《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》4・嘉祥菓子は賑やかに/(六月)

先輩と呼ばれる響きもくすぐったい六月。

水の月で、水無月。

さらに、六月は慶子さんのお誕生月。いやはや、めでたい、めでたい。

でも、洗濯は、乾きません。

朝からの雨に、水の傘を差し、學校への道をそろりそろりと歩く柏木(かしわぎ) 慶子(けいこ)さん。頭の中は、朝一(あさいち)で行われる英単語テストでいっぱい。慶子さんは、高校三年生だ。日本全國、多くの高校三年生の頭の中は、英単語どころの騒ぎじゃすまないわけなので、まぁ、ささやかな不幸せとでも呼んでおきましょう。

そんな慶子さんの後ろを歩いているのは、彼が心かに「和菓子さま」と呼ぶ、同級生の鈴木(すずき) 學(まなぶ)君。先月行われた、新生への部活紹介以來、何故か新生以外の男子生徒からの、慶子さんについてのお問い合わせ係化している人である。もちろん、慶子さんは與り知らぬこと。

そして、鈴木君の橫を、水たまりにもめげずに、今まさに走り抜けていこうとしていたのが、山路(やまじ) 茜(あかね)さんだ。慶子さんが部した剣道部の子部部長さんだ。ただいま山路さんは、最近、すっかりお馴染みになった水の傘を目指して突進中だ。

けれど、その直前で、同級生兼部活仲間の鈴木君を発見した。山路さんが鈴木君に「おはよう」と挨拶をした時、その顔には「なんで、あんた、柏木さんに聲をかけないのさ」の文字が、浮かんでいたとかいないとか。

「おっはよう! 柏木さん!」

「――あ」

慶子さんが小さく聲をらし、立ち止まる。その様子をしっかり後ろで見ていた鈴木君も、思わずため息をついた。なにも知らない山路さんだけが、朝から上機嫌。彼は、自分の力の溢れる聲により、慶子さんの頭に留まっていた英単語たちが、一気にこぼれ落ちてしまったなんて、想像すらしていない。

學校まで、あと五十メートル。

一時間目の英語まで、二十分。

俯く慶子さん。泳ぐ目線。

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殘念だけど、水たまりをいくら見たところで、頭に英単語は戻りません。

赤點必至の小テストにめげつつも、なんとか、二時間目以降の授業もこなし、部活に向う慶子さん。隣を歩くは、山路さん。お互い、二人で一緒にいるのも隨分慣れてきた、今日この頃だ。道々、今年の新生の話になった。

今年、剣道部には、八名もの一年生子が仮部した。山路さんいわく、先月行われた部活紹介で、練習や合宿が男一緒の「仲良しPR」が効いたらしい。部員の訳は、中學校からの持ち上がり組が二名、高校からの部者が六名だ。高校からの六名全員が、高校験による學者だった。

「柏木さん、これがなにを意味するかわかる?」

うひひひひと、山路さんが慶子さんのそばにぴたりとはりつく。しかし、慶子さんは、山路さんの問いかけに首を捻るばかりだ。

「時間切れ。正解を発表します。うちの學校って大學まで繋がっているでしょう。だから、高校からの學者のほとんどは、そのまま大學に進學するの。つ・ま・り、高校三年生になってもわたしたちにように部活が続けられるってわけ」

「そういえば、山路さんの同期って、みんな験組だったのよね。それで剣道部をやめてしまったのよね」

「高校二年が終わった途端、さよならよ。表面上は『大學験がんばってね』って、わたし応援した。でもさ、なんか、空しくてさ。家で泣いたわ」

そりゃそうだろう。慶子さんが初めて剣道部の見學をしたとき、山路さんは多くの男子生徒に囲まれ、子一人だった。男仲が良いとはいえ、今までともに練習に勵んできた仲間がいなくなるのは、寂しい。あたりまえのだ。

「それなら、今年の一年生は、三年間みっちりと同期の仲間と一緒に活ができるかもね。うん。強くなりそう」

「なれるわ。仲間やライバルがいたほうが、絶対にびるもの。なんか、嬉しいな。いいものよ。部活の仲間って。あぁ、わたし、鼻がでそう」

山路さんの仰天発言に、慶子さんは慌てて鞄からポケットティッシュを三個出し渡した。きょとんとする、山路さん。どうやら、冗談だったようだ。

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「ねぇ、柏木さん。一年生を教えるうえで參考にしたいんだけど、剣道のどこが好き?」

