《【書籍化決定】婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。》1

冬が終わった。

土を踏み固めただけの簡素な道の傍には、アーモンドの花が咲いている。ひらひらと舞うピンクの花弁を眺めながら、レニア伯爵家のひとり娘、アメリアは農地の様子を確認するために歩いていた。

背中までばした黒髪に、青い瞳。

手足はし日に焼けていて、小柄だがしなやかで健康そうなつきをしている。

王都から離れたレニア伯爵領は農地が多く、春になると忙しい。

水魔法を使えるアメリアも、あちこちの農地を回って手伝いをしていた。

伯爵家の令嬢といえ、王都から遠く離れた田舎の地では、こうして畑仕事の手伝いをすることも珍しくない。なくともレニア伯爵家ではこうすることが當たり前になっていた。

けれど殘念ながら、水魔法はそれほど重寶されているわけではない。

水遣りなど手を掛ければ誰でもできる仕事だ。

本當に必要なのは、土をかにして実りをもたらす土魔法である。

魔力に満たされた農地では、作は他とは比べにならないほど早く長し、大きさも味の極上のものとなる。

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レニア伯爵の當主は、代々その土魔法の魔導師だった。

だが曽祖父が子爵家の令嬢と結婚したのち、水屬を持つ子どもが生まれるようになってしまった。

曾祖母は、優れた水魔法の魔導師だったのだ。

子どもは何人も生まれていたが、すべて水屬の魔法しか使えない。

曽祖父と曾祖母はそれが原因で口論となり、のちに離縁してしまったと聞く。

の末に結ばれたふたりの結末としてはあまりにも寂しい。

さらに曽祖父は親戚中から、土魔法を失わせた當主として今も嘆かれていた。

貴族ならば自分のよりも、領地の利益を優先するべきだ。

曽祖父の話はその教訓として、アメリアもい頃から何度も言い聞かせられていた。

それほど土魔法の魔導師は貴重な存在だった。

そんなレニア伯爵家のひとり娘であるアメリアがリースと婚約したのは、五歳の時だった。

リースはサーマ侯爵家の次男である。金の髪に緑の瞳をしていて、長するとなかなか整った顔立ちになった。

もちろん政略結婚で、互いの両親が決めたものだ。

リースは、レニア伯爵家が切している土魔法の魔導師だった。

次男とはいえ、貴重な土魔法が使えるリースを婿に迎えれるには、多額の金がいたようだ。

辺境とはいえ広大な領土を持つレニア伯爵は裕福で、もう一度土魔法を取り戻せるのならば、と父はかなり発したと聞く。

向こうは先代の當主が事業に失敗したこともあり、利害は一致したのだろう。

いずれはリースをアメリアの婿に迎えて、レニア伯爵家を継いでもらう予定だった。

い頃から將來はリースと結婚するのだと言われていたので、アメリアは當然のようにそれをれていた。

リースとの関係も、悪くはなかったと思う。

互いにをしていたわけではなかったが、それなりに仲良くしていた。

いずれ自分が継ぐ領地という自覚があったのか、リースはよくレニア伯爵領を訪れていた。

二人で領地の孤児院や農地を巡り、將來のことを語り合ったこともあった。領民達も勉強熱心なリースを若様と慕い、彼の訪れを歓迎していた。最初の頃は、何となく彼と一緒に出掛けていたアメリアも、そうしているうちに領主の妻としての自覚が出てきた。

ふたりで、この領地を今よりも発展させよう。

そう誓ったはずだった。

その関係が変わってしまったのは、ひとつ年上のリースが王都にある王立魔法學園に學してからだった。

貴族としては當然の義務である魔法を學ぶため、十六歳になったら三年間、その學校にらなくてはならない。

一歳年上のリースは、アメリアよりも早くその學校にる。

「夏には帰って來るよ。作合が見たいからね」

學前にレニア伯爵領に立ち寄ったリースは、そう言っていた。

彼の帰る場所は侯爵領のはずなのに、躊躇いもなくこの地に「帰る」と言ったリースに、アメリアは微笑んだ。

「ええ、待っているわ。學園での勉強も大変かもしれないけれど、頑張ってね」

そう言って、王都に向かう彼を見送ったのが去年の春のこと。

けれどリースは、夏になっても伯爵領を訪れることはなかった。

學園での勉強が忙しくて帰れそうにない。そう書いた手紙が屆いただけだった。

(學園の勉強って、そんなに大変なのね)

手紙をけ取ったアメリアは、呑気にそんなことを考えていた。

もちろん、すぐに返事を書いた。気にしなくてもいいから、勉強を頑張って。そんな容だったと思う。

だが、それに対する返事はこなかった。

そのときはまだ本當に忙しいからだと思い込んでいた。

だが秋になってもリースからの連絡はまったくなく、彼が気にしていた農作の収穫量を詳しく知らせても、何の返信もなかった。

冬になってようやく、忙しかったので返事も掛けずにすまない、という簡潔な手紙が屆いた。

もちろんリースが帰って來ることもなかった。

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