《【書籍化・コミカライズ】小國の侯爵令嬢は敵國にて覚醒する》32 染屋と船の話

染め屋の主人に呼び出されて出てきたベルティーヌ。

「それで、お願いというのはなんですか?シーロさん」

「いつも使っているこの染に他のを混ぜる許可をいただきたいと思いまして」

「それは願ってもないことですわ。私も緋以外に染められないかと思ってました。ただ、あのじがどうなるのかしら」

「そうなんです、あの鈍くじを消してしまっては臺無しですので、難しいでしょうが試させてください」

セシリオに紹介された染業者は、年配の男と若い職人の二人で営業している店だった。彼らは染の材料についてあれこれ尋ねることがない。セシリオに釘を刺されているのだ。

「いろいろ試してくださっても大丈夫ですよ。染の材料はたくさんありますから。明日にでも煮詰めた原を持ってきます」

「そりゃありがたい。ウーゴ、お許しが出たぞ」

「これでいろんなが出せたら最高っすね、親方」

「では、また後日に」と聲をかけて染屋を出る。

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鮮やかな緋と暗い赤の二以外にも染められたらもっと売れるだろう。

その売り上げで計畫が一歩現実に近づく。

帝國の裕福な貴族がこぞって長期滯在したがる小さなホテル。そこでお金を使ってもらえるし雇用も生み出せるだろう。

小さいと言ってもホテルを建てて運営するのはあまりに大きな夢で、本當にできるかどうか自分でも自信がない。だが大きな目標を掲げるだけでが躍る。

お茶を飲みながらその夢をドロテを相手におしゃべりした。

するとドロテが不思議そうに尋ねた。

「お嬢様、でもどうしてホテルなんです?」

「ドロテ、サンルアン王家の一番の収源はなんだったか忘れたの?」

「あっ」

「王家直屬の組織が運営している高級ホテルが王家の一番の収源じゃないの。ま、私もホテル計畫を思いついた後から思い出したことだけどね」

「王家に一矢報いるおつもりなんですか!」

「そうよ。ただあちらは老舗だし、帝國のお金持ちの常連客も多いわ。私はクジラに立ち向かう小《こ》イワシみたいなものだけど。でも小イワシだって集まればなんとか……ならなくてもいいわ。ホテル経営は夢があるもの。緑の楽園にポツンと建つ小さなホテル。そそられると思わない?」

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ドロテが遠くを見る目になる。

「朝は野鳥の聲で目が覚めるのでございますね?」

「エムーの群れを眺めながらテラスでお茶を飲むのよ」

「いいですねえ、お嬢様。素敵でございますよ!」

「そこで活躍するのがエバンスの考えるおとぎ話みたいな建だわ」

「あのおとぎ話の家があそこに建ちますか」

「あの非日常的な建は心惹かれると思わない?」

「思います!」

ふふふ、と笑ってベルティーヌが自畫自賛する。

「帝國に生地を売り、瓶詰めも売り、その売り上げを集めてホテルを建ててまた稼ぐ。完璧じゃない?」

「お嬢様、お顔」

「あ。悪い顔になってた?」

「はい。相當に」

ホテルを建てて運営するとなれば全を把握して指導する人間が必要になる。

それについてはホテル経営の先輩である父に教えを請いたいのだが、義母の目が怖い。義母に気づかれたら伝え聞いた王妃に何をされるかわかったものではない。

「遠回しになるけど、ルカに誰かを紹介してくれるよう頼むしかないかしらね」

「今やルカ様は帝都の一流ホテルの支配人ですものね、お嬢様」

「ただ、帝都で働いてるような人材が、果たして連合國に來て指導してくれるか、よね」

「そうですねえ。帝國の人には連合國に偏見がありますから」

うーん、と天井を見上げてしばし悩む。

「あ、それより先に、ニルダさんとカルリトさんに聞いた海の幸の瓶詰めをどうにかしなくちゃ」

「シャコ貝とコブという魚でしたね」

「他にも味しい海の幸がありそうな気がするのよ。一度足を運んでみようかしら」

「ですが閣下の生まれ故郷となると、ちょーっと距離がございますよ?」

「そうなのよ。馬車だと往復だけでひと月半かかるらしいわ。大陸は広いわねえ。サンルアン王國なんてほんと、大陸のホクロ並に狹かったのよね」

ベルティーヌが惚れ込んだ最深部にホテルを建てるとなると、イビトからでも片道二週間はかかる。悪天候ならもっとかかるだろう。そうなると帝國の現役の貴族の當主は來にくい。引退した老貴族を相手にするとなると帝國から連合國南部までの距離をどうするかが肝《きも》になる。