「剣道のどこが好きか? うーん、そうね」

山路さんの質問に、慶子さんは唸った。見學に來た時、一番印象に殘っているのは、山路さんと和菓子さまの練習風景だ。

打つ山路さん。

それを迎える和菓子さま。

二人の立ち姿も、きもしかった。

そのきや所作のしさに憧れた。

しいところかな」

「……しい。あのさ、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、柏木さんの意見って、個的よね。そんな想、今まで聞いたことないもん。そういえば、以前も面白いこと言ってたよね。ほら、新部員の申し込みがあった時、『先輩って呼ばれたらどうしよう』って。あれは、どういう意味なの?」

「そのままの意味よ。あの時はまだ、先輩って呼ばれた経験がなかったの。だから、張しちゃうなって思って」

「はぁ? 何言っているの? 二年男子は、呼んでいたでしょう?」

「あの時は、山路さんとのマンツーマンの稽古が続いていたから、あまり接がなかったように思うの」

「……そうかも。でもでも、中學の時は、あったでしょう? 部活とか、委員會とか。うちの學校は行事も多いから、なにかと學年を超えた関係ってあったじゃない」

「わたしね、中學一年生から今まで、家の都合でそういったのすべて無理で、パスさせてもらっていたの。ずるいよね」

慶子さんが、申し訳なさそうに笑う。すると、突然、山路さんが慶子さんの手を握ってきた。

「柏木さん! 仲良くしようね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

廊下の真ん中で、慶子さんは山路さんに抱きしめられた。

軽快な竹刀の音が道場に響く。慶子さんは、初心者の一年生とともに、男子部部長の福地(ふくち) 裕也(ゆうや)君のもとで、稽古を始めた。一方、中學から上がってきた男経験者は、山路さんを中心に二、三年男子部員と稽古をしている。

部の時期なので、初心者グループは著だ。一年生たちが、どんな剣道著を買うかなんて話をしている様子もちらほらあり、そんな様子を微笑ましい気持ちで慶子さんは眺めていた。

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そして、そうじる自分は、もうお客さま的な存在じゃなく、すっかり剣道部の一員になっているんだなぁ、とも思ったのだ。それは、とても不思議で、くすぐったい覚だった。

慶子さんは、自分の周りが賑やかになったと自覚している。なによりも、名前を呼ばれる回數がとても増えた。しかも、一年生はともかく二年生まで「柏木先輩」なんて呼んでくれるのだ。こんな未來が訪れるなんて、三か月前には想像すらしなかった。

そう思うと、ついつい道場に和菓子さまの姿を探してしまう慶子さん。けれど、そこに彼の姿はなかった。今日だけでなく、このところ和菓子さまは剣道部を休んでいた。學校には來ているので、調が悪いわけではない。

お店が忙しいのかな。

慶子さんは帰りに、「壽々喜」に寄ろうと決めた。

雨は、帰りの電車に乗っているときに止んだようだ。おかげで、駅からは、傘を開くことなく帰れる。慶子さんはスーパーへ寄り、母親から頼まれていたいくつかの買いをしたあと、その足で「壽々喜」へ向かった。

月も新たになったので、季節の上生菓子も変わっているだろう。そう思うと、心が弾んだ。今日は、スーパーで買いをする予定だったため、お財布の中も充実している。さて、どんな和菓子と會えるだろうと、期待を込めて慶子さんは「壽々喜」の戸を開けた。

「いらっしゃいませ」

お店にいたのは、將さんだった。將さんは慶子さんの顔を見ると、にこりと笑った。將さんの笑顔はあたたかい。慶子さんも「こんばんは」と、挨拶をする。

いつも通り、一番上の段に、慶子さんお目當ての菓子が並んでいた。その中でひと際目を引く菓子があった。「紫花もち」だ。「紫花もち」は、まるで寶石をちりばめたような彩りの菓子だった。つやつやとした道明寺の上に、微妙にの違う紫した寒天の小さなキューブが載っているのだ。うっとりと、それを眺める慶子さん。

「紫花もち」の右隣には、梅そのもののような「青梅」があった。緑したそのシンプルな形は、「紫花もち」に比べると華やかさはないものの、シンプル故の潔さがあった。

「紫花もち」の左隣は、「子(なでしこ)」だ。大きく咲く花に、一枚の葉が添えてある。花だけでなく、葉の緑があることで、薄いピンク子の可憐さが、一段と際立つように見える菓子だった。

花、青梅、子。

三者三様のしさと存在に、慶子さんは聲が出なかった。ただただ、じっと見つめるばかりだった。

和菓子の在る世界が好きだ。

英単語は頭にらなくても、もしかしたら、和菓子に係わることなら、覚えられるかもしれない。

ごくりと、唾を飲み込む慶子さん。

どうやったら、和菓子の勉強ができますか?

