《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》8・夜舟はやかに(後編 上)

合宿、最終日。

午前中はいつもの稽古が行われ、午後には試合が予定されていた。

試合に參加しない柏木(かしわぎ) 慶子(けいこ)さんたち初心者チームは、午前中が稽古納めとなった。

いつもとはやはりし違う空気の中で、晝食は終わった。

試合には出ない慶子さんでさえ、食べにつまりそうなじがあった。

「柏木さん」

試合見學のために、道場の後部にいた慶子さんの隣にOGの一人が座り、小聲で話し出す。

「柏木さんは、上だけじゃなくて、下も見るのよ」

つまり、足さばきにも注目しろということだ。

その先輩からは、稽古中に何度か足さばきのことで、慶子さんは注意をうけていた。自分が足りないところの參考となるきを見る機會があるのは、ありがたい。

そして、こうしたOGからのアドバイスがなければ、自分は漫然と試合を見ていたかもしれないのだ。

「一年生は、竹刀の構え方に注目ね」

幸い慶子さんは、竹刀を比較的上手く定位置にキープすることができたが、一年生はよく「下がり気味」や「上がりすぎ」などの注意をけていたのだった。

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OBが審判となり試合が始まった。

まずは、経験のある一年生男子と二年生男子の組み合わせだった。

學年に関係なく、実力は互角ともいえる組み合わせもあった。

初めて見る剣道の試合に、慶子さんは思わず息を止めて見ってしまった。

まだ、自分のきだけで一杯一杯な慶子さんにとって、自分のきだけでなく相手のきもよみ、そして攻撃をしかけていくさまは、大袈裟に言うのなら神技のように思えたからだ。

思えば、じっくりと剣道を見るのは、部のあの日以來で、あの時に比べればしは剣道を知った慶子さんなだけに、そのきの上手さや凄さを、よりじとれていた。

しかし、試合。

自分にも、できる日が來るのだろうか。

正直、そんな日が來る自信のかけらも何もない慶子さんだった。

一、二年男子の次は、経験のある一年子と山路さん対OGの試合が行われた。

OGの迫力に押されてか、実力を十分に出せないまま終わってしまった一年生たちだった。

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そして、山路さん。

山路さんとOBが進み出ると、道場の空気がサッと変わったのが慶子さんにも分かった。

禮の後、靜かな道場に二人の聲が響きだした。

見ている慶子さんの拳にも、力がってしまう。

山路さんは、積極的に前へと攻撃に出ていった。

しかしながら、山路さんの打った面、そして続けての、殘念ながらいずれもらなかった。

代わりに、後ろに下がったOGから山路さんに向けての面があった。

あっ、と慶子さんが思った瞬間、それをぎりぎりで山路さんはかわした。

けれど攻撃の勢いに乗ったOGは、やや制の崩れた山路さんの竹刀を鋭く払うと、再び面を打ってきた。

OGの聲とともに、竹刀が面にったいい音が響く。

慶子さん、ほぉとため息をつく。

その後、なんとか山路さんも一本返すが、結果としてはOGの勝ちであった。

続いては、三年男子にOBを加えての試合だった。

慶子さんの目の前で、今までとはがらりと違った速度の世界が、始まりだした。

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技を繰り出す速さといい、きのキレといい、迫力といい、どこをどう見ていいのか、何がなんだかさっぱりな世界だった。

そんなきにもしだけ目が慣れたころ、和菓子さまの試合が始まった。

和菓子さまの相手はOBだった。

OBは現役部員より參加人數がないので、和菓子さまの前までは、三年生同士の試合だったのだ。

殘る部員は、和菓子さま、和歌山真司(わかやま しんじ)君、福地(ふくち) 裕也(ゆうや)君、そして北村(きたむら) 颯(はやて)君の四人だった。

北村君のことは、「副部、北村の方がまだましだったのに」と、山路さんがぼやいていたのを聞いたことがあったので、覚えていた。

覚えていた、などというのが北村君に関する慶子さんの意識だが、実は北村君とは一度同じクラスになったことがあったのだ。

しかし、慶子さんも慶子さんだったが、北村君も北村君だったため、同じクラスであっても一度も話したことはなかったし、接もなかった。

北村君は無口な人だった。極端に。

慶子さんは剣道部にってからも尚、まだ北村君と話したことはなかった。

では、和歌山君と仲がいいらしい。

和歌山君は一人でも賑やかなだけに、面白いコンビだと慶子さんは思った。

「小手、面!」

OBの細かなきとともに、積極的に和菓子さまに打ちこんでくる様子が目にる。

さらに、慶子さんがOGからアドバイスされた足さばきに関して、和菓子さまの相手のOBは、小柄だからだろうか、とても自由にスムーズに行っていて、そのフットワークの軽さには目を見張るものがあった。

ついつい、その足さばきに目がいっていた時。

スコーンと、まるで面のお手本のような音が響いた。

和菓子さまの一本がった。

ひたすらOBの足元に注目していた慶子さんは、殘念ながらその様子を(視界にはってはいたが)、しっかりとは見ることはできなかった。

そして、続く試合の中でも、どうしても慶子さんはそのOBの足元に目がいってしまい、和菓子さまが小手を決めたときも、やはりその瞬間を見ることはできなかった。

和菓子さまは、勝ったけれど、完全燃焼気味な慶子さん。

良かったけれど、良くないような。

OBの中には、慶子さんたちのようにの真ん中あたりで竹刀を構えるのではなく(これを「中段の構え」という)、もっと上の方で構える攻撃的な「上段の構え」をする人もいて、さらに別世界の試合が展開されていった。

