《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》2・ときめきの春霞/(四月)

四月は卯月、春爛漫。

春眠なんとかと言われるように、春は眠い。

ただいま、青春真っ盛り。ノリに乗っている柏木《かしわぎ》 慶子《けいこ》さんも、當然眠い。

けれど、慶子さんには、それだけじゃない理由もあるようで――。

學校への道をてくてくと歩きながら、慶子さんはこの眠さの原因について考えていた。

誰もが一度はなってみたいと思う「三年B組」にめでたくもなった慶子さんは、同じクラスで隣の席の和菓子さまこと鈴木《すずき》 學《まなぶ》君から、剣道部への部を勧められた。いや、勧められたといった表現は、甘いだろう。慶子さんは、彼から渡された部屆けに、ついうっかりサインしてしまったのだ。さらに昨日は「これ、読んでおいて」と、彼から一冊の本を渡されたのだ。

本の題名はズバリ「いろはの剣道」。

「初心者の剣道」でも、「剣道1・2・3」でも、「ホップ、ステップ、剣道!」でもない、その絶妙な本の題名に、さすが和の心を持つ和菓子さまお勧めの本だなぁと、心してしまった慶子さん。そこでも、ついうっかり本をけ取ってしまったのだった。

そう、慶子さんは、剣道部部のお斷り「も」したかったのだ。

けれど、現実には、どちらもれてしまった、八方ふさがりの慶子さんなのだった。

とはいえ、活字好きの慶子さん。

部する気はないにしろ、剣道というものへの知識的好奇心はあった。そこで、ついつい夜遅くまでページを捲ってしまったのだ。 それが、昨晩のことだった。

「いろは」の割にやけに分厚いその本を、慶子さんは一ページ目から丁寧に読んだ。読みながら慶子さんは、剣道というものを直接的にも間接的にも、見たことがないと気がついたのだ。

道なら、オリンピックで見た。

相撲は、以前、家族そろって両國で観戦した。

空手は、テレビで瓦を割る人を見た記憶がある。

けれど、剣道は、記憶のどこをどう探っても、見た記憶がなかった。

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そのことに、慶子さんは愕然とした。剣道は日本の武道だ。それなのに、十七年生きてきて、一度も見る機會がなかったのだ。

剣道って、どんなスポーツなんだろう。

あまりにも剣道を知らなすぎたことを大いに反省した慶子さんは、パソコンを立ちあげ、剣道を主人公にした有名な小説を、図書館のウエブページから予約した。

當然、待ち人は多かったけれど、本好きの自分には小説によるアプローチがいいと思ったのだ。ちょっとずれている慶子さん。まぁ、そこが彼のいいところ。

兎にも角にも、自分の行に満足した慶子さんは、再び「いろは」を読み進めた。そして、今度は剣道をする為ににつける、あれこれの多さに目を丸くしたのだ。

剣道のユニフォームは、上半紐といった紐で結んで著る剣道著で、下は袴だ。著用にも細かな決まりがあるようで、紐は橫結びで、袴の後ろ部分の腰板は、腰骨にあてろと書いてある。また、袴は、前方を下げ後方は上げ気味なるように著用しなくてはならないらしい。

著とスクール水著にしか縁のなかった慶子さんにとり、そういった著の決まりごとは、カルチャーショックだった。

「いろは」に載っている寫真をじっと見る慶子さん。 果たして、一人で著られるのだろうか。 それとも、誰かに著せてもらうのだろうか。

自慢じゃないが、慶子さんは浴だって一人で著ることはできない。

ふぅ、とため息をつき天井を見上げた慶子さんは、十秒くらいはそのままでいたが、ぱっと姿勢を元に戻すと、気分も新たにと次のページを捲りだし、鎧グッズを見た。

念のために言うならば、剣道には「鎧グッズ」なる名稱のものはない。 慶子さんが勝手にそう呼んでいるだけだ。くれぐれも、お間違えないよう。

さてさてと、慶子さんは、鎧グッズの説明を読みだした。

「いろは」によると、剣道著と袴を無事に著用した後は、面、小手、、そして垂(たれ)というもので、ボディを固める必要があるそうだ。 必要なもの全て著用したという完寫真を、慶子さんはじっと見た。

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が出ているのは、足の足元だけだ。あとは、につけるもので全てがなにかしらで覆われている。これじゃ、この格好では、このままの姿では、誰が誰だかわからないのでは? あぁ、だから名前が必要なの? 垂の前にある個人の「名前」に目がいく。