慶子さんは、將さんに尋ねようと顔を上げた。

「いらっしゃいませ」

師匠だ。慶子さんの張が走る。 將さんへの言葉をのみ込んでしまった慶子さんは、この店の店主である師匠に向け挨拶をした。

師匠の持つ雰囲気こそ、慶子さんの母親の主治醫に似ていたが、顔立ちは和菓子さまと似ていた。つまり、和菓子さまは、父親似なのだろう。優しい雰囲気は、將さんに似ているかもしれないけれど、見た目はどう考えても師匠似なのだ。

和菓子さまと師匠は似ている。それなのに、慶子さんは師匠を見ると、どきどきしてしまうのだ。

「紫花と青梅と子を下さい」

そのを誤魔化すように、慶子さんは一気にそう言う。

はぁ、とため息をつく慶子さん。

その時、慶子さんの視界に、一枚のポスターがった。

――六月十六日は、和菓子の日

和菓子の日?

六月十六日が?

噓みたいだ。

顔がにまにましてしまう。

「和菓子の日がどうかしましたか?」

慶子さんの視線を追った師匠が、低音で尋ねてくる。

「六月十六日は、わたしの誕生日なんです」

「そうですか。それは、おめでとうございます。実は、うちの店では、その日にしか売らない菓子があるんですよ」

師匠の話に、慶子さんは耳を傾けた。

雨の放課後。慶子さんと山路さんは、部室へ行くために廊下を歩いていた。二人が角を曲がろうとした時だった。

「鈴木、いい加減にしろよな!」

福地君だ。いつもと違う彼の聲に、慶子さんと山路さんは立ち止まる。「鈴木」とは、和菓子さまだろう。なにが起きたのか。歩きだそうとした慶子さんの腕を、山路さんが摑んだ。慶子さんが振り向くと、彼が無言で首を橫に振る。

「福地こそ、大聲を出すなよ。部活を暫く休む話は、もうついていたと思った。悪いけど、約束があるんだ」

はあるものの、和菓子さまの聲は、落ち著いている。

「そんなの、冗談だと思った。休むっていっても、せいぜい一、二回かと思ったよ。新ったし、いつまでもおまえがいないのって困るじゃん」

「困ると言われても、こっちにも都合がある。部活には出られない」

「都合、都合って、一どんな都合なんだよ。鈴木は、そこんとこ話してくれないから、わからないんだよ。おれに説明できないような、やましい都合なんじゃないのか?」

福地君の語気の強さに、慶子さんはびくりとした。

和菓子さまの都合。

部長の福地君にも話せない都合。

でも、と慶子さんは思う。

今でこそ慶子さんは、母親の病気について、なんとか人に話せるようになった。けれど、まさにその最中は、母親の容態がどう変わるかわからない狀況の時には、人に説明なんて出來なかった。

誰に何を訊かれても「家庭の事」で通した慶子さん。それに、さっきだって、山路さんには話せなかった……。

やましいとか、やましくないとか、そういったことじゃなくて。説明ができない、説明し辛い事ってものがある。それは、慶子さん自が、経験として知っていた。

「逆に聞くけど、やましい都合だと休んじゃいけないのか? ぼくには、そこまで部活に忠誠を誓う理由なんてない」

和菓子さまが角を曲がって來た。慶子さんと目が合う。けれど、彼は無言で彼の橫を通り過ぎていった。

その後も和菓子さまは、部活を休んだ。同じクラスで席も隣なのだけれど、慶子さんには彼がとても遠い存在にじられてしまった。

そんな慶子さんにも、めでたくもお誕生日がやってきた。

しかも、自分の誕生日というだけでなく、和菓子の日でもあり、師匠が作った「その日にしか売らない菓子」が買える日でもあった。

「その日にしか売らない菓子」とは、「嘉祥菓子(かじょうがし)」だ。 師匠から「嘉祥菓子」についてのさわりの説明を聞いた慶子さんは、その後、本やインターネットを使い、だいたいのところを摑んだ。

