《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》30 皇后とディアナ

セントール帝國の帝都。ベルティーヌが帰った日の夜のこと。

ダリラ夫人は馴染みのドレスメーカーを呼び寄せていた。

人払いをした応接室のテーブルには緋の布。

「ダリラ様、これは!」

「素晴らしい合いでしょう?」

「ごく細かく鈍い金りますね。染料は何を使ったのでしょう」

「わからないの。らしいわ。とある古い知り合いの娘さんが贈ってくれたの。そうそう、こんな使い方ができるそうよ」

そう言ってダリラはベルティーヌが置いていったける布を緋の布の上に重ねた。

「強い印象が消えますね」

「この生地を使って娘にドレスを作ってほしいの。できる?」

「ええ、ええ、もちろんですわ。もうじき皇帝陛下主催の夜會がございますわね。それまでに間に合わせます。ディアナ様がその夜會で一番の注目を集めるよう、全力を盡くします」

ダリラは満足げに微笑んでうなずいた。

夜會まであまり日數がない。だがドレスのこととなると人が変わるこのなら、必ずそう言ってくれると思っていた。

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皇帝の気まぐれで自分の娘は人生が変わってしまった。

娘にクラウディオ殿下がお生まれになってからは、息を殺して目立たぬよう憎まれぬように暮らしている娘と殿下。自分も娘と殿下のために下げたくない頭を下げ、社界で敵を作らぬよう、一人でも多くの貴族と親しくなるよう、気配りをして生きてきた。

だが、それは愚策だったかもしれない。ベルティーヌの考えを聞いてからはそう思い始めた。

どんなに小さくなって暮らしていても皇后陛下は娘と孫を憎み続けるだろう。それなら彼が言うように一生小さくなって暮らすより、あちらが迂闊《うかつ》には手を出せないような存在になることもひとつの方法かもしれない。

娘とクラウディオ殿下が存在を消しているせいで侮《あなど》られる理由がない人にも侮られ、守ってくれる人も現れなくなることはベルティーヌに指摘されるまで考えなかった。

「私は誰も私を傷つけることができないくらいに力をつけて強くなります」

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ベルティーヌはそう言い切っていた。

言われてみれば確かに人はオドオドしている人を見下す生きだ。

「クラウディオ殿下にはなんの罪もない。なのにまだ十二歳の殿下にまで生きたまま死んでいるような、そんな人生を送らせてはいけなかったのかもしれない。私ったら、侍長まで務めたというのに我が子と孫のことになると頭が鈍っていたわ」

ベルティーヌの訪問から二十日後。

皇帝陛下主催の夜會で、皇帝と皇后の二人がダンスを披していた。

お二人のダンスが終わるのを待って、靜かにホールの端から現れたのはディアナだ。クラウディオ第二皇子はまだ十二歳なので夜會には參加できない。

皇帝は不自然にならない程度の間を置いてから皇后の隣を離れ、ディアナに歩み寄った。

ディアナの手を取り、降り注ぐシャンデリアのロウソクのの下に連れ出して、皇帝が再びそのドレスを眺めた。周囲の貴族たちも遅まきながらディアナのドレスの不思議さに気がついた。

ディアナのドレスは一見すると淡い水のドレスだったが、彼いて薄と下のドレスが著すると赤みがかった藤に見え、薄の裾がふわりと持ち上がると下には鈍い包する緋のドレスが顔を出す。

赤みがかった金髪と水の瞳のディアナは二十九歳で、側からるような目の細かいは瑞々しい果実のようだ。

「ディアナ、しいな」

栄です、陛下」

そんなやり取りを周囲の貴族たちは「まるで一枚の絵のよう」とうっとりして眺めていた。

それを視界の端で捉えている皇后は四十歳。第一子と第二子は皇だった。やっと生まれた第三子の第一皇子(おうじ)は十三歳である。

皇后はディアナとその息子が憎かった。

噂では側室が産んだ第二皇子はわが子よりも學問においても武においても秀でていると言う。実に忌々しい。

「あのドレスに使われている布を誰が売っているのか調べて買い占めなさい。もう売らないように指示してもいいわ。あれを真似をして使おうとする愚か者が必ず出るはずだから」

