警察が到著すると、私を助けてくれた彼はいなくなってしまった。呆気にとられてお禮も言えなかった自分がけない。

「セレスティア。このまま神殿へ向かおうと思うが大丈夫か」

「……ええ、問題ないですわ」

警察に強盜を引き渡し終え、後日家で事聴取をける約束をした私は、お父様と二人でまた馬車にのる。

「さっき……セレスティアを助けてくれた青年にお禮をしないといけないな。名前を聞いたか」

「いいえ……」

「……ああ、怖い思いをしたのに聞くべきではなかったな。すまない。お父様が探そう」

「お父様。もし見つかったら、私に教えてくださいませ。直接お禮を申し上げたいですわ」

一応はそう伝えたけれど、あの彼が見つかる可能は低いだろうと思う。

――彼の名は、トラヴィス。

一度目の人生でも出會った、私の友人だ。

スコールズ子爵家を追い出され、こっぴどい形で婚約破棄され、居場所を失ってこれ以上ないほどに傷ついていた私を助けて寄り添ってくれた人。

けれど、友人だったのは一度目の人生でだけ。他の人生でも會いたいと願い、一生懸命探したのに、巡り合うことはなく。

――どうして、今日ここで。

懐かしい友人との一方的な再會。諦めて忘れていたはずなのにな。

『啓示の儀』とは、神に仕える職への適を確認するためにある。平民・貴族に関係なくけられて、『聖』『神』『巫』への適を判定するイベントだ。

適ありと判斷されるのはとても名譽なことで、神様に選ばれた人間として敬い傅かれる存在となる。

ちなみに『神』は聖を守り補佐し、『巫』は神殿の管理を行う。神殿は『聖』を中心としてまわっているけれど、三度目ぐらいの人生までは聖に選ばれた後も家で居場所がなかった。これは、完全にげられ慣れすぎたせいな気がする。

神殿に到著した私はし焦っていた。

「し遅れてしまいましたが、大丈夫でしょうか」

「まぁ、今日けられなくてもまた次の機會に來ればいい。十五歳を過ぎていれば、いつでもけられるのだから」

お父様はこう仰るけれど、記憶を取り戻した私はできるだけ早く家を出たい。そのために、聖に選ばれたというのはとてもいい口実になる。

「あなた！　クリスティーナが……！」

神殿の中では、ちょうどクリスティーナが啓示をけ終えたところだった。

興した継母が駆け寄ってきたので、私は軽く會釈をしてお父様から一歩離れた。そこに継母が自然と収まり、異母妹がお父様に正面から抱きつく。

「お父様！　クリスティーナは巫に選ばれましたわ！」

「本當か！　おめでとう、クリスティーナ！　さすが、スコールズ子爵家のかわいい娘だ」

「……おめでとうございます」

巫であっても、十分に誇らしいことだ。私は、ちらちらと得意げな視線を送ってくるクリスティーナに小聲で祝福を贈る。

仲睦まじい三人の親子と、し離れて佇む私。表向き、我が家は『恵まれた先妻の子と立場がない後妻の子』の二人の娘がいることになっている。

それは、継母が社界で植え付けたネガティブなイメージにほかならない。

私のお母様は伯爵家の令嬢だった。だから、はじめはそのつながりで味方をしてくれる人がいた。けれど、気がつくと周囲には誰もいなくなっていた。

人の思い込みとはまったくもって恐ろしいと思う。聲が大きいほうが有利、小さいほうには反論すら許されない。

「今日、啓示の儀を申請していたのは以上かね」

大神様の聲が神殿に響いて、私は三人を橫目に進み出た。

「ここにも一人おります。セレスティア・シンシア・スコールズです」

「セレスティア。では前へ」

「セレスティア、って存在してたのか」「あれだろう、スコールズ子爵家の悪な方の娘」大神様のところにたどり著くまでに、そんな聲が耳にる。

當然だ。私は普段、別棟から出ることはない。お茶會や夜會にも、マーティン様の婚約者として呼ばれなければ列席を許されない。招待狀は継母がすべて握りつぶしてしまう。そして、不在の場所で悪い噂が広がっていく。

「呼吸が整ったら、こちらの石版に手をかざすのじゃ」

「はい、大神様」

大神様が指し示したのは、神殿の中央に置かれた平たい石。遠目には譜面臺にのった楽譜のように見えるけれど、歩み寄ると確かに石なのだ。

「適がない場合は何も起きない。青くれば神、白くれば巫、――金にれば、聖、じゃ」

大神様は、その先の説明をしてくださらない。もし聖だった場合は金にったうえに何の聖なのかが古代の神話文字で浮かび上がる。

けれど、必要がないのだろう。この石版をらせるのは100人に1人。聖への適があるのは、その中でも一握り。

私は石版に一歩近づくと、ふぅ、と息を吐いてから手をかざした。

その瞬間に、石の真ん中にらかなが湧きあがった。