ことの始まりには諸説あるそうだが、江戸時代に盛大に行われた「嘉祥の儀」という、菓子を食べる行事がある。それが行われたのが、舊暦の六月十六日だった。

舊暦の六月といえば、暑さも厳しくなり、病気にもなりやすい時期だ。そうした災いや、暑気払いの意味を込めて、菓子を食べたそうである。そして、そこで食べられる菓子を「嘉祥菓子」と呼んだらしい。

江戸城で行われた儀式では、なんと五百畳の大広間に二萬個近くの菓子が並べられ、それを大名や旗本に配ったそうである。なんとも、スケールの大きな行事である。

「壽々喜」でもそれにちなんで、毎年、限定菓子を販売しているそうだ。要予約のその菓子を、あの日あの場で、代金を支払い予約した慶子さん。指折り數えて待っていた、六月十六日だったのだ。

誕生日當日、「壽々喜」の開店時間はまだかと、慶子さんは朝から落ち著きがない。そんな娘の可い様子が、慶子さんの両親には嬉しくてしょうがなかった。慶子さんが部活や和菓子といった、家族や家事以外に目が向くのを、誰よりも喜んでいた二人だったからだ。

ようやく「壽々喜」の開店時間となった。慶子さんは家を飛び出す。家からお店まで、速足で五分だ。ところが、お店に著くなり慶子さんは、失敗したと思うのだ。

お店は、町の婦人會の方々が全員集合したかのごとく、客で溢れかえっていたからだ。目的は、慶子さんと同じようだ。客が多いせいか、今日は師匠に將さんに和菓子さまといった総員で、お店に立っていた。

出直そう。一刻一秒を爭って必要な品というわけでもない。予約もしてある。自分の家も、すぐそばだ。焦る必要はない。ざわつく心をなだめながら、慶子さんは、そっとお店を後にした。

手ぶらで帰ってきた慶子さんに、両親は何も言わなかった。そして、お晝には、家族三人おめかしをして、ちょっと豪華なランチを食べに出かけた。

食後は、慶子さんがしがっていた本を何冊かと、剣道部の合宿に絶対に必要だと母親が勧めてくる可いナイトウエア、ついでに、これまた母親が雑誌で見かけて慶子さんにとても似合うと言い張るコットンのワンピースを買った。久しぶりに家族でどっさりと「慶子さんのものだけ」のお買いをした。

いつものスーパーの袋ではなく、今日の慶子さんの両手は、カラフルな紙袋にった本や服で塞がれていたのだった。

家に戻った慶子さんは、早速、買ったワンピースをハンガーにかけ、本をしまった。そんな時に、玄関のチャイムが鳴った。父親が対応する聲が聴こえたので、慶子さんは安心して、買い袋を畳み始めた。

「慶子、いらっしゃい」

父親に呼ばれた。玄関に行った慶子さんは、目を疑った。和菓子さまが、和菓子さまの格好をして、そこに立っていたからだ。

「こんにちは」

慶子さんが思わず挨拶をすると、和菓子さまも「こんにちは」と返してきた。和菓子さまが小さく笑う。それだけで、慶子さんの心は、あたたかな気持ちで満たされた。ここ最近、彼を遠くじていた気持ちは、一瞬で消えてしまった。