試合をする者は、垂の中央にこれをつけろと書いてある。名前なんてそれぞれ違うわけだから、つまりがオーダーメイドになるのだろうか? 寫真を見つめながら、垂につける名前について勘定を始める慶子さん。

慶子さんは締まり屋さんだ。 それは、母親に代わり家事をするようになってからにつけた、スキルである。お料理もお掃除も一応はできるようになった慶子さんが、最も好きな家事はスーパーでのお買いだった。ここ數年の経験で、商品の底値報は、歴史の年號よりも詞の活用よりも頭にっている。縁があり結婚をしたら、やりくり上手なお嫁さんになるだろうし、結婚しなくても、どうにか工夫して生活していけそうな経済観念の持ち主なのだった。

先程の慶子さんの心配に戻ろう。人間というのは不思議なもので、が防で覆われていたとしても、仲間として活するうちに、なんとなくのシルエットでおおよそだが誰が誰だかわかるものなのだ。

けれど、そんなことは、今の慶子さんにわかるはずもなく。何から何までも、未知の世界の剣道を、本を捲ることで探求中なのであった。

そして慶子さんは、またもや嘆の聲をあげた。なんと、手ぬぐいの被りかたにまで指南が! 面をつける前に、頭部を手ぬぐいで巻くのだが、それにもやり方があるようだった。

慶子さんは眩暈がした。 一剣道は「剣道をするまで」に、いくつのハードルを越えねばならないのだろうか。 こんなにも決まりがたくさんあったら、著たり、につけたりだけで、部活の時間が終わりそうだ。

部を斷るつもりなのに、部活の時間について考えてしまう慶子さん。 素直なんだか、お人よしなんだか、単に忘れっぽいんだか。

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そんなこんなで夜は更け、今朝、慶子さんは寢不足さんなのであった。

あくびをする時は手で口を覆いなさいと、両親からいつも言われる慶子さん。歩きながらも、しっかりとそれを守る、けなげな乙である。

ところで、両親と言えば、慶子さんは、剣道部についてのあれこれを親には言っていなかった。斷るつもりだったので、下手にあれこれと言いたくなかったのだ。

だから、今日こそは、和菓子さまに部のお斷りをしないといけないと、慶子さんは思っていた。 お斷り。できるはず。

だって、鈴木 學君は、隣の席なんだし、同級生なんだし。つまりが、同じ年の男の子なのだ。そう、わかっているのに、やっぱり慶子さんにとって鈴木君は、尊敬する和菓子さまなのだった。

尊敬する和菓子さまに言われたことを、果たして斷ることができるのか? 本當のところ、自信がない慶子さんであった。

しかし、やはり自分に運部は無理がある。 瞼を閉じると、小學生の頃から可いアヒルさんの績だった育の評価が浮かんでくる。

ちなみに、他の教科はどうかというと、育以外は大仏さまのお耳だった。つまりが、三(3)。

しかし、何かの拍子にあひるさん二羽分の績をもらう教科もあったため、トータルでの評定は三を下ることなくキープできていた。績に関して慶子さんは、平均という言葉を現化した人なのだ。

人の価値は、學校の績だけにあらず。

これは、どちらかといえばお勉強ができた慶子さんの両親が、結婚し親になり慶子さんを育てる中でみいだした、子育てに関するモットーだった。おで、すくすくと育った慶子さん。

そのすくすくさが、學業だけでなく、和菓子さま鈴木君にも向けられると一気にことは解決しそうなものだが。まぁ、そうなりそうもないところが、慶子さんの慶子さんたる所以(ゆえん)。

そんな自分の質(たち)に抵抗するかのように、歩きながらもぶつくさと、「できない」、「できる」などと花びら占いのような言葉をつぶやく慶子さん。

その結果、春は危ない人が多いなぁと避ける人々により、慶子さんの周りは人口度がなめだ。

と、そんな中、慶子さんに向って一直線に走って來る人の姿があった。

「柏木さんっ!」

自分を呼ぶ元気な聲に振り向き、慶子さんが目にしたのは、昨年同じクラスだった、山路(やまじ) 茜(あかね)さんだった。

「おはよう」と、慶子さんが挨拶をすると、山路さんからも「おはよう」と、とても嬉しそうな返事が返ってきた。慶子さんと山路さんは、並んで歩き出した。

「柏木さん、ありがとうね。朝から、あなたに會えるなんて、ほんと嬉しいわ。もう、大激よ」

激? わたしに會えたことで? 慶子さんは返事に困った。これは、一どういうことだろう。

「あれ? もしかして聞いてないの? わたしね、剣道部なの。それで、昨日、鈴木から柏木さんが部するって聞いたのよ」

「鈴木君から? 剣道部? 山路さんも、剣道部で。……あれ」

自分の部について、すでにそんなところまで話があがっていたとは、想像もしなかった。確かに、部屆けに署名して、「剣道のいろは」まで借りたのは慶子さんだ。その狀況は、第三者からすれば部に前向きな姿としか思えないだろう。