皇后は近くに控えている自分の侍に小聲で指示を出した。

はその夜からいた。

あのドレスを作った者はすぐに判明した。布地の出どころもダリラ夫人らしい、というところまではわかったが、彼に布を渡した人がどうしてもわからなかった。

そうこうしているうちに二ヶ月が過ぎ、今度は公爵主催の夜會が公爵邸で開かれた。

皇帝の弟である公爵は第一皇子にも第二皇子にも同じような態度を取っている。皇后からすれば勝ち馬が決まるまで立場をはっきりしない油斷ならない人だった。

公爵邸での夜會の翌々日。皇后の自室。

「夜會の話を何か聞いている?」

「はい、公爵様の夜會でディアナ様は緋の布を前面に出したドレスで參加なさったそうです。薄は重ねていらっしゃらなかったようで、不思議な合いの生地が大変な話題になったそうです」

「そう」

「ディアナ様の元を訪れる令嬢や夫人が増えているようです」

「誰が訪問したか一人殘らず控えておいて」

なぜディアナは急に存在を打ち出してきたのか。

我が息子が皇太子となるまであと二年。立太子式さえ済ませてしまえばこんな気苦労は不要になる、と自分に言い聞かせる。

皇后は追われる側の不安をじていた。

『不思議な布』を帝國に持ち込んだベルティーヌは、連合國に帰り、以前と変わらずに仕事をしていた。

メイラに売ってもらったデザインを見ながらネックレスをコツコツと作り続け、帝國語教室を再開し、無料の沢山スープの晝食會も再開した。

メイラのデザインで作るネックレスには小粒ながらも質の良い寶石をたくさん使った。それができたのはセシリオの口利きがあったからで、この國から産出される原石を加工している帝國の商會からかなり安く買うことができた。

そんなある日、セシリオのいる庁舎から使いが來た。

「閣下が庁舎まで來ていただきたいとのことです」

「はい。すぐでしょうか?」

「はい。一刻も早くとのことです」

急いでお出かけ用のドレスに著替え、庁舎に向かう。

到著するとイグナシオが慌てた顔で案してくれる。

「イグナシオさん、どうしたんです?」

「ええと、ちょっと確認したいことがありまして。閣下からお話があります」

すぐにセシリオが足早に現れた。

「ベルティーヌ、君はあの緋の布をいくらで売ったんだ?」

「ドレス一著分で、小金貨七枚でお売りいたしますとお伝えし、一著分は贈りとしてお渡しして參りました。安すぎましたかしら。でもさすがに大金貨一枚はちょっと……」

「いやいやいや、逆だ。小金貨七枚?一著分の生地で?」

「はい。小金貨八枚でもいける、とは思いましたが、數をこなせそうなので七枚でいいかと思いまして」

「それは……ぼったくりではないか?」

「そんなことはありませんよ。お相手は裕福な帝國の貴族ですもの。閣下、もし今、目の前に初めて見るような素晴らしい剣がひと振りあるといたしますね。いくらまでならお支払いになりますか?小金貨七枚ならいかがです?」

「七枚なら俺は……買うな」

「そうでございましょう?にとって見たこともない素晴らしい布は、殿方にとっての名剣と同じです」

うーん、と片手を顔に當てて考え込んでいるセシリオがどうにか納得したらしく、「実は」と呼び出した用件を話してくれた。

「帝國のダリラ伯爵夫人からあの布地を二十著分送ってくれと連絡が來た。半分は君が「落ち著いた赤にもできる」と説明したで頼むということだった。手紙と共に大金貨が十四枚も屆けられた」

「はいはい。では染屋に染料を屆けなくてはなりませんね」

「ベルティーヌ、二十著分と聞いても驚かないのか?大金貨十四枚だぞ」

ベルティーヌは気をつけて悪い笑顔にならないよう微笑んだ。

「驚きませんわ。そのくらいの注文はると思っておりました。前払い金が送られたなら樹皮の値段を決めてビルバの族長にお支払いしなくては。閣下、値段についてご相談してもよろしいでしょうか」

「ああ、ぜひ相談させてくれ」

二人は長い時間をかけて樹皮の値段、その木の保護の方法、樹皮の保持の方法について話し合った。やっと話が全てまとまった時にはもう外が真っ暗だった。

「長い時間引き止めてしまったな」

「いえ。私がお願いしたのですし。お気になさらないでくださいな」

「どうだ、味い酒と肴を出す店があるが付き合わないか。この前の干しと瓶詰めの禮もしたい」

「參ります!新しいお店を開拓したいと思っていたところです」

「では君の家には帰りが遅くなることを伝えておこう」

初めての二人での外出が決まった。

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