「先程はお待たせしてしまい、大変失禮いたしました」

和菓子さまが大きなをぺこりと曲げる。

「わたしこそ、ちょっと張り切って、早くに行ってしまって。それにうちは近いので、またあとにでも行けばいいからと思ったし」

見ると和菓子さまは手に袋を持っている。

「もしかして。わざわざ、ですか?」

わざわざ、慶子さんが予約した菓子を持ってきてくれたのだろうか。

和菓子さまは、し黙った後「ついでです」と答えた。

その返事に、慶子さんはほっとした。だって、お店はとても混んでいたのだ。わざわざだったら申し訳なさすぎる。

「お店にすぐ戻りますよね。すみません、お引き留めして」

あたふたとする慶子さんに、和菓子さまが袋を手渡す。

「柏木さん、お誕生日おめでとう」

そんなことを言われるなんて思っていなかった慶子さんは、菓子をけ取ったまま返事も出來ず、そのまま立ちつくしてしまった。

「慶子、どうした。大丈夫か?」

心配したような父親の聲に、慶子さんははっとした。

リビングに行くと、母親が緑茶をいれていた。和菓子さま仕込みの茶のいれかたを、母親もマスターしたのだ。

「お菓子、屆けてもらっちゃった」

袋をテーブルの上に置く。そして袋から、細長い箱を出した。まるで、マカロンでもっているかのような、黒くて細長い箱は、とてもおしゃれだ。

「洋菓子みたいだな」

父親の言葉に、母親も目を輝かせている。

シンプルにリボンだけ掛けられたその箱を、ゆっくりと開けた。

「……かわいい」

――うちでは、七種類の小ぶりの饅頭を「嘉祥菓子」として用意いたします。

予約した時の説明はこうだった。

そして、目の前には、細長い箱にった、七つのお饅頭。最初に目にったのは、紅白の兎のお饅頭だ。

「なになに、紅白の上用饅頭 兎、うん、これだな」

父親が袋にっていた説明書と菓子を互に見て、確認するかのように話す。

そして、次は。

「おお、栗饅頭か。父さんはこれがいいなぁ」

つやよく焼き上がった、栗の形をしたお饅頭だ。 ころんとした姿がまたかわいい。

「で、次は利休饅頭。利休? あぁ、生地に黒砂糖だって。へぇ」

父親は、そんな名前の饅頭があるのかと、驚いている。慶子さんも、へぇと思う。

「次は酒饅頭。これってよく溫泉に行くと売っているよなぁ」

中はサツマイモ餡とある。

慶子さんは、よだれが出そうになった。

「で、そば饅頭か。素樸な雰囲気があるなぁ」

そういえば、蕎麥が食いたいなぁと慶子さんの父親が言う。慶子さんの母親がくすりと笑う。

「最後が、これまた涼しげな、くず饅頭」

饅頭という名前ながら、その見た目は他のものとは全く違う。

涼、という文字がよく似合うお饅頭である。

慶子さんはじっと箱の中をみながら、お饅頭にも、こんなに種類があるんだなぁと思った。箱の中のお饅頭は見ているだけでも楽しく、まるで、慶子さんに向けて何か語りかけてくるような、そんな親しさと賑やかさがあった。

「慶子、せっかくだから食べよう」

父親の言葉で、それぞれが好きな饅頭をお皿にとった。

慶子さんの父親は、予告通り栗饅頭。

慶子さんの母親は、珍しいからと利休饅頭。

そして慶子さんは、くず饅頭を取った。

饅頭を食べながらも會話が弾む。

今日ここに、この菓子がなくても、柏木家にピンチが訪れるといったことは、ないだろう。でも、今日ここに、この菓子があったおかげで、生まれた會話がある。思い出もある。慶子さんの十八歳の誕生日に、家族は楽しいひと時を過ごすことができたのだ。

それは、數年後まで殘るような記念すべきひと時では、ないかもしれない。けれど、毎日の家族の暮らしの中で、幸せだとみながじた時間には違いなかった。

ここ最近の學校生活もそうだった。この間、剣道場でじた、不思議で、くすぐったい覚。

剣道部にらなくても、それなりの高校生活を送っていた慶子さん。けれど、部したおかげで、今まで知らなかった多くの楽しさをすることができた。

たとえば、山路さんとの部活についてのおしゃべりだとか、福地君や他の男子部員との練習容の改善點についての話だとか。

もっと言えば、他の人にはささやかだと笑われるかもしれないけれど、「おはよう」と「さようなら」の挨拶をする人が増えた。

仲間が増えて、慶子さんの周りは賑やかになった。そして、その賑やかさと「嘉祥菓子」の賑やかさが重なった。

その両方を慶子さんにくれたのは、和菓子さまなのだ。

その後も、和菓子さまは剣道部を休んだ。福地君が、ぶつくさ文句を言う姿も目にした。

でも、慶子さんは、以前じたような、和菓子さまをとても遠い存在にじてしまうようなことはなかった。

六月最後の日曜日、晴れ。

慶子さんは、朝刊にっていたスーパーチラシを自転車のかごにいれ、し遠くの店へ行った。慶子さんはどちらかというと徒歩派なので、あまり自転車で買いに行くことはないのだが、このスーパーは改裝オープンということで、超目玉商品があったのだ。

うきうきしながら駐し、店にる慶子さん。滅多に來ないスーパーは面白いなぁと、きょろきょろとしながら進む。

と、その時。

慶子さんの橫を、小さな男の子が通り過ぎ、その後を男の人が追いかけて行った。きゃきゃきゃと、喜ぶ男の子を、よいしょと、満面の笑みで抱き上げた背の高いその人と目があった。

「……柏木さん」

慶子さん、子連れの和菓子さまと。

満面の笑みの和菓子さまと。

未知との遭遇。

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