次の日。レイの熱は夕方には下がった。

避難するレイには醫務が付き添ってくれるというので、私とトラヴィスは二人を駅まで送って行った。サシェの町の人々は山を越えた先の町に避難しているけれど、レイの行き先は王都になった。

大神様に経緯を魔法郵便で知らせたところ、私が戻るまで神殿で保護してくれることになったのだ。その後、レイの父親を呼び出して今後の方針について決めるらしかった。

私は大切に保護されている聖ではあるものの、さすがに一人ではこんな対応はありがたすぎることで。おずおずと頭を下げる。

「……トラヴィス、大神様に手紙を書いてくれてありがとう」

「それぐらい簡単なことだよ」

こちらを見下ろす瑠璃の瞳に、昨夜の覚がよみがえる。軽く沈んだベッドと、シーツ越しに頭をでてくれる手。

彼はるよと言ったけれど、実際には子どもをあやすみたいに優しく寄り添ってくれた。

この際、包み隠さず薄っぺらく白狀する。

今まで、私はトラヴィスをとてもかっこいい人だと思っていた。男問わず誰もが見とれる外見に、穏やかで上品な腰。それでいていざというときには決斷力もある、ものすごいヒーロー気質な人なのだと。

だから『そんな人に好意を向けられて、拒絶できるわけがない』というのはただの冷やかしだった。もちろん、一度目の人生での関係を引きずっていたのもあると思う。実際、もし兄がいたらこんなじだったのかな、というを持ったこともある。

けれど……やっぱり何かが違う。あれこれもしかして私、彼に殺されるやつではないよね？

自分を茶化しつつ恐ろしすぎる結論にたどり著いたけれど、トラヴィスはいつも通りどこ吹く風だった。昨日、あんなに揺していたのが噓みたいに涼しい顔で微笑みかけてくる。

「……？　どうしたの？」

「な、何でもない！」

私はぺしっ、と両頬を叩く。私だけが昨日のことを反芻して揺しているのは悔しいし、そもそも今は急事態だった。こんなことにぼうっとしているわけにはいかない。

「今、気合をれ直したところなの」

「はいはい」

溫かく低く響く彼の聲に鼓が高まってしまったのには、気がつかないふりをした。

彗星の欠片が落ちてくるのは日付が変わって數時間後のこと。夜明けの空に、不意にそれは現れるのだ。

一度目の人生のときは、私は『先見の聖』の力を使いサシェの町が消えるのを見た。

自分が見たものが何なのかわからなかったけれど、とりあえず大神様に告げてから気絶。目が覚めるとすべてが終わっていた。

二度目から四度目の人生のときは、未來を見たのは私ではなかった。

先見の聖・クラリッサの予言に従うことになったものの、どこに彗星が落ちるのかまではわからなくて。「サシェの町です、私も見ました」と進言したものの誰も信じてくれなかった。結局、王國騎士団と魔法天文學者が落下地點を割り出し、間一髪で住民の避難が間に合った。

そして今、五度目の彗星の欠片がこの町に向かって落ちてきている。たぶん、私が聖堂で見たのが今この瞬間。この星に近づいた彗星に何かがぶつかって、その欠片が落ちてくる景だった。

明け方の夜空に突如現れ、みるみるうちに大きくなっていく星の欠片。端的に言うと、こわい。

『これ、こうげきまほうでなんとかするのはむりじゃない？』

「そうなの？　リル、思っても言わないで」

足が震えそうなので。いやもう震えているけれど。

ぷるぷると小刻みに震える私は、トラヴィスにぐいと片手で抱き寄せられた。あらゆる意味でびっくりするからやめてほしいと思ったけれど、彼の表は任務中の真剣なもので、何も言えない。

「セレスティア。最悪、この周辺にだけでも防魔法で結界を張れる？　この町ごと守るのは難しいかもしれないな」

「……ええ。もし魔力が足りなくて無理そうならそちらに切り替えるわ」

でもそれって、私が聖堂で見た未來とは違うのだけれどな。どうしても腑に落ちなくて首を傾げると、トラヴィスがきっぱりと言った。

「大丈夫。セレスティアは俺が守るから」

「……」

悍な橫顔が目にって私はを噛んだ。これは神としての任務なのに。そんな、命を懸けているみたいな真剣な顔はしないでほしい。

「各自位置につけー！」

「演習通り、タイミングを見て同時に攻撃魔法を放つ！　いいな！」

王國騎士団の人たちのきが騒がしくなっていく。

町の人や役人たちは避難を済ませ、ここに殘っているのは鋭の騎士たち。加えて數人の神と、トラヴィスと私、だった。

燃えるような星の欠片がものすごい速度で落ちてくる。それに、騎士たちが次々と攻撃魔法を放っていく。

その魔法はひとつになり、欠片を包む。炎とが混ざり合って、一瞬こちらに向かって落ちるものが見えなくなった。

「もしかして、うまく行った……？」

「いや、まだだ」

『セレスティア、そろそろてつだわないと、あぶないかも』

トラヴィスの厳しい聲が聞こえた後、リルが私の肩まで登ってきた。

それと同時にの靄が消えて、また星の欠片が見える。攻撃魔法で相殺するどころか、いくつもに分裂して降り注いできていた。

「くっ……無理か！」

「もっと威力の強い魔法を殘しているものは！」

「おりません！　魔力ももう……」

騎士団から狼狽する聲が聞こえる。

「……やっぱり、違う」

トラヴィスが息を吸う気配がして、次の言葉が聞こえる前に私は手を組んだ。聖が魔法を使うのに必要な姿勢や作はないけれど、何となく。

≪防(プロテクション)≫

聖が聖屬の魔力でる呪文はシンプルなもの。いつもとは違い、唱えただけでから魔力が持っていかれるじがする。それと同時に、空には白くて小さなの粒が広がった。

それは、3日前に私が神殿の敷地にある聖堂で見た景によく似ていた。