《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》21 お土産の宴會とセシリオの話
ベルティーヌの家の二階で、宴會の準備が進められている。
ドロテがメイラに手順を確認する。
「メイラ様、干しは水で戻せばいいのですよね?」
「うん、水でもいいけど蒸留酒と水の半々で戻すと味しいわよ」
「勉強になります」
その二人の後ろではディエゴがせっせとエムーの干しを手で裂いている。
「ディエゴ、私も手伝うわ」
「お願いします」
賑やかに料理をしていると、カランとドアベルの音がして階下から聲が聞こえてきた。
「飴のおばちゃーん!いるぅ?」
「いるわよダビド。『飴のお姉さん』だけどね!カミラも連れて來た?」
「うん!一緒だよ。お母ちゃんにもちゃんと言って來たよ」
二人の子どもたちはベルティーヌが邸に出かけている間に「やっと帰って來た!」と遊びに來ていたらしい。ドロテが「夕飯はこの家で食べなさい」とったそうだ。
エバンスの両親が持たせてくれた干しは本格的にカチカチになるまで干したものではなく、やや乾燥が甘いもので「この方が味しいから」ということだった。だが日持ちはしなさそうだ。
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「せっかくのお土産を腐らせては罰が當たります。さっさと食べ切りましょう」
というドロテの提案で、エムーのもタマウサギのも贅沢に使われている。
やがて家中にいい匂いが漂い、七時になろうという時。再びカランと階下でドアベルの音がしてセシリオがやって來た。
「セシリオ閣下のご到著ね」
「えっ、飴のおばちゃん、閣下が來たの?」
「そうよ。故郷の味を楽しみにしてらっしゃるはずよ」
ベルティーヌが出迎え、二階に案すると、二人の子どもは目をまんまるにして驚いた。
「お母ちゃんの店に飾ってある絵姿とおんなじだ!」
ベルティーヌは子どもたちの驚きっぷりが可くて思わず笑っていたが、ふと見るとメイラが固まっている。
「メイラ、こちらが……」
「知ってる。ううん、存じ上げてます。セシリオ・ボニファシオ閣下!」
「はじめまして、お嬢さん」
「わぁ!南部連合國の英雄、本當にこの世にいるんですね!」
「そりゃいるさ」
苦笑しているセシリオと崇めるような表のメイラの様子が面白い。
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「さあ、料理が全部出來上がりました。熱いうちにお召し上がりください」
ドロテの聲で全員が著席してグラスを持ち、ベルティーヌが乾杯の音頭を取る。子どもたちには果実水のグラスだ。
「では、最深部からの無事帰還と任務の完遂を祝って乾杯!」
「乾杯!」
皆で星の実の酒をあおり、「くー!」「うまぁ」「あぁ懐かしい!」とつぶやく。そして一斉にできたて熱々の料理を頬張る。まずは子どもたちがタマウサギの煮込みを食べて
「味しい!なにこの!飴のおばちゃん、僕こんな味しい、食べたことがないよ!」
「お兄ちゃん、味しいね!」
と喜んだ。
「ああ、故郷の味だな。このエムーのは噛めば噛むほど味しい。タマウサギのも良い味付けだ」
「閣下、お気に召しましたか?」
「ああ、とても味いし懐かしいよ、ベルティーヌ嬢」
「ベルティーヌとお呼びくださいませ。そうそう、一度お尋ねしたかったのですが閣下の故郷はどんなところなんでしょう」
「俺の故郷か」
セシリオはし遠くを見るような目になって話し始めた。
「俺はこの國の南端の、目の前は海で後ろは山という地區で生まれ育った。食べには不自由しないが換金する作がないところでね。金が無いから病気になると薬に頼れず力頼み、運頼みだった。流行り病で高熱を出しても、水で濡らした布で額を冷やすくらいが一杯だ。故郷は大好きだしいい場所なんだが、そんな貧しい土地だ」
そこでメイラがセシリオの指揮で戦爭に勝ったことを褒め稱え、セシリオがなぜ戦爭に打って出たかの話になった。
「この國の代表になって知ったのは、帝國の悪徳業者がこの國のあちこちで『仕事を世話する』と言って若い男や子どもを集めて奴隷として売り飛ばしていたことだ。厄介なのは本當に仕事を世話する者もいて悪徳業者との見分けがつかないことだった」
ディエゴが渋い顔になり、メイラはウンウンとうなずいていて、その話を知っている様子だ。
「こちら側が実行犯を捕まえても敵の拠點はなくならず、騙されて売り飛ばされる者の數は減らない。何度も帝國に取り締まるよう申しれたが帝國はかない。だから次は乗り込むぞと通達をしてから軍隊を引き連れて國境を越え、國境近くにある帝國の奴隷商人の拠點を一斉に壊滅させた。そして閉じ込められていた我が國の民を連れ戻した。戦爭はそれがきっかけだった」