特に、最後の北村君とOBの試合は、聲だけ聞くと喧嘩とも思えるような大きさと、激しいつばぜり合いのため、道場張は最高だった。

「凄かったね、北村。負けたけど」

部室に戻る途中で山路さんが言う。

「うん。もう、心臓が破れるかと思った」

そう慶子さんが返した時、「お~や、おや、子諸君」と言いながら和歌山君が會話に加わってきた。

和歌山君は、あぁ疲れたぁ、と言いながら山路さんの肩に手をまわすと(その手は速攻で山路さんに振り払われてしまったが)「ねぇねぇ、ボクの試合も見ててくれた?」と訊いてきた。

「見ました。凄かったです」

和歌山君の相手のOBは、小柄だった和菓子さまの相手とは対照的に、和歌山君のの倍ほどある格のいい人だった。

「確かに凄かったよ。いろんな意味で、雪村(ゆきむら)さん。大學進んでから、よりでかくなっているし、しかも本気だすし。で、ボク、負けちゃうしぃ」

わざとメソメソしたような顔で、「めてよ、山路ぃ」と和歌山君が山路さんにもたれかかる。(そしてそれは、お決まりのように、再び山路さんに速攻で振り払われたのだったが)

和歌山君の話に出てきた雪村さんというのは、彼の対戦OBの名前だろう。

「あぁ、鈴木が羨ましいよ。俺も、呉田(くれた)先輩ならよかったのになぁ」

「あぁ、呉田先輩! 相変わらず、軽やかだったね。ステップの達人!」

「そうそう、蝶のように舞い、ハチのように刺す!」

山路さんと和歌山君がにやりと笑う。

「ほら、呉田先輩はね、しつこくも、鈴木をご指名だったからね。和歌山には出番なしよ」

呉田さんは、和菓子さまの相手の小柄なOBの名なのだろう。

「鈴木もさ、ここんとこ練習さぼっていたからダメダメかと思ったら、まぁ、それなりにほどほどってじだったね」

「あれ。もしかしてアンタでしょ。呉田先輩に鈴木が練習不足だって報流したの。だぁから、先輩は、嬉々として鈴木をご指名してきたのね」

「嬉々として? なんか、変なじがする」

その言葉の違和に、思わずそう訊いてしまう慶子さん。

「ごめん、ごめん。そうよね。ちょっと嫌な言い方だったよね。まぁ、呉田先輩ってわたしたちの一つ上の先輩なんだけど。鈴木とは々歴史があって」

そう言うと、山路さんと和歌山君は顔を見合わせて頷きあった。

「鈴木って背が高いでしょ。それって中學に學した時からそうで。まぁ、さすがに、今と同じくらい背が高かったってわけじゃないけどね、勿論。で、一方、呉田先輩はというと。まぁ、今も昔も変わらず、コンパクトといいますか。でもって、鈴木ってさ、何を考えているか摑みどころがないっていうかさ、飄々としたところが昔からあって。で、まぁ、呉田先輩はさ、ともかく熱い人なわけよ。そうなると、つまりが。……ねぇ」

そう言って、山路さんは肩をすくめる。

「呉田先輩も、散々いびっていた相手が、一年後に自分よりも剣道が上手くなったわけだから、余計にむかつくよなぁ」

いびっていた?

慶子さんの眉間に皺が寄る。

「あ、いびるなんて、マジでしていた訳じゃないから……多分。呉田先輩、悪人ってわけじゃないんだから。ただ、そう、山路が言ったように熱いっていうか。熱すぎるっていうか。それから、呉田先輩の「対鈴木」が始まってさ。鈴木に負けないように、すげー練習して。それで、まぁ……勝っていたよな、鈴木に」

和歌山君が山路さんに相槌を求める。

「うん。まぁ、勝ってはいたわね、呉田先輩」

そう言った後、二人は考え込むように黙ってしまった。

「まぁ、あれだ! ほれ、呉田先輩もし気の毒っていうか。山路、覚えてるか? 先輩の憧れの子部の人が、鈴木にお熱だったこと。呉田先輩の態度には、報われないも絡んでいたのだよ」

「あぁ、あったわね、そんな面倒なことが。それにしてもお熱だなんて、妙に古い表現じゃない。和歌山」

「レトロかい? まぁ、ともかくさ、それで呉田先輩がとても落ち込んだのは事実だし。そういやさぁ、その先輩だけでなく鈴木って妙に年上に人気があったよなぁ」

「あら。人気があった、なんて過去形にしないでよ。今だって、とある報筋によると、お店に來るミセスを魅了しているらしいわよ。鈴木は」

その山路さんの言葉に、慶子さんは以前聞いた「マダムキラー」という渾名を思い出した。

「……あれ。予想外。全的に無反応なんだけど」

「……だから、言ったでしょ。あんたが思う通りのことはないって」

山路さんは肩をすくめると、慶子さんの顔を見た。

すると、山路さんだけでなく、和歌山君も慶子さんの顔をじっと見ていた。

「な、なんでしょう」

二人の視線に焦りながら、まさか、と思いさりげなく手で口を覆う慶子さん。

晝食に食べたものが歯に挾まってでもいるんだろうかと、見當違いな方向に思考がいっていた。

「ねぇ、山路。なんかボク、キミの気持ちがよぉーくわかるよ。なんつーか、保護? あぁ、これじゃ、どこかの和菓子屋と同じじゃないか」

「ねぇ、和歌山。わかるのはキミの勝手だけど、そこまでだからね。間違ってもそれ以上のを出さないで頂戴よ・ねっ」

ふふーん、と鼻息を荒くしながらも見つめあう二人。

そんな二人を眺めながら、剣道部は本當に仲がいいなぁと思う慶子さんだった。

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