本當は、部を斷りたい。慶子さんがそう考えているなんて、誰が思うだろうか。

「鈴木から聞いた時は耳を疑っちゃった。でも、柏木さんの部屆けも見せてもらって、鈴木が本も貸したって聞いて。あぁ、これは本當なんだって。わたし、凄く、凄く嬉しいし、ホント助かる。だって、五月には部活の紹介があるじゃない? 部活の勧も始めなくちゃいけないし。ほら、今って、剣道の子部は、わたしだけでしょう。それって、これから後輩を迎えるのに辛いもん」

ん? と思う慶子さん。山路さんの気になる言葉をリフレイン。

――剣道の子部は、わたしだけでしょう。

え、えええっ? ちょっと待ってぇ!

山路さんの言葉に、心の中で思いっきり突っ込みをれる。

「ほら、みんな他大學験の為に部活をやめちゃって。で、これで二年生でもいればまだ大丈夫だったんだけど、去年の新生勧に失敗してゼロ。柏木さんがいなかったら、わたしは子一人だったから、ほんと助かったしありがたいなぁと、激なんだ。で、っていきなりで申し訳ないんだけど、こういった事なんで、柏木さんに是非、副部長をお願いしたいなぁと。部長はわたしなんだけど。まぁ、二人しかいないわけだから、そうだよね。ってことで、どうぞよろしくね」

山路さんは嬉しそうに、えへへなんて笑っている。

その山路さんの笑顔を見て、もう斷ることはできない狀況だと慶子さんは悟った。

部と同時に副部長。 柏木 慶子さん、剣道未経験にもかかわらず、副部長決定。

項垂(うなだ)れながら慶子さんが教室にると、既に和菓子さまは席についていて、イヤホンで何やら聞いているようだった。

慶子さんに気がついた和菓子さまは、片方のイヤホンを外すと「おはよう」と、聲をかけてきた。

「おはようございます」

同級生なのに、隣の席なのに、和菓子さまに対しては丁寧なしゃべりになってしまう慶子さん。 本人にその自覚はなし。

「今日の放課後から、部活に出てほしいんだけど」

さっき別れ際に、山路さんから言われたことと同じことを和菓子さまが言う。

「はい。先程、山路さんにもそう聲をかけられました」

魂がどっかに飛んだ狀態ながら、慶子さんは答える。

部活に出ると言っても、今日は見學だけだ。慶子さんが初心者であることから、まず剣道がどんなものかを見てほしいと言われたのだ。

放課後、山路さんは慶子さんをB組まで迎えに來てくれると言った。そして、部室やら案したあと一緒に剣道場に行きましょうと。慶子さんは、自分の學校に剣道場なるものがあることを、初めて知った。

「そっか。山路に會ったんなら大丈夫だな。ところで、柏木さん、そろそろお店に來たほうがいいよ」

「お店」の言葉に、慶子さんはぱっと和菓子さまを見た。

慶子さんは、四月にってすぐにお店に行った。 桜の和菓子が出ると聞いていたからだ。

その時買った和菓子は、「はなびら」という桜の花びらを模した「練り切り」と、「初桜」と名付けられた淡い紅と白の「きんとん」をのせたもの、桜の葉を「道明寺」で包んだ「桜餅」の三つだった。

同じ桜をモチーフにした和菓子なのに、三つが三つとも違っていたのだ。

そしてその時、和菓子さまが言ったのだ。

「花見は、和菓子屋でもできるよ」と。

謎のようなその言葉に慶子さんは首を傾げ、それは一どういう意味なのかと尋ねた。すると和菓子さまは「四月は、時期をずらして三回お店に來るといいよ」と、言ったのだった。そして、その時期はこちらから教えると。

その時期というのを、一どうやって自分に教えてくれるのかと慶子さんは疑問だった。けれど、あの時すでに、慶子さんが同級生であると和菓子さまはわかっていたのなら、納得である。

