《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》10・特別編・きんつばは、四角か丸か

特別編は、剣道部部長の福地君が主人公です。

「裕也、おばあちゃんが來るから、おつかいお願いね」

母親のその聲に返事をすると、福地(ふくち) 裕也(ゆうや)君は大きなをのそりとかし、渡された買いメモを持ち、側に座っていた小學生五年生の妹の夢子(ゆめこ)ちゃんを連れて出かけた。

今は、九月。

あのぎらぎらしていた太も、しは遠慮してきた今日この頃。

本格的な秋が待ち遠しい季節でもある。

隣を歩く妹は、勉強から解放された喜びからか、弾むような足取りで歩いている。

時折、そのまま道路の真ん中に行ってしまいそうになる妹を、端に引っ張り引っ張りしながら、福地君は買いの手順を考えていた。

祖母が來るときは、魚を買いにし遠くの専門店まで行かないといけない。

まぁ、面倒だといえば面倒だが、妹と二人で顔を突き合わせて、重い空気を漂わせていただけに、息抜きになった。

先程まで、妹の勉強をみていた福地君。

福地君と同様に妹も中學験をするということで、當然のように母親から協力が求められていたのだった。

それにしても、「流水算」に「つるかめ算」。

「數學」に慣れた高校生の頭で「算數」をするというのは、中々もどかしいものがあった。

さらに、理科、社會。

験をする小學生たちは、下手をすると高校生よりも勉強しているんじゃないかって錯覚を起こしてしまう程である。そこまでの問題を出して、差別化を図らないと、合否が決められないのだろうなと、福地君は思った。

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子どもの世界も厳しい。

とはいえ、高校三年生でありながら、大學験もなく部活に専念できる環境があるのは、あの頃勉強して大學まで続く學校に學したからだ。

まぁ、そんなあれこれを考えながら、妹と歩く福地君なのであった。

「あ、お兄ちゃんの攜帯が鳴ったよ」

「お母さんだよ。なんだろうなぁ」

おそらく、買いリストの追加だろうと思いメールを開くと、案の定『おばあちゃんからリクエスト。きんつばよろしく』の文字があった。

「お母さん、なんだって?」

妹が背びをして、攜帯を覗きこんでくる。

福地君は、攜帯を持つ手を下げて、畫面を妹にも見えるようにした。

「きんつば、買えだと」

「え? きんつばって、何?」

「知らないか。きんつばは、ほら、四角くて、薄い皮の中に餡子の塊がっているやつで」

「餡子なら、お饅頭じゃないの?」

「饅頭か。そうだよなぁ、饅頭って名前でもいいよな。餡子だし」

「うん。でも、お饅頭は丸いよ。四角くないよ」

「いやいや、きんつばだって――」

そう言いながら、福地君はとあることを思い出した。

――鍔(つば)を見に行ったんだ。

あの日、し諦めたような顔をして、そう言った同級生を。

今を遡ること五年とし前。

めでたくも第一志の中學に合格した福地君は、學する前から決めていた剣道部に部した。

理由は、「スター・ウォーズ」。福地君は、「スター・ウォーズ」が好きだった。

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好きになったきっかけは、誕生日だかクリスマスプレゼントに父親から贈られたライトセイバーだ。

すっかりライトセイバーが気にいった福地君は、そこから「スター・ウォーズ」に嵌り、映畫やビデオを見まくった。

気分はすっかりジェダイの騎士になった福地君。

が、どんなにライトセイバーを上手く扱おうと、どうがんばってもフォースはない福地君。(當然ですが)

これはもうジェダイの騎士になるのは諦めるしかない、と思い始めたころ、図書館でたまたま手にした本に剣道の寫真があり、それを目にした福地君は天からの言葉のように、自分の進む道はこれだと確信したのだった。

姿のその寫真が、福地君の中にあった「スター・ウォーズ」の何かにれたのだ。

意気揚々とそのことを両親に告げた福地君。(両親は、息子のその説明で、ジェダイの騎士からダークサイドへといったキャラクターを思い複雑な気持ちになったそうだ)