それを聞いていたベルティーヌはおずおずと疑問を挾んだ。
「閣下、あの戦爭で帝國は総力を挙げていなかったのでは?」
「気づいたか。その通り。帝國軍の數はかなりなかった。総力戦なら我が國は間違いなく負けていただろう。だが、帝國は我が軍を壊滅させることはできないはず、と踏んで乗り込んだんだ」
あっさり認めたセシリオの言葉にディエゴが驚いた。
「え?なぜ帝國は総力戦に持ち込まなかったんです?」
「ベルティーヌ、君はその理由がわかるか?」
ベルティーヌはモグモグと噛んでいた煮込みのを急いで飲み込んでから答えた。
「おそらく、食料です。帝國は総力を挙げてこの國の軍隊を叩いてしまうと、結果的に自國民が食料不足になると知っていたのではないでしょうか。この國の軍人は半數以上が予備役軍人で、平時には農業を営んでいる農民ですから。彼らを死なせてしまえば長い年月にわたって帝國の食が不足することになります」
「ほう。その拠は?」
ベルティーヌが考え考え説明する。
「以前父に言われて帝國の小麥の生産量と消費量を調べました。公的発表がないので小麥業者の取扱量を商業組合の報から探りました。業者はたくさんあるのでとても大変でしたが、どう計算しても帝國で収穫される小麥の量は想定される消費量より三割もないのです。すぐに不足分は連合國からの輸に頼っていると気づきました」
「それから?」
「それから、小麥以外にも相當量の野菜や果、類が連合國の國境付近から帝國側に運ばれているはずです。帝國は人口の増加に耕作地の拡大が追いついてないのでしょう。食料の輸が減って最初に飢えるのは國民の九割九分九厘を占める平民です。その平民の不満は皇帝に向かいます」
セシリオが何度もうなずいた。
「その通りだ。帝國は大國のメンツがあるから局地戦を展開した。だが、奴隷業者を殺されたからという理由で我が軍を壊滅させるのは、総合的に見て割に合わないと判斷したのだ」
「閣下はそれを全部予測していたのですか?」
ベルティーヌの問いにセシリオはうなずいた。
「皇帝は我が軍が本當に帝國に乗り込むとは思っていなかっただろうから慌てたはずだ。だから小さく戦って負けた形を取った。帝國は法で人売買をじているにもかかわらず長年奴らを見逃していた。そのツケを賠償金の形で帳消しに持ち込んだんだ。まあ、俺はあの業者がいなくなればそれで良かったが、賠償金はこの國のために必要だった」
それを聞いたディエゴがモソッとした喋《しゃべ》りで話を引き継いだ。
「帝國は一応軍隊は出したし、戦死者が出始めれば早く終わりにしてしいと民衆は思いますからね。局地戦で損害がないうちに軍を引けば、負けたと言っても戦爭の原因が自國の奴隷業者だったと知れば、暮らしさえ安定していれば、國民はさほど騒がないものです」
「そうだ。俺はそう出るだろうと判斷した。戦う前に奴隷業者のことを散々辺りの住民に聞こえるように罵ってから戦ったからな。その手の話は必ず広まるものだ」
子どもたちは何のことかわからずに食べ続けていたが、大人たちはセシリオとベルティーヌの會話に驚いている。メイラはまさか帝國側が手加減していたとは思っていなかったらしく、本気で驚いている。
「帝國にしてみれば飼い犬に手を噛まれた気分だろうよ。連合國の土地をタダ同然で借りることもできなくなったし。その飼い犬が今後は飼い主と同じ立場に立とうと考えてることにはまだ気づいていないだろうが」
「閣下、これからですわね。ジワジワとこの國の底力を帝國に知ってもらうのは」
「ベルティーヌ、ずいぶん悪い顔になっているぞ」
「えっ?あら、悪い顔だなんて」
慌てたベルティーヌを見て全員が笑う。
エムーのを噛みながら、ベルティーヌは頭の中で今後の計畫を思い浮かべてまた悪そうな笑みになり、見かねたドロテに「お嬢様、お顔!」と注意されるのだった。
その夜の宴會は料理とおしゃべりで盛り上がり、最後にセシリオが
「文に急がせた」
と言ってベルティーヌとドロテの國籍証明書を手渡して終わった。
「お嬢様、わたくしたちは今後、連合國の人間になるのですか?」
「ううん。獨の間は連合國とサンルアン王國の二つの國籍を持つことになるの。結婚したら夫の國籍になるだろうけど、ずっと二つの國籍のままな気がするわね」
「國籍が二つとは、ちょっとお得なじですね」
真面目な顔で言うドロテを見て、し酔ったベルティーヌが楽しげに笑った。
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