「あまり日持ちはしないが、なくとも今日明日は大丈夫のはずだ」

翌日。ハロルドにサクラ陛下用のぼたもちを包んでもらいながら、私とアイ、それにユーリさまとホートリー大神の四人は馬車の前に立っていた。ユーリさまが、アイを抱え上げて馬車に乗せている。

私は見送るハロルドに向き合った。

「ありがとう、ハロルド。本當に助かったわ。あなたがいなかったら、きっとぼたもちは完していなかったと思う」

小豆やもち米という未知の食材を使い、記憶と片言な商人の証言を頼りにぼたもちを見事再現してみせたハロルドの腕前は本だ。

それにユーリさまいわく、彼は他の仕事と両立させながら、何度も試行錯誤して徹夜でがんばってくれたみたい。アイに渋い豆を食べさせたことはいまだにに持っているけれど、それとは別に彼の頑張りはきちんと評価してあげたいわ。

私がお禮を言うと、ハロルドは不思議そうな顔をした。それからぼりぼりと、自分の頭を掻く。

「……あんたは本當に不思議な王妃さんだな。貴族のお嬢さまって言うのは、俺を見ると大汚らわしいものでも見るかのような目をするのに。あんたは俺を嫌がらないどころか、お禮まで言ってくれる」

「そう……かしら？　結構雑な扱いもしている気がするけれど」

「雑な扱いでも、おれとちゃんと話してくれたのはあんたが初めてだよ。俺はド平民からり上がった騎士で、料理人だ。品も何もないからな。今まで會った令嬢たちはみんな、扇子でサッと顔を隠したきり、目も合わせてくれなかった」

目も合わせないの？　確かにハロルドは貴族男と違って野味にあふれた雰囲気だけど……そこまでかしら？

私は首をひねった。

「我が家の教育方針があったから……かしら？　分問わず、人は大事にするよう教育されてきたのよ」

父がいつも言っていた言葉を思い出す。

『私たちの生活がり立っているのは、私たちがえらいからではない。生活を支えてくれる人たちがいるからこそだ。決して軽んじてはならん。大事にせよ』

々と破天荒な父だけれど、そういうところは尊敬しているのよね。

……そういえば、お父さまたちは元気にしているのかしら？　私を王妃にするなり、お母さまと“らぶらぶ夫婦旅行”に行ってしまってまだ帰ってきてないはずだけど……。

私が考えていると、ハロルドが真剣な顔で言った。

「俺……実を言うと、聖以外が王妃の座に収まるのは反対だったんだ。どう考えてもめ事の種にしかならないし、ユーリにこれ以上の苦労を背負わせたくなかった」

その告白は、全く驚かなかったと言ったら噓になるけれど、同時に納得もしていた。

私だって、聖じゃない自分が王妃の座に収まるのは厄介ごとにしかならないと思っていたんだもの。ユーリさまの友であり、ユーリさまのことを案じるハロルドにとってはなおさらよね。

「でも……姫さんが五歳だからってわけじゃないが、俺はあんたが王妃でよかったと思ってるよ。俺を偏見の目で見ないあんたなら、この國を任せてもいいと思っている」

「ハロルド……」

言い方はぶっきらぼうだったが、その瞳は本気だった。

そこへ、ユーリさまがぬっとあらわれる。目は鋭く、彼は牽制するように言う。

「……ハロルド、エデリーンは私の妻だぞ」

「待て待て早まるな、落ち著け。俺がお前から奪おうなんて畏れ多いこと考えるわけないだろ！」

まだ命は惜しいからな！　とびながらハロルドはあわててあとずさりした。

ユーリさまったら変なところで心配ね。ハロルドは私を王妃として認めてくれただけよ。

そんな私の視線に気づいたのだろう。ユーリさまが咳払いした。

「それより、そろそろ出発しよう。サクラ陛下にぼたもちを屆けるなら、早い方がいい」

「そうでしたわ！」

サクラ陛下の住まう離宮はここからはし離れているし、最近は気溫もあたたかくなってきたもの。しでも早めに行くに越したことはないわ。

馬車から顔を覗かせたアイが、「ママまだぁ？」とほおをふくらませている。

「待たせてごめんなさい。さあ、出発しましょうか」

私はユーリさまの手を借りて馬車に乗り込んだ。