それから福地君は、剣道が思いっきりできる環境の中學をけるために猛勉強し、そしてめでたく學となったのだった。

剣道部に部してからしばらくして、福地君はそんなジェダイの騎士予備軍に約一名、が変わった人がいることに気がついた。

同級生の中でも背が高い、なんというか、ぼーっとしたその人は、鈴木(すずき) 學(まなぶ)君といった。

不真面目、というのではない。

やることはやっているし、運神経だって悪くない。

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ただ、自分のような熱さがないと福地君は思った。

そうこうするうちに、上級生の呉田先輩が鈴木君だけに絡むようになった。

まぁ、福地君から見ても、ぼーっとした奴であるということは、上級生から見ると余計にそうなんだろうなと思い、そういうもんなのかなぁとは思った。

ある日、部活の最中に、同じクラスで同じ部の和歌山君が、小聲で福地君を呼んだ。

「俺、あの先輩嫌いだ」

和歌山君の視線の先には、鈴木君と例の上級生がいた。

「言うこと細かいし、小姑かよって。あ、男だから小舅か?」

確かに、最近の上級生の鈴木君への言は、技的とか禮義作法というのでなく、ほんとどうでもいいことばかりだった。

「鈴木も黙ってないでさ、なんとか言えばいいのにな」

思いのほか熱い和歌山君の言葉を、福地君はどこか冷めた気持ちで聞いていた。

きっと夏前には部活を辭めるんだろうな、鈴木君に関して福地君はそう思っていたからだ。

そんなこんなで合宿になった。

福地君は、部活を辭めるだろうと思っていた鈴木君が、予想に反して參加者の中にいたことに驚いた。

そして、ほっとするというよりは、心配になった。

今回の合宿から、一年生は防をつけることになっていた。

福地君にとって待ちに待ったそれは、本格的な打ちあいの稽古が始まり、上級生とのあれこれも今以上多くなることを意味していたからだ。

を渡され、その著用に四苦八苦していた一年生の中で、意外にもすんなりとそれをこなしていたのが鈴木君だった。

多くの一年生が、剣道著や防著用の際とてもぎこちないのに対し、鈴木君のそれらは同じ一年から見てもスマートだったのだ。

注意をして見ると、鈴木君の手先はとてもよくき、手ぬぐいを頭に巻くにしても、の紐を結ぶにしても一度でばっちり決めていたのだった。

手先が用なんだなと、福地君は思った。

鈴木君に興味を持った福地君は、彼の剣道でのきにも注目することになり、そして彼の竹刀の軌道の綺麗さを知ったのだった。

ぐらつきがなく、ぶれないのだ。ジェダイの騎士を目指す福地君としては、ちょっと悔しい存在だ。

福地君がちょっと悔しいと思う相手は鈴木君だけでなく和歌山君もそうだし、そして北村君もそうだった。

北村君の場合は、背は鈴木君ほど高くないにせよ、つきがとてもがっしりしていた。そのせいか竹刀で打つ音も「痛そう」なもので、稽古の相手の先輩が気の毒になる時もあった。

北村君は無口で、福地君も「おはよう」の挨拶しかわしたことがない相手なのだが、北村君と鈴木君とは同じクラスのためか、比較的二人でいることが多いように見えた。

合宿にってからは、その二人に和歌山君が加わり(というか、和歌山君が北村君にやたらとかまい)、それにつられてなんとなく福地君もということで、福地君は思いがけず「部活を辭めるだろうと思っていた鈴木君」を含めた三人と一緒にいることが多くなっていったのだ。