「今日の帰りに、寄らせていただきます」

剣道部の話とは、うって変わって笑顔の慶子さんに、和菓子さまも小さく笑った。

和菓子さまは、剣士さまでもあった。

慶子さんは、つい今しがた見たことを思い出しつつ、學校からの帰り道を歩いていた。

放課後、山路さんと部室に向った慶子さんは、そこで慶子さんに貸してもらえる鎧グッズと未使用だという竹刀を二本、剣道部をやめたというの子からの剣道著と袴を渡された。

剣道著と袴は洗濯したばかりなのか、石鹸のいい香りがした。しかし、鎧グッズは、におった。特に小手は、なかなか香ばしいものがあった。 でも、無料(ただ)である。 無料の文字の前には、香ばしさは消えてしまう慶子さんだった。

そんな確認を終えたあと、慶子さんは、山路さんが剣道仕様に著を整えるのを待った。彼は、慶子さんの予想に反し、一人でスムーズに剣道著を著た。驚きを心にしまったまま、慶子さんは山路さんに道場を案される。

半地下にある道場に著くと、既に男子部員が準備運を始めていた。子部の人數がないため、部活は男子部と一緒にやっているそうだ。慶子さんは、道場にる前に山路さんに倣って一禮すると、彼に言われたように道場隅に置かれた椅子に腰かけた。

すぐに山路さんも、男子に混じって準備運をしだした。 準備運は主にストレッチで、これなら自分にも出來ると慶子さんは思った。ささやかな自信である。

山路さんばかりを目で追っていた慶子さんだったが、ふとその中に知ったシルエットを発見した。

和菓子さまだった。

ほほぅ、と思う。

和菓子さまは、さすが和の人なだけに剣道著も様になっていた。

立派な若者だなぁと、その姿にしみじみと心する慶子さん。

どうも心の仕方が、年よりじみているのが気になるところだ。

次に、みな橫並びの一列に座ると、防(鎧グッズではなく、そう呼んだ方がいいらしいことを山路さんの言葉の中から知った)を、つけ出した。 慶子さんの不安をよそに、みなてきぱきとそれらをにつけていく。 あっさりとしたものだ。

そして、稽古が始まった。

最初は素振りだった。 やはり、何事も基本が大事なのだろう。部員十數人が一斉に素振りをするのをしばらく見ていた慶子さんは、その中でもきに切れがある人もいれば、流れがちになる人がいることに気がついた。

素振りの次は、二人一組になり、打つ人と打たれる人に役割を分けて、左右の面を連打する練習が始まった。道場に「面!」の掛け聲と、竹刀で面を打つ音が響いた。と、そこでも、面にる竹刀の音がスコンといい音と、ペシリとあまりいい音でないものがあることに気がついた。

山路さんはどうなんだろう。慶子さんは山路さんを探した。彼は今、和菓子さまと稽古をしていた。そういえば、みな垂に名札は付けていなかった。

なのに、最初からずっと見ていたせいか、慶子さんには山路さんと和菓子さまのことがわかったのだ。

と、その時、スコーンといい音と同時に、山路さんの「面!」の聲が聞こえた。しかった。打つ山路さんもしかったけれど、それを迎える和菓子さまの立ち姿もきもしかった。

そんな和菓子さまを見て、剣士さまだと、慶子さんは思ったのだ。

和菓子さまは、剣士さまだと。

そして「強いはしい」との言葉も浮かんだ。 和菓子を好きになった時と同じ思いが、しだけ慶子さんの中に生まれた。

しかし、稽古が試合のような激しさをみせた途端、そんな思いは吹き飛んでしまった。

これは。

もしや。

剣道とは。

格闘技、でしょうか?

打った勢いのまま相手のに當たっていく、打ち込む時のあの勢い。

部員の中には、それをけきれずに、転んでしまう人いた。

冷や汗が、たらりと流れる。

できない、できる。

心の中で、再び花びら占いを始める慶子さん。

初心者なのに、自分が「格闘技」をすることを考える慶子さんは、ある意味、前向きかもしれない。

まぁ、そんなこんなで見學は終わり、このあと塾に行くというタフな山路さんと別れ、慶子さんは一人家路について現在に至るわけである。

學校は、慶子さんの家の最寄り駅から二つ先の駅にあった。 慶子さんは中學験で大學まで部進學できるこの學校を、近所だからという理由でけた。そして、學力的に今一歩足りないと言われつつも、補欠合格でり込んだ。

