」

若いお嬢さんだから都會に憧れが有るのはわかるが、連れて行って無事に帰すまで責任重大だと考え込む。

「大丈夫ですよ。ベルティーヌさんにあの布の染め方を知ってもらったらここに戻りますから。イビトにしか売ってないおしゃれなものを買って帰ります!」

「おい、メイラ。観に行くつもりじゃないだろうな」

「違うわよエバンス。ついでの時に観するだけよ」

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などという経緯があって、手渡された大量のお土産とこれまた大量の樹木の皮らしきを積んだ馬車は、メイラとベルティーヌたちを乗せてイビトへと出発することになった。

「ベルティーヌさん、また來てね。今度は遊びでいらっしゃいね」

「はい!カサンドラさん、またお邪魔させてください」

「どうか息子を頼む。イビトは寒い。息子の腹が冷えないように気をつけてやってくれ」

「やめてくれよ親父!」

「お任せください、ブルーノさん。今回はすっかりお世話になりました」

馬車は北上の旅を経てイビトに戻り、エバンスは商會での下働きを辭めて帝國へと渡ることになった。

「じゃ、俺はすぐに帝國に向かうよ」

「引ったくりに気をつけるのよ、エバンス」

「おう!気をつけるぜ」

「腹を冷やさないようにしろよ」

「ディエゴさん、からかわないでくださいよ。じゃ、行ってきます!」

エバンスが旅立った。

と、思ったらすぐに引き返してきた。

「忘れ?」

「いんや。帝國語は片言しか話せないのを忘れてた。どうしようベルさん」

「あら。私もうっかりしていたわ。でも大丈夫。あなたに渡したお金から通訳を雇いなさい。そのくらいの余裕はあるはずよ。ちょっと待ってて。信用できる通訳のいる商會の住所と名前を書いて渡すから。私に公用語を教えてくれた先生がいらっしゃるところよ。でも、なるべく早く帝國語をにつけてね」

「何から何まですまねえ!この恩は……」

「出世払いで返してちょうだいね?」

「おう!もちろんだ!」

ベルティーヌは笑って見送ったその足でセシリオの元へと向かった。

連合國の庁舎。

「セシリオ閣下、最深部の七人の族長から『小麥の売り値について閣下の指示に従う』という確約書を頂いて參りました。過去の売り値、今後の売り値、出荷する小麥の量、おおよそですが荷馬車何臺分かも記載されております」

「……驚いたな。どうやってこんな短期間に?各地區を大急ぎで回ってその場で了承を得られたとしても日數の計算が合わないが」

ベルティーヌは得意げな顔にならないよう、意識して涼しい顔をしながら

「それは……私の腕、でしょうか」

そう自分で言っておいて吹き出しそうになる。

「いや、本當に驚いた。魔法でも使ったか」

「おほほほほ。さあ、どうでしょう」

「それで、君が擔當した最深部で君が流出を防いだのは大金貨何枚分になったかな」

「最深部の七地區合計で大金貨五百六十九枚分でございます。前回のイビト周辺での差額と合わせると六百五十二枚分になりました」

間を置かずに即答するベルティーヌ。

一瞬セシリオが固まり、それから愉快そうに笑う。

「そうか。わずかな期間に大金貨六百五十二枚分か。文たちが回っている地區だって、元は君が指摘しなければ安値のまま売られていただろう。そちらも半分は君の手柄だよ。それを考慮すると、すでに君はこの國のために大金貨千枚以上の働きをしたことになるな」

ベルティーヌは

(それは々、いや相當に甘い判定では?文さんたちの働きの半分も數にれちゃうの?)

と思う。だが父も言っていたではないか。

「相手がおまけしてくれると言う時はお禮を言って笑顔でけ取りなさい」と。

「閣下、では私はこの國で暮らしても?」

「ああ、好きなだけいればいい。こんな優秀な人材は心から歓迎するよ。我が國の國籍が必要なら用意するが」

「ぜひお願いいたします!もしよろしければドロテの分もお願いします!」

セシリオがマジマジとベルティーヌの顔を見る。

「そんなにこの國を気にってくれたのか」

「はい。今はもう、この國の魅力に夢中でございます。食べ味しさにも惹かれております。エムーの煮込みも、星の実のお酒も、竜の卵も、タマウサギの炙り焼きも、最高でした」

そう言ってセシリオを見ると、彼は片手で口元を覆って何かに耐えるような顔だ。

「閣下?」

「あ、いや、失禮した。どれも俺の好で思わずヨダレが出そうになった。それにしても、それは歓迎されない限り他國の人間は口にできないものばかりだぞ?君はいったいどうやって最深部の族長たちの懐にり込んだんだ?それもサンルアン仕込みの腕か?」

さすがにこれ以上黙っているのも意地が悪いかと、ベルティーヌは本當のことを教えることにした。

「我が家の同居人エバンスを覚えていらっしゃいますか。あの人はビルバ地區族長ブルーノさんの息子だったんです。おかげで私は族長の家でご馳走を頂いたり踴りや音楽を楽しんだりしているだけで、他の六人の族長の確約書を手にれることができました」

「ほおぉ。彼が族長の息子……世間は狹いものだな」

ベルティーヌは「そう言えば」と付け加えた。

「ビアンカさんのお父様には一度は斷られましたので、私が直接乗り込みました。ビアンカさんとひと悶著ありましたけど、お父様のクルト様には気にっていただけました。確約書も書いていただきました」

「あの厄介なブルーノとクルトに気にられた?それは……。」

「厄介ですか?理解ある族長さんたちでしたよ」

「俺はその二人に信用されるまで何年かかったことか。君はとんだ人たらしだな。だが、ビアンカのことは君に謝罪しないと。婚約者などと言って彼が君を罵倒した件、まだ謝っていなかったな。重ね重ね申し訳ない。君の同居人のことも失禮した」

ベルティーヌは頭を下げたセシリオの顔を覗き込むようにして笑いかける。

「もういいんです。私と閣下はお互いに誤解があったんですもの。元はと言えば賠償金を値切ったサンルアン王國が無禮だったのです。閣下、もう私はこの國の民なのですよね?」

「そうだ。今日中に分証を発行させよう」

「では、今夜、我が家で星の実のお酒でも飲みませんか?お酒は赤と黃の両方がありますよ。エムーの干し、タマウサギの干しもあります」

セシリオの顔が一瞬でパァッと年のようになる。

「星の実の酒があるのか。最近は麥かサボテンの蒸留酒ばかりであの香りのいい酒がしかったんだ。お邪魔してもいいだろうか。君には世話になってばかりだな。俺の印象は最悪だったろうに」

「閣下、もういいのですよ。十分謝っていただきました。侍のドロテが味しい料理でおもてなししてくれます。楽しみにしていてください。七時で間に合いますか?お忙しいのなら八時でも」

セシリオが慌てたような口調で

「七時でいいか?必ず行く」

と言い切る。そんなセシリオの表が可らしく見えて、ベルティーヌは華やかに笑った。

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