そんな合宿の三日目。

鈴木君の稽古の相手は、鈴木君に難癖をつけていた呉田先輩だった。

その先輩めがけて、鈴木君の面が綺麗にった。

目が覚めるほどのいい音が響いた。

しかし、次の瞬間、本來は鈴木君に打たせる役目の先輩が反撃に出て、その勢いに負けた鈴木君がひっくり返ってしまったのだ。

これには、さすがに顧問の山田先生や三年生が慌て、倒れている鈴木君を起き上がらせたり、その先輩に注意したりとちょっとした騒ぎになった。

「福地、鈴木を保健室に連れて行って」

山田先生から指名された福地君は鈴木君を連れ、道場から學校の保健室まで歩いた。

「足首、捻挫ね。で、どんなことがあったわけ?」

保健の先生は、シップと包帯で足首を巻き、その上からネット被せるとそう聞いてきた。

何も答えられない福地君をよそに、鈴木君は「防に躓きました」と言って、保健の先生におもいっきり胡散臭そうな顔をされていた。

手當が終わったので、再び二人で剣道場へと歩き出したわけだが、実質、初めて鈴木君と二人だけになった福地君は、前々から聞きたかったことを訊いてみた。

「鈴木って、なんで剣道部にったの?」

こんなになってまで、という言葉はあえて伏せた。

ん? という顔で、鈴木君が福地君を見下ろしてきた。

「おれはスター・ウォーズが好きだからだぞ」

聞かれてもないのに、慌てて言う。

「あぁ、ライトセイバーか」

「おまえ、持ってた?」

「持ってた」

そう言って、鈴木君は笑った。

「まじか。凄い。初めて話のわかる奴がいた」

福地君は、途端に嬉しくなった。なんだ、鈴木もジェダイの騎士じゃないか。

「でさ。鈴木はなんで?」

「あぁ、鍔を見に行ったんだ」

鈴木君は、し諦めたような顔をしてそう言った。

「つば?」

「うん。鍔。竹刀のほら、柄(つか)の上にある鍔だよ」

そう言って鈴木君は竹刀を握る真似をした。柄とは竹刀の持ち手の部分のことだ。

「あぁ、鍔か。そっか。……で、なんで?」

鍔を見に行ったらそれで部? はっきりいって「スター・ウォーズ」より意味不明だ。

「うーん。なんでかというと。福地って、きんつばを知ってる?」

「は? きんつば?」

鍔の次はきんつばときた。きんつばってなんだ? 鈴木君の話に、福地君はさっぱりついていけない。

「和菓子で、四角くて周りに薄いがあって」

「あぁ、あの! はいはい、中餡子で一杯の」

「うん。そう。そのきんつばなんだけど」

「うん」

でも、なんで和菓子? 福地君は混中。

「もともとは丸だっていうんだ。きんつばのつばは、刀の鍔だから」

「刀の鍔」

「でもさ、あまり間近で見ることないだろ、刀なんて。だから、中學學して部活の紹介があった後、あぁ、そういえば竹刀にも鍔はあるなと思って見に行ったんだ」

「鍔を、か?」

「うん」

「鍔を。そうしたら、部という運びになって」

「は?」

「変だよな」

「変、つーか、普通、部しないだろそんなことで。鈴木は別に剣道をしたいわけじゃないんだから。鈴木は鍔を見たかっただけなんだから。だったらさ、斷われよ」

「そうだよなぁ。でも、その時はなんというか、それもいいかなぁと思って」

「よかねぇよ」

「まぁ、いいんだそれは。ともかく、それが理由」

「……変な理由だな」

「ほんと。変だよな」

変だよ、と返しながら福地君は鈴木君とゆっくりと歩く。

「で、なんできんつばのことが気になったわけ?」

そう鈴木君に素樸な疑問をぶつけると、鈴木君は「あぁ、そこにくるか」と言った。

「うちさ、和菓子屋だから」

「和菓子屋?」

「うん」

「……大福とか、饅頭とか?」

「そうそう」

「へぇ。珍しいね」

「そうだよね。珍しいよね」

「もしかして、鈴木って後継ぎ?」

「うーん。多分」

「ってことはさ、なんか作れるの?」

「うーん。ものによるけど」

「鈴木の作ったもん、なんか食いたいなぁ」

「食いたいって。……今?」

「うん」

「……なら、みんなからお金集めて。それができたら作ってもいい」

果たしてその日から、鈴木君は合宿のおやつ係となり(山路さん曰く「おやつ番長」)、そしてあの合宿から福地君は鈴木君と仲良くなったのだが、振り返ってみると、鈴木君が(言い訳も含めて)いろんな思いを積極的に話してこないのは、今に始まったことじゃないんだよなぁとも福地君は思った。

「いらっしゃいませ」

扉を開けると、和菓子屋獨特の靜けさと、品のいい香りがした。

いらっしゃいませ、と言った主は、福地君の顔を見ると微妙な表になった。

「あ、福地君。こんにちは」

柏木(かしわぎ) 慶子(けいこ)さんがいた。

は、福地君、鈴木君と同じ高校で、しかも同じ學年で、同じ剣道部(子部だけど)のの子だ。

既に買いが済んだのか、手にはこの店の「壽々喜」の袋があった。

學校が休みでも、こうしてこの二人は會っている(「會っている」と言えるのかは微妙な狀況だが)のだなと思うと、福地君はし悔しいような気がした。

――はて。悔しい? 誰に対して?

