《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》24 シロップ煮とジャムの依頼

賊に侵された翌朝。

ベルティーヌはセシリオの執務室にいた。

「で、君はライフルを撃ったわけだね?」

「はい。撃ちました。相手は二人で、撃たなければディエゴが殺される可能がありましたので」

「ライフルをどこで手にれたんだい?」

「父がアズダール王國まで我が家の私兵に買いに行かせたものです。花嫁道のひとつでした」

「花嫁道にライフル……」

セシリオは驚いて笑いそうになった。が、笑ったら失禮かと我慢して実に微妙な顔になった。その微妙な表に気がついたベルティーヌが「ん?」と不思議そうな顔をする。

(この人と結婚したら夫婦喧嘩の時にライフルで狙われるんだろうか)とうっかり考えてしまったセシリオはついに笑いを我慢できなくなり「ゴホンゴホンッ」と咳をしてごまかした。

アズダール王國は帝國の西側の山脈を越えた先にある國で、武の製造を得意とする國だ。高い山脈に邪魔されているせいで帝國との流はなく南部連合國は全く流がない。セシリオもライフルは話に聞いているだけで実を見たことがなかった。

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「なるほど。君は扱い慣れているのか」

「はい。武は使い手の技があってこそ正しく能を発揮できると言われて、散々練習させられました。彼らを追い払わなければ私は痛めつけられ、染料の原料について聞き出されたでしょう。聞き出してしまえば用済みですから殺されていたかもしれません。と思って甘く見られたのでしょうね」

苦々しげにうなずいて、セシリオはイグナシオに顔を向けた。

「染屋の方はどうなった」

「取り調べ中です。あの染屋は三年前に父親が死んで息子が店を継いだものの、腕が伴ってなかったらしいです。近所の話では客が離れて借金がかさんでいたようです。雇われたと思われる襲撃者に関しては首都にいる全ての醫師に連絡を回しました。右肩を怪我した患者が來たら通報が來るはずです」

「そうか。引き続き調べを頼む」

イグナシオが出ていくのを見屆けてセシリオがベルティーヌに向き直った。

「ベルティーヌ、豪膽なのは商売の渉だけに留めてしいんだが。そうはいかないのか?」

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「閣下。私は『財産を狙って侵した賊には相応の対応をし、財産とを護れ』と言われて育ちました」

セシリオは眉間に指先を當ててうつむき

「いや、それはそうなんだが」

とつぶやく。そして顔を上げてベルティーヌを気遣わしげに見る。明け方に彼が襲われたとの報告を聞いた時、自分でも驚くほど揺したことは言わないでおいた。

「そうか、相応の対応か……」

「ディエゴの主人としては正當な行です」

セシリオが立ち上がり「はあああ」とため息をついて窓から外を眺め、また著席した。

「狙われたのは染料の原料だと思うんだね?」

「ええ。メイラに染め方を習ってからその業者に頼んだのです。その時に『染料の材料を教えてほしい』とかなりしつこく聞かれました。店構えはまともな業者に見えたんですけどね」

「あのドレスの染料はそんなに珍しいのか?」

「はい。見たこともないしい合いでした。あれは帝國の貴族に高く売れます。まさか襲われるとまでは思いませんでしたが」

セシリオは執務機を中指の先でトントンと叩いてからまた話に戻った。

「君の目はすごいな。俺は何度もあの踴りを披されたが、命を狙われるほど貴重な布とは思いもしなかった」

「私の母方の家は商売で類を扱っておりましたので」

「そんなに貴重なものなら國で保護しなくてはならないな」

ベルティーヌは思わず拳《こぶし》を握った。

「そうなんです。お願いしようとしていた矢先でした。帝國の業者に知られたらあの樹皮が獲されます。またはあの樹皮が採れる木だけをたくさん植えろ、とか」

「それはまずいな」

「需要と供給のバランスを見極めないとあっという間に価格が下落して南部に落ちるお金も減ってしまいます。短期的な流行で終わらせるには惜しい品です。閣下、私に良い考えがございます」

「ちょっと待ってくれ。まずは信用できる染業者を選ぶ必要があるな」

セシリオが何やらメモしている。

「よし、君の計畫を聞かせてくれるか?」

「はい。あの緋に染めた布を帝國の貴族の、それも社界に影響力のあるに買ってもらうつもりです。あの布を手にれたければ、そののツテが必要になるように窓口をひとつに絞ります。そのにはこの國と帝國の商売の橋渡し役をお願いできればと考えています」

「そんなに當てがあるのか?」

ベルティーヌがを張る。

「ございますとも。伊達《だて》に帝國のコバンザメと揶揄(やゆ)される國で育っておりません。閣下、高く売って參りますので、楽しみにお待ちくださいませ。この國に大きな利益をもたらして見せます」