その時、慶子さんだけでなく両親も「これで慶子の運は使い切った」と、思ったことは、それぞれの中だけにあることだった。

電車を降りて、家への道をてくてくと歩くうちに、慶子さんの頭から徐々に剣道は消え、和菓子で一杯になってきた。

和菓子さまの和菓子屋さんで、和菓子と出會う前までは、和菓子に興味はなかった。なのに、今は頭の中は和菓子の事で一杯だ。そして、たまに、無に餡子が食べたくなるなんて、今まで起きなかった現象まで慶子さんに起こってきたのだ。

不思議だなぁ、と慶子さんは思う。そう思いつつも、足取り軽やかに和菓子屋「壽々喜(すずき)」へと向かう慶子さんだ。

和菓子さまのお店は、「壽々喜」といった。

壽々喜、すずき、鈴木かぁと慶子さんは、またもやガッテンのポーズをしたくなった。

とまぁ、そんな慶子さん。はやる心で「壽々喜」戸を開けた。

「いらっしゃいませ」の聲とともに、和菓子のなんともいえない微かな甘い香りが漂ってきた。

鼻を広げて匂いを吸い込む慶子さん。

には、慶子さんが和菓子さまの母上と思っているかに「將(おかみ)さん」と呼んでいる人がいた。 將さんは慶子さんを見て、びっくりした顔になった。

「もしかして、學と同じ學校でした?」

將さんは、慶子さんの制服を見ていた。そういえば、學校帰りに寄るのはこれが初めてかもしれない。そして、どうやら和菓子さまも、慶子さんについてのあれこれの一切を、將さんには話していないようだ。

「はい。同じクラスです」

慶子さんが答えると、將さんはなるほどという表をした。

「學から、今日あたりお客様がご來店になるので、お菓子をいくつかとっておくようにって言われていたんですよ」

そういうことだったのねと、小さな聲で將さんは言うと、ショーケースのはじに置かれていた小さな黒いを出し、その蓋を開けた。

慶子さんも近寄り、それを覗いた。

中には三つの和菓子がっていた。

一つ目は、前も買った「はなびら」だった。

若干、はなびらのが濃くなっているように思えた。

二つ目は、桜餅だった。

葉に包まれた餅は、道明寺ではなく餡子を薄い皮で挾んだものだった。

そして三つ目が変わっていた。

丸みがあるやや四角めの和菓子は、下から上へと濃淡のグラデーションがかかっていた。

紫から薄ピンクそして白へと。

まるで小さな和菓子の中に、一つの景がのみこまれたようだった。

そして、その景の中に、可憐で小さな小さな桜の花びらが二枚、溶けるようにのっていた。山の景だ、と慶子さんは思った。

春の暖かな空気の向こうに見える山々。

そして、その空気に溶ける桜の木々。

煙る花びら。

まろやかで、どこか雅な。

「このお菓子の名前は、なんていうんですか?」

「春霞です」

そうか、霞かぁと、慶子さんは思った。

霞の中に溶ける桜。

凄い。

きっとこのお菓子を作っている人は、すばらしい人に違いない。

將さんが包んでくれたそのお菓子を、慶子さんは大事な寶のようにして持ち帰り、またもや両親の前で聞いたばかりのうんちくを述べた。

そして、そのあと慶子さんは、自分が剣道部にることを両親に伝えたのだった。

翌朝、電車を降りて學校へ向かう道で「柏木さん」と、聲をかけられた。

振り向くと、和菓子さまだった。

ぎょっと構える慶子さん。

未だに、學生服の和菓子さまに慣れないのだ。

でもと、思う。

剣道著姿の和菓子さまは、良かった。

そして、當然ながら、和菓子屋さんの格好の和菓子さまも良い。

「おはよう」と言う和菓子さまの聲に「おはようございます」と丁寧に答える慶子さん。

「次は二十日過ぎかな」

慶子さんと並んで歩く和菓子さまの聲が、上から落ちてきた。

その和菓子さまの言葉に、慶子さんは気分がぱっと明るくなる。

昨日和菓子を食べながら、和菓子さまの言った「花見は和菓子屋でもできる」という言葉の意味がわかった慶子さん。

最初は、咲いたばかりの初々しい桜が和菓子になっていた。

そして次は、今まさに満開といったの桜へと変わっていた。

と、いうことは。

「凄く楽しみです」

和菓子の中で、どんな風に桜が散っていくのか。

そんなことを思いながら、慶子さんは和菓子さまと一緒に、學校への道を歩いて行った。

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