鈴木君と福地君が、お互い何か言いたげな表をしつつも見つめ合い無言を貫くのに対して、柏木さんの視線は福地君から妹の夢子ちゃんへと移っていた。

妹も、柏木さんをじっと見ている。

「こんにちは」

柏木さんが妹に向けて挨拶をすると、妹は「こんにちは」とだけ返した。

いつもは煩い位のおしゃべりで、じっとしているのが苦手な妹の大人しい姿に、福地君は眉を上げた。

「あっ、草がついているわ」

そう言うと柏木さんは、妹の頭のてっぺんについてた葉を取った。

実は駅を降りてから見つけた、「見晴らし臺公園」でガス抜きのためし遊んできたところだったのだ。

「柏木さんって、妹とか弟とかいるの?」

「ううん。一人っ子。従兄弟はみんな男の子」

柏木さんは、尋ねてもいない従兄弟についての発言までした後、再び妹を見てきた。

尋常でないくらいの妹への興味を、柏木さんからじる福地君。

すると、福地君ので大人しくしていた妹が、柏木さんの前へと出た。

「わたし、小學五年生。福地 夢子っていうの。おねえさんは?」

「柏木 慶子。高校三年生よ」

「おねえさんの名前、聞いたことあるかも。もしかして、うちのお兄ちゃんの彼?」

「わたしは――」

「夢子、おまえ、ばかなこと言うなよ。違うよ。なに言うんだよ」

子どもって怖いと思った福地君。

けれど一番怖いのは、この會話の中で、全く表が変わらない鈴木君だと福地君は知っていた。

「ほら、ほら、夢子。きんつばを買いに來たんだよな、俺たちはさ」

そう言うと福地君は夢子ちゃんを追いたて、ショーケースの前へと進んだ。

「これ、これがきんつば」

「お兄ちゃん、そんなの、夢子だってわかるよ。ちゃんと書いてあるんだから。わたしをなんだと思っているの?」

「わかったよ。俺が悪かったよ。で、ほら。丸いだろ」

「うん。丸いけど」

「けど?」

「だって夢子、きんつば見るの初めてなのに、丸いだろって言われも困るよ」

その言葉に柏木さんが笑う。

「夢子ちゃんって、頭がいいのね」

「だって毎日験勉強してるもん。もう、あたまパンクしそうになるくらい」

柏木さんに褒められ、夢子ちゃんは得意顔だ。

「こいつも験するからさ」

「そうなの? だったら、夢子ちゃんも流水算やつるかめ算を勉強しているのね」

「そうなの! もう、大嫌い!」

夢子ちゃんの意見に柏木さんも大賛なようで、いかに中學験の勉強が大変かを、二人で熱く語り始めた。

夢子ちゃんが熱く語るのはいいとして、柏木さんは既に高校三年生。

中學験もはるか彼方の出來事となっているお年頃なはずですが、堂々と同じレベルでの語り合い。

「つーことで。きんつば、六個、よろしく」

福地君が注文をすると、鈴木君は頭を下げ、用意をしだした。

そんな鈴木君の様子を眺めながら、ふと上生菓子と書かれた菓子をみた福地君。

ピンクした可い和菓子を見て、鈴木君に言う。

「これ、似てるね」

福地君は、ピンクした花の上に白い綿のようなものがかかった菓子を指した。

主語は外したのは、わざとだ。

その言葉に、鈴木君は口角を上げるだけの笑いをして「同」と言った。

その言い草に、またまた悔しいような気分になった福地君。

そんな福地君の後ろでは、妹と同級生が仲良くおしゃべりをしていた。

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