(果たして裕福なご老人たちが遠路はるばる來てくれるかどうかね。それとも元気な若い世代を狙う?いや、若い世代はそれほどお金が自由にならないか)

貴族の老人はお金と時間があるが気力力に乏しい。

若者は時間と力があるがお金が自由になりにくい。

お金も力もある現役の貴族たちは忙しくて時間がない。

どの層を狙うべきか。

資金繰りもできてないのにそんなことを考えるのも楽しい。侯爵令嬢だった時にはなかった楽しみだ。

「とりあえずセシリオ閣下の故郷に行ってみましょう。コブと言う魚の焼いたのとシャコ貝のオイル煮を食べてみなくちゃ」

閣下の故郷に向かうにしても、その土地の味を食べられる場所や注意事項などの事前報は必要だろう。とりあえずイグナシオに相談しようと考えた。そう思って庁舎に足を踏みれると、見知らぬ男に聲をかけられた。

「あのっ!先日は竜の実のシロップ煮をごちそうさまでした!首都で売る店が決まったら教えて下さい。自分、必ず買いに行きますので!」

「ありがとうございます。もしよかったら今日にでもこちらにお屆けしましょうか?どれでもひと瓶で大銅貨五枚です」

「故郷の味が大銅貨五枚で味わえるんですね。付に聲をかけて頂ければすぐに參ります。自分は會計課のダニエルであります」

「わかりました。會計課のダニエル様ですね。後でお屆けしますが、何がいいですか?」

「全部です。全種類二つずつお願いします!」

お禮を述べて笑顔で別れてけ付けに向かい、イグナシオさんに面會できるか尋ねていると、當の本人が書類の山を抱えて通りかかった。

「ベルティーヌ嬢、なにか用でしたか?閣下は視察で一週間はイビトを留守にしていますが」

「いえ、イグナシオさんに用事でした。実は閣下の故郷の味を探しに行こうと思いまして。注意事項などがあったらイグナシオさんに教えていただこうと思っていたのです」

「え。カリスト地區に?この國の南端ですよ?あなたが行くのですか?」

「実際にその土地の味しいものを食べてみたら瓶詰めのアイデアも湧くんじゃないかと思いまして」

「あなたは……」

呆れたような面白がるような顔のイグナシオ。

「私は夫も子どももいない軽なの上ですから。思い立ったらくのは當然ですわ」

「なるほど。では、私の部屋までどうぞ」

イグナシオの部屋でベルティーヌは思いがけない良い報を手にれる。それは船である。

「首都イビトからカリスト地區まで、馬車を使えば三週間かかります。ですがサラン川を使えば十日で著きますよ。ああ、ただ、はどうかな。荒っぽい男たちが荷を積んで帝國から鉱石の採掘場まで行くんですよ。帝國に向かう時は帆を作して川を遡るんです」

「十日ですか?イビトから十日で南の端まで著くんですか?」

「そうですよ。馬と違って休憩無しで進みますし、夜も進み続けますからね。ただ、本當にが乗ってるのは見たことが……」

「ありがとうございます!とてもいい報ですわ。船はどこから乗ればいいんです?」

「イビトに船著き場がありますが。ベルティーヌ嬢、寢るのも雑魚寢ですよ?」

ニヤッと笑ってベルティーヌは持ち上げた右手を軽く握り拳《こぶし》にする。

「何の問題もありません。商売のためなら雑魚寢なんて気にしません」

「しかし……」

「腕の立つ護衛がおりますので心配は無用です。それに侯爵令嬢としての世間は野良犬と野良貓に食べさせたのでもう持ち合わせておりません」

「はあ……そうなんですか」

その後、カリスト地區の概要を説明されて嬉々として帰るベルティーヌ。イグナシオは(俺、余計なことを教えたって閣下に叱られそうな気がする)と眉を下げてベルティーヌを見送った。

「よし!帝國から私のホテルまでの旅路短の目処が立ったわ。やっぱりイグナシオさんは優秀ね」

ご機嫌なベルティーヌである。

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