「わかった。話は変わるがベルティーヌ」

「なんでございましょう」

「今後はディエゴにライフルを任せることはできないのか?」

「できません。撃の腕に関しては私の方が上ですので」

きっぱり斷言するベルティーヌに、ガクリとうなだれるセシリオである。

數日後。

セシリオが信用できる染業者を紹介してくれて、ベルティーヌは無事に緋の布を手にれることができた。まずはドレス一著分だけ。

「どう?メイラさん」

「うん、完璧。さすがはイビトの業者ね。問題なく染まってるわ。よし、私はこれでお役免ですね」

「メイラさんはもうビルバ地區に帰るの?」

「ええ。都會は面白いけど、私はやっぱりビルバの暮らしが好きだから」

「私もまたビルバに行きたいわ」

「もう?こっちに戻ってきたばっかりなのに」

自分でも不思議に思う。

二十四歳まで育ったサンルアンよりもビルバの深い森やゆったり流れる川、手をばせば屆く所に実る果実がしい。

「私、生まれる場所を間違えて生まれて來たのかもしれないわ」

「またいつでも遊びに來てよ、ベルさん」

「そう言ってくれている人にお願いごとをしたら申し訳ないかしら」

「なあに?」

「あちらの果実をシロップ煮の瓶詰めにしてほしいの」

そう言ってベルティーヌはイビトで売られている帝國産の果のシロップ煮の瓶詰めを並べて見せた。

「わあ、きれい」

「ラベルもおしゃれでしょう?」

「うんうん。食べてみたい」

「いいわよ。お土産に持たせる分は取ってあるから全部味見して」

りんごやクランベリーのシロップ煮、ジャムなどをひと通り味見したメイラは

「これ、竜の卵や星の実でも作れるのかな」

と考え込む。

「作れるはず。火を通すことでまた違う食になるのも面白いと思うの。ねえ、これで商売する気はない?自分の好きなように使えるお金を稼ぐことに興味は?」

メイラはニヤリと笑って即答した。

「あるわ。ビルバに住んだまま自由になるお金が稼げるなんて、夢のような話だわ」

「よかった!じゃあ、必要なガラス瓶と砂糖を持たせるわ。詳しい作り方も書いて持たせる。あなた一人で作ってもいいし、仲間を集めてもいい。まずはやってみてほしいの」

「うわー、面白くなってきた!」

その日はドロテを含めた三人でイビトの街で買いをし、シロップ煮に使う材料や道を大量に木箱に詰めた。そして実際にドロテがシロップ煮を作り、ベルティーヌが注意點を説明した。

「ラベルは帝國の人が買いたくなるようなのを私が用意する。純利益の六割でどう?」

「六割も私にくれるの?そんなに貰っていいの?」

「輸送費や販売手數料、瓶代、ラベル代、砂糖代、燃料代、中の代金を引いたら思うほどは殘らないのよ。でも、しだけでもビルバに現金が落ちるわ」

うーん、とメイラが思案する。

「ベルさん、中はほっといても実る果だし、燃料は森に落ちてる枯れ枝よ?」

「材料費がかからないなら儲けが大きくなるわね」

「うふふ。ねえベルさん、これが売れるようになったら帝國製の化粧品も買えるかしら?」

「もちろん買えるわよ!」

「うわぁ。よし、頑張る!きっと母さんも手伝ってくれると思う」

こうして木箱に詰めた瓶や砂糖を積んだ雇われの馬車でメイラは帰って行った。

試行錯誤するだろうから半年後にシロップ煮が屆けばいいかな、とベルティーヌは思っていた。

しかし往復に三週間以上はかかるというのに中がぎっしり詰まった各種果実のシロップ煮が屆いたのは二ヶ月後だった。

一緒に馬車で屆いた手紙には

「母さんだけじゃなく近所の奧さんたちが夢中になっちゃって、あっという間に瓶を使い切りました。早く次の瓶と砂糖を送ってください。みんなもっともっと作りたいと言ってます」

と書いてあった。

慣れたら頼もうと思っていたジャムもっていた。教えたとおりに作ったらしく、カビも生えていない。

「ねえ、ドロテ。セシリオ閣下に一応ご報告しておこうかしら」

「きっとお喜びになりますよ」

ラベルはとっくに作り終えていた。まずはそのラベルをろう、とベルティーヌとドロテは小麥を煮て糊を作り、せっせとガラス瓶に詰められた中と照らし合わせながらラベルりをした。

竜の卵と星の実のジャムとシロップ煮、中まで真っ赤なぶどうみたいなものはカルル、むくじゃらの皮の中にっている白い果はランドスイン。他にも見慣れない果があれこれ詰まっている。

見知らぬ中の名前を教えてもらうのと試食を兼ねて、セシリオ閣下の執務室を訪れることにした。使いに行ったディエゴは

「閣下は『いつでも好きな時に來てくれていい』とのことでした」

と返事を持ち帰ってきた。

自分の店『ウルスラ』の店番を近所のに頼んでベルティーヌはセシリオのいる庁舎へと向かった。

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